あすのユニコーンたち
水上ドローンでインフラ老朽化対策、食糧生産拡大に挑む【炎重工株式会社(岩手県滝沢市)】
2025年 9月 22日

日本の下水道整備は戦後から本格化し、普及率は8割を超えている。一方で老朽化問題が浮上し、国土交通省の調査では、下水道施設の老朽化は2022年度時点で約3万キロメートル、さらに2050年には約17万キロメートルにまで拡大すると試算している。埼玉県八潮市の下水道管破裂による道路陥没事故、同行田市での下水道管の点検作業中の事故は、死者が出る痛ましい事故として記憶に新しい。炎重工株式会社が開発した超小型水上ドローン「Swimmy Eye」下水道点検モデルは、下水道の点検・保守を安全で効率的に行えるものとして注目されている。インフラ老朽化に革新的技術で立ち向かう同社の挑戦は、全国の自治体の悩みに寄り添うものだ。
東日本大震災からの復興を思い起業を決意
古澤洋将氏は筑波大学在学時に「NHK学生ロボコン」に入賞するなど、ロボット漬けの学生時代を過ごした。筑波大学大学院に進み博士課程前期課程修了後に、CYBERDYNE株式会社に入社しロボットスーツ「HAL」の開発などに取り組んでいた。ロボットビジネスのけん引役として注目される会社で、事業に取り組むことにやりがいを感じていた。そんな時に東日本大震災が地元岩手を襲った。古澤氏は、沿岸部に住む親せきや知人が津波で甚大な被害を受けた姿を見て、居ても立っても居られない思いに駆られた。「戻って復興に役立てることをしよう。地元で雇用を生むには製造業がいい」と思い、起業を決意した。そして、自分が得意なロボットで新しい産業を興したいと考え、炎重工株式会社を立ち上げた。

最初に考案したのは、水上ドローンと生物を遠隔で誘導する生体群制御®。水上ドローンはGPS等で自動航行し、将来は無人化させることを目指した。生体群制御®は、陸海空のあらゆる生物をロボットのように誘導することを目指した研究。最も研究が進んでいるのが水中生物を対象にした技術で、魚を誘導して水揚げすることまで想定している。また、鳥獣類を対象にしたものは、人間と鳥獣類の生活圏の分離を目指すなど、都市開発に通じた研究も行っている。生体群制御®は、漁業の人手不足が深刻になることを見据えた画期的なアイデアだった。古澤氏は筑波大院の博士後期課程に現在も在籍しており、研究者と企業経営の二足のわらじ生活を送っている。実用化にはまだまだ課題はあるものの、国内のみならず世界の技術として事業化を見据えている。
保守・点検測量用途を開発

2024年6月に水上ドローン「Swimmy Eye(スイミーアイ)」を発売した。事業として需要が確実に見込める分野になると手ごたえをつかんだのが、保守・点検測量用途だった。2023年にドローン専門展示会で自社開発の水上ドローン製品を7種お披露目したところ、橋梁やダム・河川・下水道など水域の調査・点検用途での引き合いが多数寄せられた。その中の1つで、「土砂の堆積により水深が異なる下水道の点検をシームレスにできるようにしたい」という声を受けて、水陸両用ドローンを開発した。すでにダムや橋梁など地上の点検測量用途では空中ドローンが実用化されていたが、水辺という特殊な環境で使えるドローンはほとんど世の中になかった。国土交通省の「海の次世代モビリティの利活用に関する実証実験事業」に参加し、2025年1月に千葉市内において、地下雨水管内で水上航行しながら付属カメラで内部を撮影して点検したり、川の護岸上で陸上走行したりする実証実験を行った。この模様は報道機関にも公開され、リアルタイムで画像が送られてくる様子などが注目を集めた。
超小型水上ドローン「Swimmy Eye」下水道点検モデル誕生

水陸両用ドローンや水上ドローンの実証実験を重ねる中で、「もっと軽量で持ち運びができるものがほしい」という声が上がってきた。このニーズに応えるために開発したのが、超小型水上ドローン「Swimmy Eye」の下水道点検モデルだった。全長62センチメートル、重量6.5キログラムと一人で十分持ち運びができ、マンホールや狭い管路内での作動にも対応している。最長4時間使えるバッテリーを搭載しており、4Kの高画質カメラを搭載して、管路内の画像を遠隔で見ることができる。最もこだわったのが、実用に耐えられる堅牢さだった。下水道は汚水や汚物が流れる過酷な環境にある。硫化水素などの有毒ガスが発生する可能性もある。古澤社長は「ロボットを開発する時に開発者はどうしても高性能を追求しがちだが、現場で求められるのは、きちんと洗浄できるのか、繰り返し使えるのかという点」
と言い、高精度なセンサーを搭載することよりも洗浄しやすい機体のデザインや長時間使える実用性を重視した。

