SDGs達成に向けて

捨てるだけだった温泉熱を活用して灯油ゼロを実現【鈴の宿 登府屋旅館(山形県米沢市)】

2024年 7月 8日

温泉の排湯を活用して灯油使用量ゼロを13年間継続してきた「鈴の宿 登府屋旅館」の遠藤直人氏
温泉の排湯を活用して灯油使用量ゼロを13年間継続してきた「鈴の宿 登府屋旅館」の遠藤直人氏

山形県米沢市にある小野川温泉には13軒の宿が立ち並ぶ。そのひとつ「鈴の宿 登府屋(とうふや)旅館」。車椅子でも快適に泊まれるバリアフリーの旅館として高い評価を受けているが、最近は「熱をフル活用するSDGs温泉旅館」としても名を馳せた。捨てるだけだった温泉の排湯を活用することで灯油の使用量ゼロを実現。13年間継続してきた功績が認められ、昨年12月の第11回グッドライフアワードで環境大臣賞優秀賞を受賞した。ほかにも温泉熱の利用方法を実行・検討しており、遠藤直人代表取締役は「当たり前のものとして身近にあった温泉の価値をいっそう高めていきたい」と話している。

ヒートポンプ導入で排湯をシャワー、エアコンに使用

温泉は源泉100%かけ流し
温泉は源泉100%かけ流し

平安時代の女流歌人、小野小町が京都からの長旅の途中に入湯して病を治したとの言い伝えがある小野川温泉は、肌がスベスベになる“美人の湯”として知られる。登府屋旅館は江戸時代中期の創業で、冬は雪に閉ざされる地域の貴重なタンパク源となる豆腐を作っていたことが屋号の由来だという。7代目となる遠藤氏は大学卒業後、経営コンサルタントなどを経て2004年から家業の仕事を始め、父・章作氏の死去を受け、2013年に代表に就任した。

小学校時代に地球環境問題に関する作文を書いて地元紙に掲載されるなど、元々環境問題や自然保護に対する関心が高かった遠藤氏が温泉の持つ熱エネルギーに着目したのは代表就任前の2010年のこと。同旅館は源泉100%かけ流しで、湯船からあふれた湯を捨てている一方で、灯油を使って水道水を沸かしてシャワー用の湯にしていた。「これはもったいない。なんとかできないか」と考えた遠藤氏は、ヒートポンプを使えば40度の排湯を約60度の熱湯に変えられることを知った。早速、名古屋市内のメーカーに連絡を入れ、ヒートポンプを導入。作られた熱湯をシャワーやエアコンの暖房に使用するほか、ヒートポンプで冷たい水も作れることから冷房にも使用。この結果、年間29tも使っていた灯油はゼロに。以来、現在に至るまで灯油を全く使用しない温泉旅館となり、CO2換算では年間53tも削減し、13年間継続してきた計算になる。

「当時の灯油価格はリッター当たり65円だったので1年で188万円分の灯油を購入していた。今はリッター100円を超えているので、コストはもっと膨らんでいた」と遠藤氏。一方で、システム導入にかかった設備投資額は1500万円。一部は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の補助金を活用したが、「灯油購入費をゼロにしたので、すでに元は取れている」という。

ヒートポンプ導入で排湯をシャワー、エアコンに使用

米沢に鷹山公以来続く持続可能な社会の伝統

ヒートポンプ導入でCO2削減とコスト削減を同時に達成
ヒートポンプ導入でCO2削減とコスト削減を同時に達成

ヒートポンプ導入時の2010年にはまだSDGsは存在していなかった。「当時は、経済と環境を天秤にかけ、経済性を犠牲にしないと環境は守れない、という考え方が主流だったが、当旅館ではCO2削減とコスト削減を同時に達成した」。経済発展と環境保全を両立させようというSDGsを先取りした格好だ。

さらに「米沢では、上杉鷹山公以来、持続可能な社会の実績が200年以上あり、その伝統が現在まで続いている」と強調する。上杉家第9代藩主の上杉鷹山は財政危機に陥っていた米沢藩を立て直した名君として知られる。また、飢饉や凶作に備え、「かてもの」という食の手引書を編纂。米や麦のほかに食べられるものとして82種の植物を列挙し、食べ方を詳しく説明したもので、1780年代に起きた天明の大飢饉の際には大いに役立ったと言われる。「鷹山公は、身の回りに普通にある植物に着目し、食料として活用したことで、餓死者を出さない持続可能な社会を達成した。当旅館の熱システムも元々身近にあった温泉の熱を活用したものだ」と遠藤氏は話す。

