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日本のポップカルチャー フィギュアで世界に発信「グッドスマイルカンパニー」
2021年 2月26日
アニメーションやゲームに登場するキャラクターを、3D技術で“実物”さながらの姿に造形・塗装したフィギュア。自室に多数を飾っているコレクターも珍しくない。
多くのフィギュアメーカーの中でも、高度な造形力と微妙なグラデーションを表現できる塗装技術ならびに世界的な販売ネットワークを持っていることで知られるのが、グッドスマイルカンパニーだ。
設立は、2001年5月。代表取締役の安藝貴範氏が、当時勤務していた会社の関連芸能事務所が解散するにあたって、仕事を続けたい所属タレントらの求めによって同社の歴史はスタートした。以来、フィギュアを通じて、日本のポップカルチャーを世界に発信し続けている。
安藝社長が、当時を振り返る。
「テレビ東京系列で放映されていたバラエティ番組『TVチャンピオン』で審査員を務めていたガレージキット(レジンキャスト模型)メーカー マックスファクトリーの代表取締役マックス渡辺(渡邊誠 氏)が、我々の所属タレントの1人だった」
「作ったばかりの会社が、芸能活動だけで最初から上手くいくはずがない。出足が鈍かった時期に、彼がフィギュア制作を提案してきたことが転機となった。友人で同志でもある私たち2人の互助関係から、すべてが始まった」
00年代に入ったころ、フィギュア収集はいわゆる「オタク」の中でもコアなファンの趣味でしかなかった。安藝社長は、市場拡大を期して「マンガやアニメ作品のキャラクターを造形した、フィギュアという生活に彩りを添える優れた商材がある」というメッセージを、より広範な消費者に発信していた。
日本のフィギュアの魅力は、海外にも紹介すべきと思い立った00年代中ごろからは、「WONDERFUL HOBBY LIFE FOR YOU!!」をスローガンに、海外のACG(アニメ・コミック・コンピューターゲーム)展示会に積極的に出展し始めた。
この情報発信によって、日本のACGはもちろん高精細なフィギュアと、グッドスマイルカンパニーの存在が、世界の感度の良い人たちに知られていった。
ACGは世界同時多発
時を同じくして登場したサブスクリプションモデル(商品・サービスの利用期間に応じた料金を支払うビジネス)が、市場拡大と同社成長の追い風となる。
「サブスクの普及によって、海外でも日本とほぼ同時に新作アニメやゲームのローカライズバージョンがリリースされるようになった。日本の作家に影響を受けた海外の作家が創った日本的なテイスト、描写、世界観を持つキャラクターまで世界同時多発的に楽しめるようになった」
「よって、世界がACGを理解するコンテクストレベル(経過・意脈・理由)は、日本並みに高くなった。今や世界から、すぐレスポンスが得られる。ファンの反応に、国による違いや時差はほとんどない」
フィギュアの機能
同社は、サブスク効果で作品の人気が上昇しているタイミングを逃すことなくフィギュアを発売している。安藝社長は、フィギュアは作品を長寿命化するという。
「フィギュアを手元に置くことで、作品やキャラクターをより好きになっていく。前から欲しかった一番好きなキャラクターのフィギュアを買った、次に欲しかったフィギュアも買ったとなれば、長い間、大切にする」
「つまり、フィギュアは客を固定する。根強いファンが増えることで、より深みを帯びた続編の制作さえも可能にし、新しいファンまで連れてくる。フィギュアは作品を長寿命化し、ひいては当社のフィギュアが世界中で長きにわたって楽しまれることにつながる」
外国人材も多数活躍
こんなパワーを持つ緻密で高精細、高解像フィギュアを制作している同社には、日本の作品やキャラクター、フィギュアが好きで、グッドスマイルカンパニーが大好きな人材が、世界中から応募してくる。
「当社で働く外国人材は数多い。適材であれば要職にも就けている。プロモーション部のマネージャーは南アフリカ出身だ。鳥取県倉吉市の(楽月)工場では、フランス人や中国人、台湾人が活躍している。それぞれに日本のアニメやゲームで覚えた日本語を上手に話す。コミュニケーションに支障はない」
同社の採用基準を満たす外国人材は、日本人より責任意識が高い傾向にあるという。
「彼らは、ミスを恐れない思い切りの良さと、旺盛なチャンレンジ精神を持っている。失敗を教訓に変えて成果を上げる努力を重ね、経験値を上げていく意識が高い。責任感も当然強くなる。彼らは、失敗を恐れがちな日本人より人事面で有利な要素を持っている」
安藝社長は、外国人材を日本人同様、多面的に評価したうえで要職に就けているに過ぎない。新たな企画や分野に立ち向かっていける人材を積極的に採用し、適所に起用することが、社業の発展につながるからにほかならない。一方で、優秀な外国人材の将来に触れ、複雑な胸の内を明かす。
