経営支援の現場から
「宮島だけじゃない!」中山間地域から観光の魅力を発信:はつかいち森のあそび場協議会(広島県廿日市市)
2024年 4月 15日
日本三景の一つ、広島県廿日市市にある「安芸の宮島」は日本を代表する観光名所だ。国内外から年間400万人以上もの観光客が訪れている。穏やかな瀬戸内海のイメージが強い廿日市市だが、北部には緑豊かな山が広がり、温泉やスキー場、キャンプなど魅力的な山のリゾートを楽しめる施設がたくさんある。
宮島だけではない廿日市市の隠れた魅力を多くの観光客に体験してもらおうと、市の中山間地域に位置する佐伯(さいき)・吉和地区の事業者グループが2021年4月、「はつかいち森のあそび場協議会」を結成した。中小機構の「地域経済振興支援事業」を活用しながら地域一体となった観光客誘致に動き出している。
魅力的な観光施設がたくさんあるのに…
「これまで同じ地域にいながら事業者同士の交流がほとんどなかった。それぞれの事業者が自分たちのことをやって、広い視点での観光や誘客を考えるところまでは至っていなかった」。こう語るのは、はつかいち森のあそび場協議会の会長を務める戸野真治氏だ。廿日市市津田でアウトドア施設「佐伯国際アーチェリーランド」を経営している。
はつかいち森のあそび場協議会は、戸野氏のほか、スキー場や温泉施設などを運営する広島リゾート、イチゴの観光農園を経営する田原農園など地元の11事業者のほか、地元の商工会や観光協会、市の観光課で組織されている。「森のあそび場」としての佐伯・吉和地区の持続的な発展を目指し、情報発信によるこの地域の認知度向上や多様な来訪者の受け入れ環境の整備、体験や研修などのプログラム開発などに取り組んでいる。
協議会結成のきっかけを作ったのは、廿日市市を拠点に地域再生や産業振興のコンサルティング事業を手掛ける地域事業再生パートナーズ代表取締役の今若(いまわか)明氏。2018年、廿日市市から「中山間地域に観光客を呼び込みたい」という相談を受けた。
「宮島はインバウンドの観光客で大にぎわい。だが、そこからすぐに帰ってしまう。廿日市の中山間地域に魅力的な観光施設があることを誰も知らない。中山間地域の観光振興は市の課題になっていた」と今若氏は語る。市は県の事業を活用し、戸野氏ら佐伯・吉和地区の事業者とともに観光誘致活動を展開することになった。
今若氏が地域の実情を探ると、意外なことが分かってきた。多くの外国人の観光客が訪れる施設があったのだ。それが佐伯国際アーチェリーランドだった。
この施設は、1972年に大手自動車メーカーに勤務していた戸野氏の父が脱サラして里山を切り開いて開設した。本格的なアーチェリーだけでなく、中国地方で唯一、フィールドアーチェリーを楽しむことができる。林の中をオリエンテーリングのように移動しながら、ところどころに配置された的(まと)を射て得点を競うスポーツで、国際的な競技会も開かれている。施設内ではバーベキューやキャンプ、カヌーなども楽しめる。そんなアクティビティを求めて、米軍岩国基地に駐留する多くの外国人が足を運んでいた。
「インバウンドを誘致する大きな足がかりになるかもしれない」。今若氏は、そんな可能性を感じたという。
県の事業を活用し、佐伯国際アーチェリーランド周辺の施設にも周遊してもらおうと、岩国基地などをターゲットにプロモーション活動を展開していたが、支援の期限が切れる2020年に終了することになった。しかし、「このまま終わらせてはもったいない」と今若氏が戸野氏ら事業者に協議会の立ち上げを提案し、 “再始動”することになった。コロナ禍で多くの事業者が苦境にある時期でもあった。
4つの柱を設定、SDGsは「学び」からスタート
協議会を立ち上げたものの、勉強不足で何から始めていいかもわからない状態だったそうだ。「これまでは行政からのミッションがあったが、今度は自分たちで考え、自分たちで活動しなくてはならない。しかし、考えも漠然としていた」と今若氏は振り返る。
当時、今若氏は中小機構中国本部で経営支援アドバイザーをしていたことから、つきあいのあった中国本部地域・連携支援課主任の豊福一樹氏(肩書は取材当時)に相談した。「地域経済を活性化するために中小機構と民間事業者、行政や支援機関が連携して取り組むスキームがある。その事業で応援できるのではないか」と地域経済振興支援事業の活用をアドバイスされた。
