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故郷・中国伝来の製法によるラーメンとの出合いで移住と開業を決意「佐野ラーメン 麺や輝」
2024年 8月 26日
栃木県南西部に位置する佐野市はご当地グルメ「佐野らーめん」で知られる。中国伝来と言われる製法で作られた麺と出合った中国出身の京増優美氏は、同市への移住と開業を支援する「佐野らーめん予備校」での研修を経て夫の昌義氏と夫婦2人で昨年6月に「佐野ラーメン 麺や輝(かがやき)」を開業した。青竹を使って麺を打つという、今では珍しくなってきた伝統的な手打ち麺を提供。家族そろって移住した“ラーメンのまち”で地元に愛される店を目指していく。
立ち寄った“ラーメンのまち”で「懐かしい味」
優美氏は中国東北部のハルビン出身。千葉県出身の昌義氏とは共通の知人を介して知り合い、2004年に結婚。ビザ取得などの手続きを経て2006年に来日した。その後、神奈川県川崎市内で訪問介護の仕事を夫婦で手掛けた。仕事のかたわら、栃木県内を何度か観光で訪れ、その際にラーメン店に立ち寄ったという。
佐野市内には約150軒のラーメン店があり、“ラーメンのまち”としても知られる。地元のおいしい水で作った、しょうゆ味のあっさりしたスープが特徴で、現在は少なくなったが、青竹を使った麺打ちという伝統的な製法でも有名だ。佐野でラーメンを初めて食べた際、昌義氏は「今まで食べたラーメンとは全く異なり、とくに麺のコシが違った」と感じた。一方、優美氏の感想は「懐かしい味だった」。というのも青竹打ちは元々、中国人が広めた技術と言われており、優美氏も来日前は家庭料理として自宅で麺を打っていたという。
その後、佐野らーめん予備校の存在を知った夫婦は、中国伝来の製法を続ける佐野らーめんに縁を感じたとして予備校の受講と佐野市への移住を決めた。当初は2人そろって受講する考えだったが、前職の関係で昌義氏は都合がつかず、優美氏だけが2023年に研修を受けた。
移住と開業をセットにした「佐野らーめん予備校」で研修
優美氏が受講した佐野らーめん予備校は佐野市の委託事業として2019年にスタート。受講生を全国から募り、ラーメン作りだけでなく、事業計画書の作成やマーケティングなどラーメン店の経営に向けたカリキュラムを実施する。
元々は人口減少の中、市への移住者を呼び込むためのプロジェクトとして始まった。佐野市役所で移住・定住を担当する西沢治氏は「移住に際してネックとなるのが仕事。そんななか、当時の担当者が街中でラーメン店に行列ができているのを目にし、『ラーメン店の開業と移住をセットすればいいのでは』と思いついた」と話す。とはいえ、開業しても数年で廃業しては移住希望者に対する説得力は乏しい。そこで市は市内のラーメン店の廃業率について独自に調査した。その結果、高齢化や後継者不在によるものを除き、過去10年間で経営不振を理由とした廃業率は12.4%。一方、大手飲食系サイトの調べによると、ラーメン店全体では開業後1年以内に40%、3年以内には70%が廃業しており、「佐野らーめんが事業としていかに安定しているかがデータとして裏付けられた」(西沢氏)という。
こうした市の取り組みに対して「佐野らーめんの伝統を守りたい」として地元の店主らが予備校で講師をつとめたり修業の場を提供したりと積極的に協力している。予備校では第15期までに25人が受講し、うち7人の卒業生が開業した。なかには、遠方から移住してきた卒業生もいて、秋田県の食材を使った佐野らーめんや、奈良県天理市のスタミナラーメンとのハイブリッドなど、それぞれの出身地の特色を加えたメニューを提供している。
好条件の店舗が見つかり本格修業抜きでオープン
