BreakThrough 企業インタビュー
東北大学の持つ研究シーズ「新規ランガサイト型圧電単結晶」と社会のニーズを結び付け、革新的な「ランガサイト型振動子」と「ランガサイト型センサ」を製品化【株式会社Piezo Studio】
2019年 2月 7日
summary
東北大学の研究シーズから、新しいデバイスを開発
高温環境下に適応するセンサなど、ニーズの高い製品を市場投入へ
産学連携を通して事業を行い、地域経済にも貢献する
株式会社Piezo Studioは、東北大学が持つ研究シーズを事業化するベンチャー企業として、2014年12月に設立された。本格的IoT時代には欠かせない電子デバイスを、新しい素材から製品化するとして、今、注目を集める企業だ。同社代表取締役社長の井上憲司氏にお話を伺った。
研究シーズから生まれた「ランガサイト型振動子」と「ランガサイト型センサ」
東北大学には、金属材料研究所の初代所長である本多光太郎氏の「産業は学問の道場なり」という精神が脈々と受け継がれている。現在は東北大学発のベンチャー企業を増やそうと、「東北大学ビジネス・インキュベーション・プログラム(BIP)」を実施。採択案件には事業資金などの支援を行っている。
同大学金属材料研究所・未来科学技術共同研究センター教授の吉川彰氏も「研究成果は、世の中に出さないと意味がない」という考えを持っており、自らの研究成果の事業化を目指し、C&Aというベンチャー企業を立ち上げていたが、さらなる発展を目指しこのBIPに参加。
採択を受けた事業化シーズである「圧電事業」を行う事業体として、C&Aの圧電事業部が独⽴する形で設立されたのが株式会社Piezo Studioだ。中小機構が管理・運営するインキュベーション施設(大学連携型起業家育成施設)「T-biz 東北大学連携ビジネスインキュベータ」に入居している。
Piezo Studioでは、吉川教授らが開発した「新規ランガサイト型圧電単結晶」を用いて、現在、2つの製品を開発している。
1つは、タイミングデバイスの1種である「ランガサイト型振動子」だ。
世の中のあらゆる電子機器が正常に機能するためには、デジタルデータの送り手と受け手の間で、双方がタイミングを合わせる必要があり、基準となる一定間隔で安定した周期の信号「クロック信号」が必要となる。この一定周期の「クロック信号」を発生させるのがタイミングデバイスであり、電子機器に必要不可欠なキーデバイスだ。従来は水晶の振動子が主に使われている。
今後本格的にIoT化が進み、多数の端末がネットワークを形成する状態下では、振動子がクロック信号を発信するまでの待機状態からの起動時間を含めた占有時間が長いと、データの衝突が起こり、送受信に支障をきたしてしまう。 ランガサイト型振動子は、待機状態からの起動時間が非常に短く、従来の水晶振動子と比べると10分の1程度に短縮できる。
また、起動時間が非常に短いということは、その間に消費される電力も少ないということであり、消費電力の削減にも大きく貢献できる。さらに、ランガサイト型振動子では、消費電力の少ない低周波の周波数を実現している。水晶振動子では低周波を実現するためには動作の安定性のために大型化が必要となるが、ランガサイト型振動子では低消費電力の低周波と回路に組み込みやすい小型化を両立できる。
もう1つは、「ランガサイト型センサ」だ。理論値で1200℃までという高温の環境下で、問題なく作動する。高温環境下に適性を持つセンサは、以前からニーズが高かった。たとえば、半導体の製造プロセスの1つである成膜は、高温下で行う方が適していると言われるが、これまでは300℃以上で作動するセンサがなかった。ランガサイト型センサはこうした課題を克服できるとして期待が大きい。
これらの製品は、現在、IoT機器等の開発企業や圧電関連の材料メーカーに展開している。
新しい素材から、新しいデバイスを生む研究開発を
同社社長の井上氏は、もともと水晶振動子を扱う大手メーカーに勤めていた。しかし昨今、研究開発費は縮小の傾向があり、また、売れる見通しのある従来品の再設計といった研究案件が増えてきた。そのころ吉川教授と出会い、その研究姿勢に感銘を受けた井上氏は、「新しい材料を用いた、新しいデバイスを生み出して、世の中に広めたい」と、吉川教授が設立したベンチャー企業であるC&Aに転職。その後、Piezo Studioに移籍し、2015年12月から同社社長を務める。
企業の一員とは違い、資金面から細かな研究課題まで少ない人員で担うベンチャー企業は、大変だが喜びも大きい。今回、新価値創造展2018(主催:(独)中小企業基盤整備機構)にて「新価値創造賞」を受賞したことも、大きな喜びだと言う。井上氏は、「実は、そういった賞があるとは知らずに出展していました。だから、受賞したと聞いたときは驚き、なにより、大変光栄です。弊社はまだ小さな会社ですから、これからよりよい製品づくりに励みながら、会社の知名度も上げていきたいと考えています。この受賞をきっかけとして、多くの方に知っていただけるとうれしいです」と少し照れながら答えてくれた。
現在、ランガサイト型振動子はお客様からの評価を得て、2019年度中の量産化を目指している。また、ランガサイト型センサには、高温環境で圧力やひずみなどを測りたいといった需要が数多く寄せられている。こうした需要に鋭意対応し、今後1年程度で製品を市場投入できる見通しだ。
地域の産業も盛り上げたい
同社は、2018年4月にISO9001-2015の認証を取得した。将来的には、事業を拡大し上場を目指している。だが、井上氏は「東北大学との強力な産学連携で生まれ、出資もしてもらった仙台生まれの会社です。これからは、故郷の産業や経済にも貢献していきたい」と語る。同社の製品は、設計や評価を同社が担い、製造過程は東北の企業と連携して行う。
振動子に代表されるタイミングデバイスは、今後15年ほどで約3000億円の市場規模拡大が見込まれているという。同社は、現状の2製品に加えて、医療用のバイオセンサや、5Gなど次世代通信に関わる「ピエゾ素子」などの開発を目指している。
井上氏は、「圧電素子の利用が進んできたとはいえ、まだまだ限定的です。自動車、航空エンジン、鉄鋼、ボイラー、触媒などあらゆる産業に、潜在的なニーズがあるはず」と言う。
こうした隠れたニーズを掘り起こし、今後は製品ラインナップを広げていく予定だ。
同社は走り始めたばかりの小さなベンチャー企業だが、新しい素材から、まだ誰も見たことのない新しいデバイスの研究開発・製品化への挑戦に、今後も注目したい。
企業データ
- 企業名
- 株式会社Piezo Studio
Piezo Studioは東北大学金属材料研究所生まれのベンチャーです。東北大学シーズである新材料及び高精度超音波計測技術とPiezo Studiio社が有する設計・評価技術を融合し革新的製品を生み出します。低消費電力に貢献する振動子や高温環境下に適したセンサなどを通して、IoT社会に貢献します。
取材日:2019年1月28日