あの人気商品はこうして開発された「食品編」

「マルちゃん正麺」袋麺に新風を吹き込め!

「あの人気商品はこうして開発された」 「マルちゃん正麺」—袋麺に新風を吹き込め! 1989年に初めて、カップ麺の国内生産数量が袋麺を抜き、その後も差は広がっている。だが、新しい価値を提案できれば市場を活性化できる、東洋水産はそう確信していた。開発期間は少なくとも5年。「うまい。ウソだと思ったら、食べてください」—。この言葉に、東洋水産が「マルちゃん正麺」にかけた思いのすべてが込められている。

「うまい。ウソだと思ったら、食べてください」—。東洋水産が即席袋麺「マルちゃん正麺」(以下、正麺)を発売した当時からTVCMで使われているフレーズだ。刺激的な表現だが、あえて強いメッセージ性のある言葉を選んだ裏には、同社の本気度と自信が隠されている。開発に費やした期間は少なくとも5年。商品担当者が試食すると「これは本当に即席麺なのか!」と目を丸くするほどの出来栄えだった。「相当な意気込みを持って取り組んだ」(即席麺本部の神永憲課長)正麺の開発を支えたのは、袋麺市場を盛り上げたいという即席麺メーカーとしての信念だった。

袋麺市場を活性化させるため

日本即席食品工業協会の「即席めんの生産数量の推移」を基に作成

1971年にカップ麺が発売されると、お湯を注ぐだけで食べられる簡便性が消費者の心をとらえ同市場は成長していった。

逆に袋麺市場は縮小し、日本即席食品工業協会によると、89年のカップ麺の国内生産数量は24億500万食だったのに対して、袋麺は22億2500万食となり、初めてカップ麺の生産数量が袋麺を抜いた。この傾向は近年では著しく2011年はカップ麺が36億400万食の一方、袋麺は17億7100万食と差が広がっている。

「ダウントレンドにある袋麺市場だとしても、同商品はカップ麺と同様、生活に密着している簡便商品。新しい価値を提案できれば、市場をもう一度活性化できるはず。そのためにカギとなるのは『麺』だった」(即席麺本部の隅田道太氏)と振り返る。

袋麺はスープと麺というシンプルな構成の商品。スープでは各社、さまざまな味を揃えていたが、麺については熱風乾燥させるノンフライ麺が出て以降、大きな変化ができていなかった。

新しいジャンルの麺

東洋水産には、新しいタイプの麺やスープなどの開発を行うチームが総合研究所内にある。2006年ころ、同研究所から「生麺のようになめらかでコシのある食感の麺」について報告を受けた。その後命名される「生麺うまいまま製法」のプロトタイプ品だった。

1000回を超える試作を繰り返し生麺に近い食感と味わいを実現した

通常、麺は小麦粉などの原材料を混ぜ合わせ切り分けられた後に、水分を含ませる「蒸し工程」がある。同工程の後に油で揚げるとフライ麺に、熱風乾燥させるとノンフライ麺になる。これに対して、正麺では切り分けられた生の麺をそのまま乾燥させる。こうすることにより「生に近い食感と味わいになる」(隅田道太氏)という。

同製法は正麺のために開発されたものではなかった。即席麺業界以外の業種からヒントを得て開発したという同製法の試作回数は「少なくとも1000回は超えていると聞いている」(同)。正麺は油で揚げていないため、分類するとノンフライ製法になるが、パッケージにその表記はない。「従来の製法とはかなり違っている。夕食に出しても即席麺とは気づかないほど。新しいジャンルの麺が出来上がった」(同)と胸を張る。日々の研究の成果が実を結んだ。

浮かび上がった課題

試作段階では生の麺のような食感と味わいが出来上がった。だが、一息ついたところに問題が浮上した。同じ品質の麺を生産ラインで再現することだった。

今までにない麺のため当然、生産ラインも一からの設計になった。「機械メーカーもつくったことがない」(隅田道太氏)というほど困難を極めた。

改良を何度も行い、機器が出来てからも原材料の配合条件や乾燥時間など、試作段階での麺を再現できるようにテストが繰り返された。「研究所の担当者は一度工場に入ると、1カ月程度は戻ってこないこともあった」(同)ほどだ。約2年の時間を費やし、納得のいく麺を製造するラインが完成した。

随所にあるこだわり

スープでは日本のどの地域の人でも満足できる“ど真ん中”の味を追求。麺を丸い形状に成型し調理しやすさにも気を配った(写真下)

正麺でこだわったのは、麺の食感や味わいだけではない。袋麺のもう一つの構成要素であるスープでは「日本のどの地域の人でも満足できる“ど真ん中”の味つくりを目指した」(隅田道太氏)。スープの味には地域性があるため、全国のさまざまなエリアの商品を取り寄せ傾向を把握するように努めた。

