未来航路

精密なオーダーメイド心臓モデルで命を救う【株式会社クロスエフェクト(京都府京都市)】

2025年 7月 28日

クロスエフェクトの竹田正俊代表取締役が手にするのは竹田氏自身の心臓モデル
クロスエフェクトの竹田正俊代表取締役が手にするのは竹田氏自身の心臓モデル

医者でなくても救える命がある-。医工連携で「心臓シミュレータープロジェクト」を手掛ける株式会社クロスエフェクトは、精密な心臓モデルを製作し、難しい手術の前に完璧なシミュレーションを可能にしている。執刀する医師から絶賛される同社の取り組みは、第5回ものづくり日本大賞内閣総理大臣賞を獲得するなど、数多くの賞に輝いた。「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマとする大阪・関西万博でも、命を救う高い再現性をアピールする。

術前シミュレーションで医師は万全の準備

切ったり縫ったりできる柔らかい心臓モデルで詳細なシミュレーションや診断が可能になる
切ったり縫ったりできる柔らかい心臓モデルで詳細なシミュレーションや診断が可能になる

JR京都駅から油小路通を南へ下り、伏見警察署の近くに建つクロスエフェクト本社。その2階に柔らかいプラスチック製の実物大心臓モデルが展示されている。CTスキャンデータをもとに内部まで精密に製作されたもので、「これは私の心臓と寸分もたがわないもの」と、同社代表取締役の竹田正俊氏は自身の心臓モデルを手にしながら話した。

3D開発試作モデルの製作などを手掛ける同社は現在、医療分野のクロスメディカル(2011年設立)、プロダクトデザインを行うクロスデザイン(2022年設立)に分社化され、このうちクロスメディカルが製作する心臓モデルは医師ら医療関係者から高い評価を受けている。

心臓モデルは手術前のシミュレーションに使用され、執刀する医師は患者の心臓とそっくりのモデルで万全の準備ができる。手術が成功する確率が格段に上がり、これまでは救えなかった命を救うこともできているという。さらに、生まれて間もない新生児への手術となると、難易度が高く医師には大きな負担が掛かってしまうが、「このモデルを使うことにより術式の決定など、詳細な診断が可能となり、患者にとって負担の少ない手術が可能となる」と竹田氏はメリットを強調する。

ものづくりの最上流・開発試作で起業、ドラッカーの経営理論を学ぶ

竹田氏(中央)らクロスエフェクト創業時のメンバー
竹田氏(中央)らクロスエフェクト創業時のメンバー

グループ3社の中心であるクロスエフェクトは、2000年2月に竹田氏が京都市内の賃貸マンションの一室で立ち上げた(翌年8月に法人設立)。京都府内で大手企業の下請け加工業を経営していた父の姿を見て、高校時代から「将来は起業したい」との思いを抱いていた。会社を継ぐことは考えず、父とは真逆の道を選んだ。「父親の会社は安い労働力を前提とした労働集約型で、大企業に依存した下請け。こうした経営が未来永劫続くとは思えなかった」として、先端技術を駆使した知識集約型で、ものづくりの最も上流にあたる開発試作に取り組むことにした。

2004年6月には「試作に特化したソリューション提供サービス」を専門とする一般社団法人・京都試作ネットに加入した。京都試作ネットは2001年7月に京都府内の中小企業が共同で立ち上げた団体で、「ぜひともメンバーに加わりたい」と考えた竹田氏は、初代代表理事で最上インクス(京都市)の社長だった鈴木三朗氏のもとを訪ねた。その際、「2時間ほど説教された」(竹田氏)なかで強く勧められたのが「マネジメントの父」と称されるピーター・ドラッカーだった。ドラッカーを学ぶことが京都試作ネット加入の条件となり、竹田氏は40回シリーズの講座を受講した。その間に学んだドラッカーの経営理論は、経営者としての竹田氏のその後に多大な影響を与えることになった。

ドラッカーの「問題ではなく機会」で医工連携スタート

社内には「使命」という書が飾られている
社内には「使命」という書が飾られている

ドラッカーを学ぶなかで竹田氏が強く共感したのが「使命の明確化」だった。「使命とは顧客と社会に対する貢献内容である」と理解した竹田氏は、クロスエフェクトでは「速さの追求」を使命に掲げた。「開発試作を依頼する企業は皆、速さを求めている。そうしたニーズに応えたい」として、CTスキャンのほか、紫外線レーザーなどの光を照射する光造形や、シリコンの型に真空下で樹脂剤を流し込んで成形する真空注型など様々な工法で“世界最速”の試作を実現している。

