人手不足を乗り越える

仕事と競技を両立、共存・共栄目指すアスリート社員採用で人材確保【株式会社大松運輸(神奈川県横浜市)】

2024年 8月 5日

大松運輸の仲松秀樹社長(左から4人目)とアスリート社員ら
大松運輸の仲松秀樹社長(左から4人目)とアスリート社員ら

運送ドライバーとして働きながら大会に向けて練習に打ち込む—。株式会社大松運輸は、仕事と競技を両立させるアスリート社員採用に取り組んでいる。自身も元アスリートという社員の提案で5年前にスタートした。2024年問題を抱える運送業と、競技を続けたいと希望するアスリートたちとの共存・共栄を目指した制度により、同社は人材確保と知名度アップを図り、アスリートたちは夢の実現につなげていく。

「普通の会社にしたい」との思いで改革スタート

大松運輸のホームページ
大松運輸のホームページ

同社は、仲松秀樹社長の父・政義氏(現会長)が郷里・沖縄から上京後、1972年に創業し、1980年に有限会社として設立された(2004年に株式会社化)。創業当初から住宅用のシステムキッチンなど建材の配送業務を手掛けてきた。仲松氏は2006年に社長に就任。それまでは埼玉県内の建具メーカーで働き、自宅も勤務先の近くに構えていたが、高齢となった父親から「家業を継いでほしい。さもなければ廃業だ」と言われ、事業承継を決心した。ところが、「仕事はきつく休みも満足に取れず、しかも、それが当然という雰囲気。会社というよりも個人事業主の集まりのようだった」と仲松氏は振り返る。自身も父親と同様、社長自らがドライバーをつとめ、経営者の仕事まで手が回らなかったという。「(大松運輸を)普通の会社にしたい」という思いから仲松氏は改革に取り組み始めた。

まず手掛けたのがホームページ(HP)の活用だった。リーマンショックで先行き不透明感が強まるなか、HPのリニューアルを外部の専門業者に依頼し、2009年に公開した。建材の配送に特化するという同社の強みを前面に出したところ、HP経由で新規の注文が入るようになった。「頭を下げて取ってきた仕事と異なり、HP経由の仕事は立場が対等で、こちらが提示した料金で受け入れてもらえることが多い」。利益率の高い仕事が増加したのに伴い従業員も増やしたことで、人のやりくりがつくようになって労働環境は大幅に改善。長時間勤務はなくなり、週休2日制が導入され、有給休暇も取りやすくなった。会社規模の拡大などを受けて2012年に本社事務所・倉庫を横浜市金沢区の産業団地内に移転。2015年からは新卒採用を開始した。

アスリートのデュアルキャリアを応援 元Jリーガー社員が提案

トレーニングルームで汗を流すアスリート社員の鈴木泰地さん
トレーニングルームで汗を流すアスリート社員の鈴木泰地さん

そして会社設立40年となる2019年、仲松氏は(1)アスリート社員の採用(2)新人研修のためのメンター制度の導入(3)本社など拠点を中心にしたエリア配送の開始—という三つの改革に着手した。このなかで特に注目を集めることになったのがアスリート社員だった。

アスリートの採用といっても、オリンピックに出場するようなトップレベルの選手を企業が広告・宣伝効果を狙って採用し、アスリートは練習や試合出場などに専念する、というものではなく、仕事と競技の両立を目指している。具体的には、時間調整が比較的容易な運送ドライバーとして働く一方で、試合に合わせて休暇を取得しやすくしたり、仕事を午前中だけにして午後は練習時間に充てたりと、スケジュールを管理する。このほかトレーニングルームの完備や遠征・合宿費用の補助といったサポートを行っている。選手引退後は同社で働き続けることも可能だ。

アスリートのデュアルキャリアを応援する制度を提案したのは元Jリーガーである人事課の赤沼平課長。赤沼氏は大学卒業後、プロサッカーチームに加入したが、「選手としての収入だけでは足りず、アルバイトで生活費を稼いでいた」。結局、選手の道を断念。いくつかの仕事を経て2016年、大松運輸で働いていた知人の誘いで同社に入社した。

「企業がスポンサーになるようなアスリートはほんの一握り。学校を卒業したあとも競技を続けたいと希望する大多数のアスリートを応援したいという思いがあった」と赤沼氏。また、運送業界では2024年問題でドライバー不足がいっそう不安視されており、「アスリートを採用することで人手不足の解消にもつなげたい。アスリートと会社がWin-Winの関係を構築できる共存・共栄型のアスリート採用だ」と話す。