協議会が誕生して数カ月が経過した2021年の夏、豊福氏ら中小機構のメンバーが協議会を訪問。本格的な支援がスタートした。機構から派遣されたアドバイザーが入り、メンバーたちと観光誘致の方向性などを議論した。
「地域を周遊できるような取り組みをしよう」
「観光地ではないので、われわれを選んでもらえるような具体的なテーマが必要だ」
「広島は修学旅行のメッカ。それならば、教育旅行はどうだろう」
「ここは自然と触れ合う施設が多い」
「だったら、今注目されているSDGsを中心に取り入れたい」
協議会が今後取り組む4つの「柱」が固まった。1つは観光客誘致を進めるための「人材育成」、もう一つはSNSなどを活用した「情報発信」、3つ目がSDGsを学ぶことができる「体験プログラム」の作成、そして、4つ目が旅行代理店や教育機関などへの「プロモーション活動」だ。
ここ数年、大きな話題となっているSDGsだが、メンバーの多くはどんな取り組みをしたらいいのか十分に理解できていなかった。そこで、中小機構中国本部から、SDGsに詳しいアドバイザーの派遣を受け、まずは基礎から学ぶことにした。
「まずは『SDGsとは何か』というところからスタートした。17ある目標について、カードを使ってゲーム形式で理解していただいた。また、目標が各事業者のビジネスのどういったところに紐づいているのか、楽しみながらも皆で考えてもらう時間を確保した」と豊福氏は説明する。メンバーには好評で「もう一度やりたい」という声もあった。
「体験プログラム」のコンセプトは「森で育む生命の源流教育」
小中学校などに教育旅行を提案するうえで最も重要な「体験プログラム」の作成にも着手した。森と共生してお互いに思いやりを持ちながら、体験を通じてSDGsを学ぶ—。「森で育む 生命(いのち)の源流教育」をコンセプトに据えた。
プログラムの作成にあたっては、中小機構のアドバイザーからはこんな指摘も受けた。
「生徒や学校の先生、親、旅行代理店。この4者が満足しないとリピートしてもらえない。この4人を顧客に見立てた時に何が大事かというと、『〇〇力が身に付きますよ』という打ち出し方だ」
そんなアドバイスをもとに作成したメニューは、県立もみのき森林公園での林業体験や竹・丸太などの自然材を使ったビオパークづくり、スキーやアーチェリー、アスレチック体験、イチゴ狩りやジャムづくり…。「森のあそび場」ならでは魅力的なメニューがそろった。
若いころからアーチェリー選手として活躍し、大学で監督を務めるなど指導者としての高い実績を持つ戸野氏のもとにはオリンピックやパラリンピックの選手も数多く練習に訪れる。戸野氏の施設には、障がいを持つ人たちもアーチェリーの体験に訪れる。健常者と障がい者が相互理解を深める活動も展開している。
教育旅行からファミリー層、インバウンドへ 誘客の広がり期待
「体験プログラム」が固まり、2023年は「まずは市内の子供たちに体験してもらおう」と、市の協力を得て、小中学校の校長会でプレゼンテーションを展開。2校に利用をしてもらった。2024年からは、体験プログラムをもとに小中学校やスポーツ少年団などをターゲットにした本格的な教育旅行の誘致活動の展開が始まる。
「みなが初めて集まった2018年のころに比べると、事業者間の連携もとれてきた」と戸野氏は目を細める。アーチェリー場に合宿に訪れた学生たちに温泉施設の割引券を配ったり、アスレチック施設を紹介したり。地域を周遊する働きかけを各事業者が行うようになったそうだ。
目下の課題は情報発信力とプロモーション力の強化だ。教育旅行を提案している地域や施設は全国に数多く存在している。すでに先行して情報を発信しているところに対抗できるだけの力をどうつけるか。「トライ・アンド・エラーを重ねながらやるしかない」と今若氏は語る。
教育旅行を足掛かりにファミリー層、さらには働き盛りの世代へのアピールも欠かせない。コロナ禍が終わり、これまで見送られてきた企業の研修やレクリエーションも復活しており、こうした企業へのアプローチも今後進める考えだ。また、宮島や広島市内を観光するインバウンドの需要をいかに取り込むかという課題も残されている。協議会のチャレンジはこれからが正念場だ。
支援機関データ
支援機関名:はつかいち森のあそび場協議会
Webサイト:https://hatsumori.com/
設立: 2021年4月
会員数:14事業者・団体
代表者:戸野真治氏(佐伯国際アーチェリーランド)
所在地:事務局:広島県廿日市市津田500