国土交通省は、埼玉県八潮市で起きた道路陥没事故を受け、設置から30年以上経った約5000キロメートルの下水道管の特別重点調査を全国の自治体に指示した。全国の自治体から多数の引き合いが寄せられているという。古澤社長は「1000台達成への手応えを感じている」と言い、岩手での量産体制を整備した。
社員の意欲向上に「書籍買い放題ツアー」

同社のボードメンバーは、監査法人で上場企業の監査やスタートアップ企業のIPO支援を行っていた萩野谷征裕取締役CFO(最高財務責任者)、外資系ロボットメーカーやロボット関連企業の代表経験がある谷崎敦取締役CSO(最高営業責任者)をはじめ、国のサイバーセキュリティー事業にも関わる登大遊社外取締役、アイリスオーヤマで役員経験のある石田敬社外取締役など、さまざまな才能を持つメンバーが参加している。
社員も優秀なエンジニアの採用に力を入れている。年2回の賞与に加え、決算賞与を年1回出すことで、努力が報酬として報われる仕組みを採用している。ユニークなのは「書籍買い放題ツアー」。社員が必要と思った書籍は会社が購入するというものだ。「なかには学術書のような高価な書籍もあるが、認めている」(古澤社長)という。
同社は開発した技術を『炎重工技報』として、定期的に発行している。技術開発を重視する大企業で独自の技報を出す例はあるが、同社のようなスタートアップではまれだ。内外に自社の技術力をアピールするとともに、エンジニアのやりがいにもつながっている。古澤社長は「日本は資源のない国なので、輸出で黒字にしていかなければ生きられない。今は自動車産業がけん引するが、その次の産業を育てていくことが大切だ。中国が国を挙げてエンジニアを厚遇する姿を見て、このままでは日本は負けてしまうと強い危機感を持っている。当社はそうした思いからエンジニアを育成していく」と覚悟を持って取り組んでいる。
万博で「海床ロボット」を披露

同社は竹中工務店を代表法人に東京海洋大学、IHIなどが参画する「海床(うみどこ)ロボットコンソーシアム」のメンバーとして、都市の水辺空間の有効活用や交通手段の提供を考える事業に取り組んでいる。海床ロボットは3メートル四方の大きさで、水上を無人運転で自動航行し、着岸も自動で行える。毎秒約2メートルの速度で移動し、人やものの搬送、防災、ゴミ回収、レストラン・カフェ・ステージ等エンターテインメント利用などさまざまな用途への展開が期待されている。その一環として、開催中の大阪・関西万博において海床ロボットを披露する。会場内「つながりの海」で海床ロボットによる水上景観演出デモを行う予定だ。
食糧生産を自動化して、世界の飢えを解決する
同社の国内における水上ドローンの市場シェアは約6割でトップに立っているとみられている。「まずは市場の伸びに対してトップシェアを維持するように真摯に取り組む」(古澤社長)。そのために研究開発には資金をつぎ込んでいる。当面は下水道の点検という緊急的な課題に着実に対応することに力を注ぐ。海外にも展開する計画で「いずれは水上ドローンで世界トップを目指す」(同)という。同社が会社のミッションとして掲げるのが「最先端の制御技術で一次産業を自動化する」。世界の人口はいずれ100億人に達し、食糧生産の拡大を図らなければ飢餓問題が深刻になると指摘されている。同社が目指すのは、そうした世界的な課題の解決策を提供する会社になることだ。同社の社名は、岩手県や東北地方を舞台にした大河ドラマ『炎立つ』に由来する。水上ドローンといずれ実用化させる生体群制御をコア技術に、世界に炎のような思いを届けてもらいたい。
企業データ
- 企業名
- 炎重工株式会社
- Webサイト
- 設立
- 2016年2月
- 資本金
- 2億2,430万円(資本準備金含む)
- 従業員数
- 17名
- 代表者
- 古澤洋将 氏
- 所在地
- 岩手県滝沢市穴口57-9
- 事業内容
- 水上ドローンの開発・販売・保守、生体群制御®システムの開発・販売