床暖房に温泉玉子、バリアフリーでも高い評価

車椅子でもサウナを利用できる
車椅子でもサウナを利用できる

温泉熱はほかにも様々な方法で活用されている。昨年4月に設置したサウナルームでは床下に温泉の配管を通し、床暖房を併設。「サウナの電源を切っても床暖房だけで室温を50度に保てる。あとはサウナストーブでの加熱で80度に上げればいいので電気代を節約できる」という。また、地域の特産品「紅花(べにばな)たまご」を使った温泉玉子を温泉の熱で作っている。一見当たり前に思えるが、スーパーなどで販売されている温泉玉子は赤外線で作られており、他の温泉街であっても温泉で作られているとは限らない。「温泉玉子を作るには泉質や温度調整が難しい。当館の温泉はちょうどいい温度なので、正真正銘の温泉玉子ができる」という。一方、「紅花たまご」は山形県の県花であり紅色染料に使われる紅花を餌に混ぜた鶏卵で、出来上がった温泉玉子は、紅花と同様、黄身の色は濃く味も濃厚。宿泊客の食事に出したところ好評で、現在は館内とインターネットで販売している。

将来的には、トマトやイチゴなどの温室栽培や、上杉鷹山も手掛けたという、温泉からの塩作りなども検討したいという。「人類が火を作って以来、どう熱を生み出して使うかに知恵を絞ってきた。それを考えれば、人が使える熱である温泉には非常に大きな価値がある。生まれた時から当たり前のものとして身近にあったため、その価値に気づけなかったが、これから活用の道をさらに広げ、温泉の価値をいっそう高めていきたい」と遠藤氏は話す。

温泉熱の利用からは離れるが、バリアフリーにも積極的に取り組んでいる。「誰ひとり取り残さない」とするSDGsの理念に合致するもので、2014年以降、館内のバリアフリー化を順次進めている。きっかけは父親の死去。「亡くなる前、車椅子での生活となり、『旅行にも連れていけない』と家族であきらめた」。以来、車椅子利用者が泊まれる部屋を整備したり、車椅子のまま入れるサウナを設置したりと、宿泊客の要望などをもとに内容を充実させている。こうした取り組みが評価され、環境省、内閣府、総務省、経済産業省、観光庁の5省庁が後援する温泉地活性化プロジェクト「温泉宿・ホテル総選挙2022」では、全国500以上の宿泊施設の中でバリアフリー部門の2位に選ばれた。

官民挙げて地域一体で推進、“CO2ゼロの温泉街”へ

第11回グッドライフアワードで環境大臣賞優秀賞を受賞
第11回グッドライフアワードで環境大臣賞優秀賞を受賞

昨年12月の第11回グッドライフアワードでは環境大臣賞優秀賞を受賞した。「温泉熱の活用は、数多くの温泉を持つ日本にしかできない取り組みだ。全国各地の温泉旅館で同様の取り組みをしていただければ」と遠藤氏は呼びかける。

さらに、個々の旅館だけではなく、各地の温泉地が地域一体となって取り組みを行うことが重要だと指摘したうえで、「たとえば温泉熱活用に特化した補助金制度を導入するといった行政の後押しが必要だ」と訴える。小野川温泉の中で灯油ゼロを実現した温泉熱システムを導入しているのは今のところ同旅館のみ。「当館は大浴場とボイラー室との距離が近く、ヒートポンプを設置するのが比較的容易だったが、他の旅館は事情が異なり、導入には大掛かりな配管工事が必要な場合もある」。そのため、「配管の整備など、個々の旅館では対応が難しい課題に官民を挙げて地域全体で推進していくことが必要。未来を見据えて“CO2ゼロの温泉街”と呼ばれるような新しい温泉地に生まれ変わることができる」と話す。

小野小町ゆかりの小野川温泉で江戸時代中期から続く登府屋旅館
小野小町ゆかりの小野川温泉で江戸時代中期から続く登府屋旅館

また、東日本大震災や能登半島地震など大規模な自然災害が相次ぐなか、被災者を受け入れる避難所として温泉街の可能性・有用性も指摘する。「宿泊施設には食料の貯えもある。体育館など通常の避難所に比べれば、広いお風呂もあり、快適に過ごせるだろう。災害時に地域をカバーできるだけの発電設備を準備できれば、大規模な停電があっても石油がなくても温泉の熱を活用して住民が生き残れる自給自足のエリアとなれる。源泉温度が高い小野川温泉をそのモデル地域にしていきたい」と遠藤氏は話している。

企業データ

企業名
鈴の宿 登府屋旅館
Webサイト
設立
1992年(創業は江戸時代中期)
資本金
500万円
従業員数
8人
代表者
遠藤直人 氏
所在地
山形県米沢市小野川町2493番地
事業内容
旅館業