女性初の受講生となった優美氏は2カ月ほどの間に計9日の講義を受け、基礎研修を終了。続いて、通常は既存店で働くという本格修業に入るのだが、優美氏は本格修業をすることなく開業するという異例のケースになった。「店舗開業に向けて物件探しも進めていたら、ちょうど閉店するラーメン店があり、内装や設備はほぼそのままの状態で使えるという話が飛び込んできた」(優美氏)という。立地もよく、このタイミングを逃すのは惜しいと判断。賃貸契約を結び、早期に開業することにした。優美氏にはかつて飲食店で勤務した経験もあり、本格修業抜きにも大きな不安は感じなかったという。
店舗探しは開業に必要不可欠だが、「開業するタイミングで希望する物件が見つかるのか見つからないのかは、巡り合わせのようなもの」(西沢氏)という。また、内装や設備の購入などを含めると通常は500万~1000万円の初期費用がかかるが、優美氏の場合は数百万円で済み、すべて自己資金で賄った。「非常にラッキーなケースだ」と西沢氏は話す。
こうして「佐野ラーメン 麺や輝」は2023年6月にオープン。店名は長男の名前から取った。夫婦おそろいのシャツには、赤地に黄色の文字で「輝」。意識したわけではないが、中国国旗の五星紅旗と同じ色使いになった。「中国人は赤が好きだし、黄色も縁起がいい色」(優美氏)という。
「全てのラーメンに青竹手打ち麺を使用しています」
同店の看板メニューは、チャーシューと味玉、メンマなどを贅沢にトッピングした「輝ラーメン」。このほかに、まさに伝統的な味を再現したかのような「佐野ラーメン」も。ところが、お客様の反応はイマイチで、「これは佐野らーめんじゃない」という厳しい声も聞かれた。その原因は明らかだった。同店では前の店主が使用していた製麺機を引き継いだため、慣れない製麺機で麺を打っていたのだ。昌義氏は「製麺機を撤去・処分するにも費用がかかり、それならば機械を活用して麺を作ろうと考えた」と話す。しかし、製麺機でおいしい麺をつくるのにも熟練の技が必要であった。
優美氏も麺のコシの違いには気づいていた。お客様からの指摘もあり、優美氏は同年秋からかつて中国で食していた手打ち麺を提供することにした。とはいえ青竹打ちは不慣れなため、当初は麺の太さにばらつきがあるなど、少々不格好ではあった。それでもお客様からは「麺が変わった。これまでとは全然違う」という反応が返ってきた。「わかる人にはわかるんだ」と手応えを感じた優美氏はそれ以来、青竹手打ちを続け、営業日には朝6時から100食分の麺を仕上げている。
ラーメンのまち・佐野に中国から伝わった伝統的な製法が受け継がれた同店のメニューには「全てのラーメンに青竹手打ち麺を使用しています」との一文が堂々と記載されている。
目指すは「地元の方々に愛される店」
優美氏は「麺打ちは体力的にきついが、このために佐野にやって来た。頑張るしかない。もっと多くの人たちに手打ちのラーメンを食べてほしい」と意気込みを語る。また昌義氏は「地元の方々に愛される店を目指していく」と話す。昌義氏はインスタグラムを活用して店のPRを進めており、その効果からか、遠方からの来客もあるという。「遠方からのお客様もありがたいが、やはり地元の方々にちょくちょく食べに来てほしい」という。最近では近くの小学校の課外授業として同店で麺打ちを体験した児童がその後、家族と一緒に来店したこともあったという。「運動会や家庭の行事など、なにかのイベントの際に家族そろって来てもらえたらうれしい」と昌義氏は話す。
一方、西沢氏は「佐野らーめんという佐野市を代表する地域資源を守っていきたい。とくに青竹打ちという伝統的な製法は残していきたい」と話す。佐野らーめん予備校では現在、第16期生の研修がスタートしている。「独立開業はもちろんのこと、今後は後継者不在という課題を抱える既存店の事業承継という形も実現させたい」(西沢氏)としている。
企業データ
- 企業名
- (店舗名)佐野ラーメン 麺や輝
- Webサイト
- 設立
- (創業)2023年6月
- 従業員数
- 2人
- 代表者
- 京増優美 氏
- 所在地
- 栃木県佐野市浅沼町362-8
- Tel
- 080-5389-4333
- 事業内容
- 飲食業