「彼らは、自国でこのビジネスが拡大することに期待している。当社でビジネスや技術をしっかり学んで、将来は自国で事業を立ち上げたいと望んでいる人材や、日本のポップカルチャーに影響を受けた自国のポップカルチャーシーンで活躍したいと願っている人材もいる」
「彼らは、日本のポップカルチャーを世界に伝道しえる人材だ。失うのは残念だが、彼らの成功を願っている。人材育成と市場拡大にグローバルスケールで貢献することになるから、この業界にとっては好循環だろう」
複雑極まる製造工程
一口にフィギュアと言ってもさまざまだが、フラッグシップモデルは、とても緻密で高精細なスケールフィギュアだ。スケールフィギュアの生産を巡っては、作業の手順、工程、期間のすべてが高度・複雑・長期化している。
どのメーカーも熾烈な競争を勝ち抜こうと、持てる技術を最高水準で表現している。同社のスケールフィギュアの製造工程は製品によって差異はあるが、おおよそ3000におよぶという。
「1人1工程だとすると、3000人近いラインが必要になる計算だ。2900工程目で失敗すると、直前まで進めてきた工程が、すべてダメになる。廃棄するしかない。市場に供給するのが1万個なら、実際には2~3万個つくっている。多品種少量生産体制だから生産効率性は決して良くない。発売が予約受付の1年後になる商品も少なくない」
「製品ごとに金型をおこす作業に始まり、塗装と組立の工程が延々と続く。全工程を自動化すると、かえって非効率になる場合もある。自動化は、手作業を要するギリギリ手前まで。生産効率化では、自動化部分と手作業のバランスの見極めが重要だ」
強力なチーム編成
生産工程が苦難の連続であっても、同社は多彩な商品を市場に次々投入している。秘密は、多くの作業と手続きを自社でこなせる独自のチーム編成にあった。
「ライセンサー(実施権者)の細やかな注文に応じるには、微細な修正ができる自前のチームが必要だ。瞳の位置と輝き、指先の僅かな角度などの修正を外注していたらコスト割れする。外注部分を極少化して内製するメリットは大きい。彫刻家、いわゆる原型師も多数を抱えている」
「各国との通関手続きだけでもかなり手間がかかる。対応力のないチームでは、需要のある国で商品を販売していくことはできない。当社の創造力を維持する構造は、複雑かつ大規模化している」
同社ほど訓練された制作・販売チームを擁しているホビーメーカーは、ほとんどないだろう。他社製品の販売業務を受託できる理由の一つでもある。安藝社長は、複雑極まる工程を踏んでこそ「買い手に一点モノと同等の質感、清潔感、価値を感じさせるフィギュアを届けている」と自負している。
技術不足が生んだ大ヒット
同社が誇る商品は、スケールフィギュアだけではない。商標登録しているデフォルメフィギュア「ねんどろいど」は、多くのファンに知られる大ヒットシリーズだ。06年の発売以来、出荷総数は約1500万個におよんでいる。
が、デフォルメフィギュアを世に送り出した背景には、同社ならではの事情があった。
「当時の技術では、小さなフィギュアしか作れなかった。ハイエンドなフィギュアを作りたかったが、対応できる原型師がいなかった。量産性を上げるためには精細性を下げた小さなフィギュアを製造すべきというセオリーすら理解していなかったから、高精細で良質なデフォルメフィギュアを作ってしまった。これが結果的にウケたというのが、正しい解説だ」
だからこそ、「ねんどろいど」は高度な技術を凝縮した姿だという。
「生産効率性と市場投入までのスピードで勝負している。速く大量に安く供給することで掴んだファンに、砂中を見せる形でスケールフィギュアの購買意欲を刺激する商材でもある」
エンターテイメント業界に限らず、全員が一心不乱に挑んだら上手くいったという話を聞くことがある。商品のヒット性自体には再現性がないケースだ。あらゆることが偶然完璧にマッチしたことによる幸運。「ねんどろいど」も、この類例だろう。
海外向けレトロフィギュア
日本のアニメ作品を好む外国人を主なターゲットのひとつにした「POP UP PARADE(ポップアップパレード)」は、19年から始まったフィギュアシリーズである。日本の作品に親しんだ世代を取り込むため、懐かしの作品をフィギュア化していくことも狙っている。
「当時の記憶を呼び覚ます作品のキャラクターをフィギュア化している。古い作品ほど権利が複雑に絡み合っているから交渉は簡単ではないが、大人になった、当時の少年少女を当社のファンにできる仕事には、新作をタイムリーにリリースする仕事とは違ったやりがいがある」
このシリーズでは、幼年期にテレビで観て、自分もプロになりたいと思ったファンが多い「キャプテン翼」の主人公「大空翼」をフィギュアは21年1月より予約受付を開始した。サッカーがとても盛んな欧州や南米から、早くも好反響が寄せられている。