早朝からの勤務後に練習、目標は世界陸上とロス五輪

喜田奈南子さんは配送業務に従事しながら五輪出場を目指す
喜田奈南子さんは配送業務に従事しながら五輪出場を目指す

アスリート採用は2019年にスタート。当初は「試行錯誤の繰り返し」(赤沼氏)で、制度の趣旨が正しく理解されず、同社がスポンサーとなるものだと思って入社し、結局は辞めるというケースも。それでも赤沼氏が中心になって情報発信や社内制度の整備などに取り組んだ結果、今では、アスリート社員が働きやすく、そして気兼ねなく練習や大会に時間を割けるような環境が整っている。

現在13人が在籍するアスリート社員のうち唯一の女性である喜田奈南子さんは、2021年に入社した陸上短距離(100m、200m)の選手。大学卒業後も競技を続けたいとの希望を持ちながら就職活動を行うなかで同社のアスリート社員採用を知った。「ここならば働きながら競技を続けていけると信じて入社した」という。

仕事は他のドライバーと同様、住宅関連建材の配送業務。「浴室の壁や床を運ぶことがあり、職人さんと一緒に浴室のある2階まで持っていくのがつらかった」と仕事の苦労話を披露する。ただ勤務パターンは特別で、朝6時頃に出社し、2、3時間ほどで業務を終えると、その後は近くの競技施設で練習に汗を流す。「入社前にイメージしていたとおりの日々を過ごしている。金銭面でも生活していくのに十分な給料をいただいている」という。当面は、来年9月に東京で開催される世界陸上、さらには4年後のロサンゼルス五輪への出場を目指し、仕事と競技の両立を続けていく考えだ。

相談しやすい雰囲気、同僚アスリートから刺激も

柿沼芳さん(右の写真、左から2人目)も仕事と競技を両立
柿沼芳さん(右の写真、左から2人目)も仕事と競技を両立

同じく陸上選手の柿沼芳(かおる)さんは2022年9月に入社。「競技を続け、将来は、子どもから大人まで幅広い世代を対象にして陸上の指導を行う仕事に携わりたい」との希望をかねてより持っており、大学卒業後には体操教室を運営する企業に就職した。ところが、「競技と両立できるとの説明を入社前に受けていたが、実際には練習の時間を確保できないなど話が違っていた」という。入社直後から転職先を探し、SNSで大松運輸のアスリート社員採用を知ったという。

勤務パターンは、喜田さんと同様、午前中に配送業務を終え、その後は練習。「日本選手権の400m決勝に出場するのが目標」だという。さらに練習後には、横浜市内の中学校と高校の外部指導員として部活動の指導を行っている。会社から承認を得ており、「外部指導の件を含めて、いろいろな面で相談しやすい雰囲気がある」と柿沼さん。

さらに、アスリート社員同士でいい刺激をお互いに受けているという。「選手として同じ大会に出場するなど、競技を続ける社員が身近にいることで、自分も頑張ろうという気持ちがさらにわいてくる」と、喜田さん、柿沼さんは口をそろえて話す。

「人を大事に」社員満足度ナンバー1の会社を目指す

岡山県倉敷市主催の働き方改革セミナーで講演する仲松社長
岡山県倉敷市主催の働き方改革セミナーで講演する仲松社長

アスリート社員の採用は会社側にも良い影響をもたらしている。「大会では『大松運輸』という社名が入ったユニフォームを着用して出場し、電光掲示板でも場内アナウンスでも選手名と一緒に社名が紹介される。確実に会社のPRになっている」と仲松社長。アスリート社員だけでなく一般社員の採用にも効果が出ているほか、仕事の獲得にもつながっているという。また、アスリート採用を含めた一連の改革が注目されたことで、仲松社長には講演などの依頼も寄せられるようになった。今年2月に岡山県倉敷市で開催された市主催の働き方改革セミナーでは、アパグループの元谷一志社長兼CEOとともに講師として招かれ、講演を行っている。

父親から事業を承継した際には、社員20人で年商2億円ほどだったが、現在は社員120人、年商10億円の規模に成長した。10年後には年商30億円を達成したいという。「自分が目指す“普通の会社”にはまだまだ達していない。たとえば給与は大手並みに引き上げたい。運送業の仕事は大変だが、“人を大事にする”という理念のもと、社員が楽しく、イキイキと働けるといった社員満足度ナンバーワンの会社を目指していく」と仲松氏は話している。

企業データ

企業名
株式会社大松運輸
Webサイト
設立
1972年2月(会社設立は1980年9月)
資本金
1000万円
従業員数
120人
代表者
仲松秀樹 氏
所在地
神奈川県横浜市金沢区幸浦2-14-2
Tel
045-752-9533
事業内容
一般区域貨物自動車運送事業、倉庫保管事業、梱包包装事業、内装工事業、産業廃棄物収集運搬業、古物の売買業