心臓モデルの製作も、「問題ではなく、機会に焦点を合わせることが必要」というドラッカーの言葉から始まった。2005年に国立循環器病研究センター(大阪府吹田市)の白石公(いさお)医師から「赤ちゃんの命を救うため、柔らかい心臓モデルを作ってほしい」と依頼があった。そのときは断ったが、4年後、白石氏がまだ探していることを知った竹田氏はドラッカーの言葉を思い起こした。「前は自分が未熟だったのか、依頼を『問題』ととらえていたが、今度は『機会』、つまりチャンスだと考えを改め、こちらから連絡を入れて引き受けた」という。こうして2009年8月に国立循環器病研究センターとの医工連携で心臓シミュレータープロジェクトがスタートした。

ものづくり日本大賞で内閣総理大臣賞を獲得

第5回ものづくり日本大賞内閣総理大臣賞を受賞
第5回ものづくり日本大賞内閣総理大臣賞を受賞

新生児の100人に1人の割合で先天性心疾患が発症する。その中には手術が必要で、さらには極めて難しい手術になる症例もある。患者の心臓そっくりのオーダーメイドで、実際に切ったり縫ったりできる柔らかい心臓モデルがあれば、術前に詳細なシミュレーションや診断ができ、手術を成功に導ける。社会的意義が大きな取り組みであることは間違いない。しかし、既存の事業で手いっぱいだった社員の反応は微妙で、「当初、社員の間には“仕事をやらされている”という意識があった」と竹田氏は話す。

転機はしばらくして訪れた。医師からの急ぎの依頼で、しかも難しい症例の心臓モデルを作ることになり、担当の技術者は困惑しながらも夜遅くまで製作に取り掛かった。そして、ミカンほどの小さな心臓モデルが完成すると、担当者はこう言った。「これを使ってシミュレーションをすれば、この子は助かる。そう思いながら作った。だから、この子は絶対に助かる」。その思いが通じたのか、手術は成功し、幼い命は救われた。それ以来、圧倒的な当事者意識を持って仕事に取り組み、現在では多くの賞を受賞するなど随一の技術者になっているという。

心臓シミュレータープロジェクトは各方面から高く評価され、数々の賞を獲得。2013年9月には第5回ものづくり日本大賞で最高賞となる内閣総理大臣賞に輝いた。総理官邸で行われた表彰式・祝賀会で心臓モデルを手にした安倍晋三首相(当時)は大いに気に入り、その後、安倍氏が2018年に中東諸国を訪問した際には竹田氏も同行メンバーに加わり、イスラエルなど訪問先で心臓シミュレーターを紹介した。

「命に関わる仕事は生やさしいものではない」

グループ3社が入る本社ビル
グループ3社が入る本社ビル

「医者でなくても救える命がある」と竹田氏は力説する。心臓モデルを使った術前シミュレーションを行った医師からは「これ(心臓モデル)がなかったら患者の命は救えなかった」と言われ、患者の家族からも感謝の手紙を数多く受け取る。「それらが私たちのやりがいやモチベーションになっている」(竹田氏)という。

その一方で、命の重さに苦しくつらい思いに苛まれることもある。急いで製作するも、思い通りの成果が出なかったり、手術に間に合わなかったり、自責の念に駆られることもあったという。しかし、「人の命に関わる仕事は生やさしいものではない。患者さん、そしてそのご家族のことを考えれば、いっそう重いものを感じざるを得ない」と竹田氏は静かに語った。

未来へ向けて「常に最先端」

大阪・関西万博で命を救う高い再現性をアピールする
大阪・関西万博で命を救う高い再現性をアピールする

今年6月1日、待望の出来事があった。「軟質実物大3D心臓モデル」が保険適用の医療機器になったのだ。これにより術前シミュレーションがさらに広がっていくことが期待される。プロジェクトに着手して16年。長い年月と莫大な資金が必要とされる医療分野だけに「これまで経営危機が何回もあった」(竹田氏)が、難局を乗り越え、ときには命の重みに直面してつらい思いを味わってきた竹田氏とスタッフの苦労が報われた格好だ。

大阪・関西万博の「未来航路」では、心臓モデルなど独自の技術を活かした高い再現性をアピールする。「いのち輝く未来社会のデザイン」という万博のテーマに実にふさわしい展示となる。その未来に向けて、竹田氏はさらに歩みを続ける。常に心掛けているのは「カッティング・エッジ(cutting edge=最先端)」だ。「ものづくりの最上流である開発試作を手掛ける以上は常に最先端のことをやらなければならない。これからも未来を意識したものづくりを続けていく」と竹田氏は話している。

企業データ

企業名
株式会社クロスエフェクト
Webサイト
設立
2001年8月
資本金
1,000万円
従業員数
40人
代表者
竹田正俊 氏
所在地
京都市伏見区南寝小屋町57番地
事業内容
プロダクトデザインおよび樹脂筐体設計/3Dスキャニング/光造形による3D開発試作モデルの製作/真空注型品製作、その他新製品開発に係わるトータルサービス/臓器シミュレーター開発、CTスキャンサービス
グループ会社
株式会社クロスメディカル、株式会社クロスデザイン