日本人は脇役好き
では、日本のキャラクターのフィギュアを外国人にどうプロモートするのだろうか。彼らは日本人と異なる感性を持っているはず。戦略には勘所があるに違いない。
「外国人は比較的おおらかだ。直截な表現でPRしやすい。肉感的な特徴をうたっても批判されにくい。対して、日本人は表現に敏感だ。作品ごとにもファン層が好む、好まない表現の傾向がある。日本人にPRするには、多くの消費者に響く最大公約数的な宣伝文句を探る必要がある」
「海外ファンは一様に主人公が好きだ。主人公の大活躍に魅了される。日本のファンは、脇役の魅力を見つけるのが上手い。自分を投影できるキャラクターを探す傾向にある。この違いは、商品化するキャラクターの選定に反映している」
モータースポーツにも参戦
同社のプレゼンスは、フィギュア事業の成功のみによって高まっているわけでない。とりわけモータースポーツへの参戦は、同社に新たなファンを呼び込んだ。
09年04月に、車やモータースポーツ関係のホビー商品を取り扱う株式会社グッドスマイルレーシングを設立(現在は株式会社グッドスマイルカンパニーと合併)。同社は、08年より初音ミクをトレードマークに国際自動車連盟公認の国際レース「SUPER GT」のGT300クラス(最高出力300馬力程度のエンジン車両)に参戦していたチームを引き継ぎ、10年シーズンより運営主体として本格的に参画した。
監督に元FIドライバーの片山右京、ドライバーには当時すでにスター選手だった谷口伸輝と片岡龍也を順次起用していった。人気と実力を兼ね備えた3人の活躍は、グッドスマイルカンパニーと初音ミクの知名度をさらに引き上げる相乗効果をもたらした。
「グッドスマイルレーシングは、友人を辿って結成したスターチームだ。特に谷口伸輝がチームに参加したことで、チームのファンが一気に増加した。谷口選手やレースのファンにとっては、SUPER GTを通じてチームの母体であるグッドスマイルカンパニーや、初音ミクを身近に感じる好機となったはずだ。片山監督のもと、チームで結果を出してきたことで、グッドスマイルカンパニー全体が新たな人気を獲得した」
チームは、11年、14年、17年の3度にわたってシーズン総合優勝を果たしている。
グローバルマーケット拡大戦略
だが、安藝社長の狙いは、こうしたチームのPR効果でフィギュアのマーケットシェアを拡大することではなかった。業界のグローバルマーケット拡大という、もっと大きなことだった。
「私は、日本的なフィギュアのマーケットを世界に広げていくことを第一義に事業を展開している。マーケットが拡大すれば当社は自ずと成長する。仲間も業界横断的に増える。当社製品の影響を受けたクリエーターが創作する新たなコンテンツによる、新たなマーケットの創造だって期待できる」
「本社は、日本の作品をメインにフィギュア化し販売している。中国にあるグッドスマイルカンパニーの関連会社(GOODSMILE ARTS SHANGHAI, LTD.)は、中国の作品をフィギュア化している。アメリカにある関連会社(Ultra Tokyo Connection, LLC)や中国にある関連会社(GOODSMILE SHANGHAI, LTD.)は、それぞれの商圏で人気のあるフィギュアを、日本のフィギュアに加えて販売している」
「これが当社のメソッドだ。持てるネットワークを総動員した多種多様な手段でローカライズしたフィギュアを、それぞれの国で親しまれる特別な存在に引き上げていく。新たなコンテンツが当社の周辺から誕生するという世界的なトレンドを確立したい」
オリジナル作品も
他者の作品を使うライセンシーという立場で進める事業が多いグッドスマイルカンパニーだが、関連会社にはアニメやゲームをつくる会社がある。安藝社長は、彼らと手を組んでオリジナル作品を世に出す事業を以前から続けている。今年から多数をリリースしていくという。
その安藝社長の夢——。
「オリジナル作品が世界でヒットすること。『鬼滅の刃』級のスーパーギガヒットになれば、最高だ」
© Crypton Future Media, INC.www.piapro.net
© 川原 礫/アスキー・メディアワークス/SAO Project
© LEN[A-7] / Crypton Future Media, INC. www.piapro.net directed by コヤマシゲト
企業データ
- 企業名
- 株式会社グッドスマイルカンパニー
- Webサイト
- 設立
- 2001年5月
- 資本金
- 300万円
- 従業員数
- 163人(2020年11月現在)
- 代表者
- 安藝貴範(あきたかのり)氏
- 所在地
- 本社/東京都千代田区外神田三丁目16番12号アキバCOビル 楽月工場/鳥取県倉吉市秋喜243
- 事業内容
- 玩具・フィギュア・グッズの企画、開発、製造、販売など