また東洋水産によると、袋麺ユーザーの約7割が野菜などの具材を入れて食べているという。そのため、野菜に合うスープづくりを意識し「もやしやキャベツ、ネギなどの具材をトッピングして味の変化を確かめた」(同)。パッケージには具材が入った調理例が載っている。これには「パッケージ自体から、加える具材のイメージがつくように」(神永憲課長)との意味が込められている。

さらに、麺の長さや形状にも独自性を出した。「長い麺では60-90センチメートルにもなるが、正麺では25-30センチメートルにしている。器に取り分けやすく、子どもやお年寄り、女性などでも食べやすいようにした」(同)。

袋麺の多くが麺の形状を四角い形にしているが、正麺は丸く成形されている。「ゆでる時に使う鍋が丸い形状のため、麺自体も丸い方が調理しやすい」(同)との考えからだ。丸い形状だと、輸送段階で空間ができてしまい、コストがかさむなどのマイナス面もある。だがそれよりも「お客さまの調理しやすさを優先させるべき」(神永憲課長)との判断があった。

伝わった東洋水産の本気度

東洋水産初の新商品発表会では流通関係者から「間違いなく売れる」などの声が聞かれ手ごたえを感じた

2011年11月の発売から2カ月前、東洋水産は食品スーパーや卸などの流通業界向けに試食会を兼ねた新商品発表会を開いた。同社として初めての取り組みだった。開催の理由について、神永憲課長は「実際に食べてもらいたかった。東洋水産の本気度や意気込みを伝えたかった」と言葉に力を込める。

新商品発表会は全国7カ所で行った。東京会場では200人強の流通関係者が招待された。試食した人の口ぐちから「これは間違いなく売れる」「商品を切らさないように供給体制を整えてほしい」などの声がこぼれた。「いろいろな商品を発売してきたが『これは違うな』という手ごたえを感じた」(神永憲課長)と声を弾ませる。

もっとも、この当時はまだ生産ラインが完成していなかった。全国7カ所で必要となるサンプル数は約3万食。「完成前のラインを使いながら、のべ人数100人の社員が3週間かけて泊まり込みで作り上げた。学生時代の合宿のようだった。8月の暑い時期だったため、4-5キログラム体重が落ちた人もいた」(隅田道太氏)と苦笑いを浮かべる。

また当日の会場では「バックヤードに鍋を何個も並べて社員総出でつくった。今まで発表会を行ったことがなかったので、手づくり感満載の発表会だった」と(神永憲課長)思い返して笑みをこぼす。

進化し続ける「マルちゃん正麺」

ブランドを担当する即席麺本部の神永憲課長(写真左)と隅田道太氏(中央)

2011年11月に発売されると、TVCMタレントの役所広司氏が言う「ウソだと思ったら、食べてください」のフレーズが話題になった。

「強いメッセージのため、社内でもここまで言っていいのかとの慎重論もあった。しかし『自信を持って伝えよう』と決まった。また、袋麺は一つのブランドを食べ続ける『食べ慣れ』が一番のハードル。これを打破するためにも、お客さまに一度食べていただきたかった」(隅田道太氏)と経緯を語る。

13年8月には「味噌味」をリニューアルして発売。味噌の量を増やしたほか、豚肉のうま味やガーリックなどの香辛料を利かせコクや深みを向上させ、より野菜との相性が合うように改良した。

また、同年10月には「生麺うまいまま製法」を用いた袋麺タイプのうどん「マルちゃん正麺 うどん」と「同 カレーうどん」を発売した。うどん専用に材料の配合や製造条件を刷新。ラーメンタイプの正麺同様、生の麺のようなコシともっちりとした食感がするうどんに仕上げた。

10月に発売された袋麺タイプのうどん「マルちゃん正麺 うどん」と「同 カレーうどん」。正麺同様、生の麺のようなコシともっちりとした食感が特徴

発売すると正麺は、東洋水産が期待した通りなめらかでコシのある麺の食感と味わいが消費者から支持を受け、12年5月には2本目の生産ラインを設置し発売から8カ月後の12年6月に累計出荷数1億食を突破。13年3月には3本目の正麺生産ラインを設置、膨らむ需要に対応できる体制を整え、同年10月には同5億食を達成した。

「今が完璧なわけではない。麺の食感などやれることはまだまだある。これからも進化し続けるブランドでありたい」(隅田道太氏)と語る目の奥には、商品開発者魂が宿っている。

企業データ

企業名
東洋水産株式会社
Webサイト
代表者
代表取締役社長:小畑一雄
所在地
東京都港区港南2-13-40

掲載日