中小企業とDX
温度データ収集という「小さな一歩」から全国注目のモデルケースに【秋田酒類製造株式会社(秋田県秋田市)】
2022年 11月 2日
日本屈指の米どころであり、奥羽山系の清らかな地下水にも恵まれ、古くから日本酒の製造が行われてきた秋田県。この地の酒造業者が戦時下の企業整備令によって集結して1944年8月に設立されたのが秋田酒類製造株式会社だ。1300年前に湧き出た霊泉にちなんで名づけられた同社の「高清水」は秋田の銘酒として全国的に名高い。そして今、同社はDXのモデルケースとしてもその名を知られることとなった。一つのタンクの温度データを収集するという「小さな一歩」から始まった取り組みは年を重ねるごとに進展し、中小企業の優良事例として経済産業省が選定する「DXセレクション2022」にも選ばれた。
秋田県産業技術センターとの二人三脚で試験運用
同社のDXは2017年12月、秋田県産業技術センターからの提案で始まった。当時のセンター長と同社の役員がかつての同級生だったことから、「IoT技術を使って酒造りをしてみないか」と話を持ち掛けられたという。この話を生産本部長兼製造部長の古木吉孝専務に伝えたところ、以前からAIによる酒造りなど作業の自動化・省力化に興味があった古木専務は快諾。その実務を製造部勤務の倍賞弘平さんに担当させた。倍賞さんは東北大学大学院を修了後、地元・秋田に戻り同社に入社した当時3年目の若手。「この2人(古木専務と倍賞さん)のコンビだったからこそ実現できたこと」と平川順一代表取締役社長は振り返る。
実際には、同社の取り組みは、ほぼゼロからのスタートだった。倍賞さんの専門は化学で、情報通信に関する知識は乏しかった。そこで秋田県産業技術センターのサポートを受けながら、「まずは試しに」(倍賞さん)との感覚で、試験用の発酵タンクを2018年に導入。センサーと送信機器を取り付け、温度のデータを収集するという小さな一歩から始めてみた。「試験期間を設けたおかげでデジタルについて勉強する時間ができた」と倍賞さん。このスモールスタートがその後の成功の秘訣ともいえる。
同社は秋田県産業技術センターとの二人三脚で試験運用を継続。2019年には自動分析発酵タンクの開発に着手した。ロードセル(荷重を検出するセンサー)などのセンサーを利用し、もろみ(米や麹、酒母などをタンクの中で発酵させた、どろどろの液体)の成分を推算する技術開発と遠隔監視のスキルアップに取り組んだ。また2020年には、各種の補助金を活用して工場内にネットワークを整備するとともに、データサーバーを導入。社内にデータ管理体制を構築することとなった。さらに、温度データを同社事務室だけでなく個人所有のパソコンやスマートフォンでも閲覧可能に。続く2021年には、タンク内の温度に加え、室温や湿度もデータ収集できるようになった。また、もろみ中のアルコール分と甘辛を示す日本酒度を推算する技術を確立し、特許の取得につながった。
スマホで温度チェック、職人の負担を軽減
一連の取り組みは伝統的な酒造りの現場を変えた。温度管理は酒造りにおいて極めて重要なポイントとなる。酒造りの最高責任者である杜氏や酒造り職人の蔵人(くらびと)は仕込み期間中、毎日温度をチェックする。それが、温度データの収集・送信により、事務室で温度を把握できることとなった。仕込み全体を指揮する杜氏にとっては、それだけでも相当の負担軽減だった。
その後、スマホでもデータを閲覧できるようになると、働き方はさらに改善された。米麹を作る工程では、温度管理のため、夜間も蔵人の寮から工場に行くが、目標とする温度に達していない場合には、いったん戻り、しばらくしてから出直すことも珍しくなかった。外出のたびに着替えることとなり、とくに真冬にはつらい作業だった。それも、自分のスマホで温度をチェックできるようなってからは、目標の温度に達した時点で出向けばよくなった。
もちろん、「スマホの文字は小さくて見えづらい」という人も。とくに勤続年数の長い高齢の職人からは「紙に温度を手書きした方が慣れている」という声が多く聞かれ、その場合は無理強いせず、従来のやり方を続けてもらっている。
優良事例として「DXセレクション」に選定
DXは働き方だけでなく、日本酒の品質向上にも寄与している。かつては職人が現場でチェックした時点の温度の記録しかなかったが、データ収集により10分おきの温度変化を見ることが可能となった。「たとえば温度が13度だったとして、それが下がってきて13度になったのか、上がってきて13度になったのかを把握することができる。こうした繊細な温度管理は間違いなく品質向上にプラスとなっている」と倍賞さん。そして「(DXを進めている)本社蔵で製造された高清水が全国新酒鑑評会で3年連続の金賞を受賞していることにも貢献できている」と強調する。
また、同社の取り組みは各方面から高い評価を受けるとともに、注目を集めている。今年3月には経産省の「DXセレクション2022」で全国16社の中に選ばれ、県外から見学の問い合わせが多く寄せられているという。さらに、同様の課題を抱える県内の企業に対しては、秋田県産業技術センターを通じて同社の研究結果などを提供している。
ほぼゼロの状態からのスモールスタートとなった同社のDXは今や他社が参考とすべき優良事例とまでなった。今後は、いっそうの品質向上のため、温度の遠隔操作や装置異常の察知などを可能にしたい考えだ。さらに、センサーやネットワークを利用して作業の効率化や仕事の偏りの是正を図るほか、酒造りの現場だけでなく社内全体の労務費の削減につなげたいとしている。
職人の勘をデータ化、技能承継を容易に
DXが進展しても同社は「酒造りの100%機械化を目指しているわけではない」(平川社長)という。米の出来や気候に左右される酒造りは、長年の経験に裏打ちされた杜氏や蔵人の五感によるところが大きい。また、当初考えていたAIによる酒造りは、必要なデータ蓄積に何十年もかかる見込みであり、実現は困難。仮に酒造りのデータ化を完全に達成したとしても、今までと同じものができるだけ。「酒造りは常に高みを目指させねばならない。そういう心意気を持った職人たちが心血を注いでこそ、いい酒ができ上がる。IoT技術はそれを補助するものだ」と平川社長は力説する。
とはいえ、酒造りは属人的な要素が多く、この人がいなくなったら酒造りに困難をきたすだろう、という危機感がある。職人の高齢化は年々進んでいく一方で、新規の採用は厳しくなるばかりで、技能承継も困難となっている。そこで、DXによって杜氏ら職人の勘をデータとして残すことで、若手の酒造りの技術習得をサポートできる。もちろん、酒造りの勘所を磨く必要はあるが、それでもイチから始めるよりは技能承継が容易になることは確かだ。
酒造りと同様、さらにDXを進めていくうえで最大の課題となるのは人材確保だ。「現在のDXを実現できたのは彼(倍賞さん)がいたからこそ」と平川社長。いわば特定の人材に依存しているのが実情であり、さらなるデジタル人材の確保・育成が急務となっている。「酒造りがわかっていて、かつデジタルへの対応力も有する人材をぜひとも育てていきたい」と平川社長は話している。
企業データ
- 企業名
- 秋田酒類製造株式会社
- Webサイト
- 設立
- 1944年8月1日
- 資本金
- 6000万円
- 従業員数
- 114人
- 代表者
- 平川順一 氏
- 所在地
- 秋田県秋田市川元むつみ町4-12
- Tel
- 018-864-7331
- 事業内容
- 日本酒の製造・販売