経営課題別に見る 中小企業グッドカンパニー事例集
「横浜信用金庫大口支店」商店街活性化に奔走する差別化で信頼を築く
地域金融機関を取り巻く経営環境は、厳しさを増している。貸出金利の低下による収益性の悪化、フィンテックなどによる異業種の金融分野進出などが代表的である。そのなか、神奈川県内で躍進を遂げているのが横浜信用金庫だ。横浜信用金庫は、神奈川県下メーンバンク調査(2017年、帝国データバンク)で、メガバンクである三井住友銀行を抜いて4位にランクインした。大口支店の濱崎支店長は、商店街イベント「まちゼミ」の運営など、地域課題の解決のために奔走、他行と徹底した差別化を図った。その結果、地域活性化および支店の業績改善につなげた。
この記事のポイント
- メイン顧客である商店街の課題解決に奔走、信頼を得て、顧客のニーズを把握した。
- 「大口は横浜信用金庫が一番の力になる」と徹底して地域に溶け込み、他行との差別化を図った。
- 金融機関の収益向上に地域経済の活性化は不可欠。地域金融機関こそ、地域の課題に積極的に取り組むべきである。
横浜市東部に位置する、横浜信用金庫大口支店のメイン顧客は小売・卸売業だ。JR横浜線大口駅から京急本線子安駅まで、約1kmにわたり3つの商店街が立地する。大口支店のメイン顧客の多くが、この商店街に属している。
この商店街の一つである、大口通商店街協同組合の設立は1949年(昭和24年)。かつては多くの買い物客でにぎわったが、現在は空き店舗の増加や後継者不足などの課題と向き合っている。支店長の濱崎勇さんも着任した当初、「シャッターが多い商店街だな」と感じたという。
商店街と同様、大口支店も業績が低迷している店舗だった。濱崎支店長は、地域の活性化と支店の業績改善に向け、従来の金融機関では考えられないことにまで踏み込んだ業務改革に取り組み始めた。
支店の会議室を商店街に開放。交流機会を増やし、顧客ニーズを掘り起こす
まず、商店街や地域団体のために、支店2階にある会議室を開放した。商店街から「商店街の会議室が畳で、膝が悪い高齢者が座るのはつらい。支店の会議室を使えないか」と相談があったことがきっかけだ。近隣に立地する地銀や信金に相談したが、セキュリティの問題から断られたという。濱崎支店長は早速本部に対応を相談。支店の事務室に通ずる扉へ暗証番号を入力するキーを設置することで、セキュリティの課題を解決した。
「畳を嫌い、商店街の会議に出席する人も少なくなっていたので、商店街の人たちにはたいへん喜ばれました」と濱崎支店長は振り返る。支店で商店街の会合がある際は、信金が開くイベントなどを都度紹介し、顧客の潜在的ニーズを発掘することにつながった。
「会議室を貸してほしい」という一見小さな要望は、「できません」と答えればそれで終わるかもしれない。しかし、その小さなニーズに応えることが大きなニーズの発掘につながるのだ。
約150店舗を訪ね歩いて「まちゼミ」開催の説得
商店街との接点が増え、良好な関係を築いた濱崎支店長だが、商店街の賑わい創出には課題を感じていた。夏の納涼夜店には約3万人もの人が集まるが、日常の買い物を商店街でしてもらうにはどうすればいいのか。
2017年3月、濱崎支店長は隣町の生麦支店・佐野剛正支店長に誘われ、まちゼミの第一人者である松井洋一郎氏の講演を聞き、衝撃を受ける。まちゼミとは、商店街の店主が講師となり、専門知識やプロならではのコツを無料で教える、少人数のミニ講座だ。「まちゼミでは、顧客と店主がミニ講座を通して会話をすることで、店主と信頼関係を構築できます。個店に直接お客さまを呼ぶことができる取り組みだと直感しました」(濱崎支店長)。
商店街の個店は、低価格競争では大型店にかなわない。しかし、店主たちは深い商品知識やノウハウをもっている。地域の顧客に個店の強みを理解してもらう、絶好の機会となると考えたのだ。しかし、まちゼミを商店街に提案するもなかなか決まらない。そこで、濱崎支店長は自ら個々の店を訪ね、店主を説得して回った。その数は約150店舗に上る。門前払いをされることもあったが、決して諦めなかった。前述の松井氏を大口に招聘して自主セミナーを企画した。参加意思のある店舗が一定数集まったことで開催を決定。初めて聞いた松井氏の講演から、5ヶ月が経っていた。
濱崎支店長は、補助金の申請といった事務局機能も一手に引き受け、運営に奔走。2018年3月に「第1回大口で、まちゼミ。」が開催され、245人の地域住民が講座を楽しんだ。今後の課題は、今回参加した245人をリピート客にしていくとともに、新たな顧客を創出することである。
地域活性化こそ、地域金融機関が先頭に立ってやるべきこと
金融機関がまちゼミの講座提供者として参加する事例は多くあるが、この大口支店のように、企画から事務局まで音頭をとる事例は、全国的にも珍しい。なぜそこまで金融機関が、という問いに対し、濱崎支店長は次のように語った。
「商店街が活性化すればおカネも回って、地域経済も回る。ゆくゆくは空き店舗や後継者不足といった問題の解決につながります。金融仲介機能として地域経済を支える、われわれ金融機関が先頭に立ってやらなくてどうするんだ、と思います。」
メイン顧客である商店街と密接な関係性を構築した結果、大口支店は社内表彰を受けるなど、優秀店舗に成長した。他行に低金利を提案され融資を借り換えられる「被肩代わり」がぴたりと止まったことが理由の一つだと濱崎支店長は振り返る。被肩代わりが起こる原因の多くは、金利の高低ではない。根底には金融機関の対応への不満がある。大口支店は顧客の課題に真摯に向き合い、力になった証拠であると言える。
商店街の個店には、店の強みを生かし、大手と差別化した経営が求められる。それは信用金庫も一緒であることを、濱崎支店長は商店街から学んだ。「私は『支店長』というよりも、むしろ個店の店主さんと何ら変わらない『店長』です。大手行の金利に惑わされず、地域のお客さまのお役に立てることは何かを常に考えています」(濱崎支店長)。
「地域密着型金融」という紋切り型な言葉は、濱崎支店長には似合わない。顔と顔を突き合せ、地域の課題と本気で向き合う金融機関が、これから求められていくのだろう。
企業データ
- 企業名
- 横浜信用金庫
- Webサイト
- 設立
- 1923年
- 従業員数
- 1,244名
- 代表者
- 大前 茂
- 所在地
- 本店 神奈川県横浜市中区尾上町2-16-1
大口支店 神奈川県横浜市神奈川区大口通130-1 - 出資金
- 1,849百万円
中小企業診断士からのコメント
濱崎支店長は「首都圏まちゼミ交流会」でお会いしたときから、その真っ直ぐな熱意が印象的だった。「大口が好きなんです!」と笑顔たっぷりに語るその人柄からも、商店街から慕われていることは想像に難くない。「地域のために」知恵を絞る姿勢には頭が下がる。
地域金融機関は規模や低金利では大手行にかなわないが、地域の顧客と直にコミュニケーションをとり、信頼関係を築き上げる行いこそが強みだ。これは「まちゼミ」が目指す商店街の個店の価値向上と同じであると言えるだろう。
米澤 智子