経営課題別に見る 中小企業グッドカンパニー事例集

「木内酒造合資会社」日本のクラフトビールで勝負!老舗酒造の海外戦略

世界35カ国以上へ輸出を行い、日本発のクラフトビールとして海外で圧倒的人気を誇る「常陸野ネストビール」。水田が広がる茨城県那珂市でこのビールを醸造するのは、江戸末期創業の老舗酒造メーカー、木内酒造である。1996年のビール製造参入以来、翌年から20を超えるコンテストで受賞を重ねた「常陸野ネストビール」は、国内市場の低迷を機に海外展開に挑戦。今では売上高の約6割が海外向けとなっている。その成功の鍵を探る。

この記事のポイント

  1. 日本国内のコンテストだけでなく、海外で開催されるコンテストに出品・受賞することで、海外市場における認知度を獲得
  2. コンテスト受賞後も「日本ならでは」のビール開発に注力し、独自の製品をラインアップしてブランド力を強化
  3. 各国独自の商流の把握に努め、現地の有力代理店(ディストリビューター)と契約することで流通網を構築
常陸野ネストビールを製造している額田醸造所

老舗酒造、クラフトビールで海外市場を切り拓く

木内酒造合資会社は、創業195年の歴史を誇る酒造メーカーである。その老舗酒造が生産する「常陸野ネストビール」は、35カ国以上へ輸出を行い、海外において圧倒的な人気を誇るクラフトビールである。クラフトビールとは、大手ビールメーカーの傘下にはない、小規模の独立醸造所で作られるビールを指す。

1994年、酒税法改正により、ビール製造に関する規制緩和が行われた。それまでは年間最低製造量2,000kl以上の大手メーカーにのみビール製造が許可されていたが、年間最低製造量が60klへと大幅に引き下げられ、小規模事業者の市場参入が可能となった。全国各地で新規参入が相次ぎ、一時は全国で300カ所もの地ビール製造所が誕生した。この規制緩和を機に、木内酒造もビール製造に参入した。

現在、常陸野ネストビールは、米国をはじめ、欧州のクラフトビール愛好家に愛飲されている。売上高は過去10年間で600%と年々伸長し、2017年の売上の約6割を海外市場向けが占めている。

常陸野ネストビールがこれほどのブランド力を獲得した背景には「海外コンテスト受賞による認知獲得」「日本独自の、ユニークな製品ラインアップの拡充」「現地商構造の把握による販売網構築」の3つの取り組みがあった。

ビールの製造ライン

国内外コンテストでの快進撃で、ブランド認知度を獲得

1996年、第1次「地ビールブーム」に沸く日本市場でのシェア獲得を目指し、木内酒造は、ゼロからのビール醸造に着手した。まずは醸造設備を購入しなければならない。そこで世界70か国・1,200社以上の小規模醸造所への納品実績をもつ、カナダの醸造設備メーカーDME社に目を付けた。WEBサイト経由で直接交渉。何度も粘り強く価格交渉を重ねた末、設備投資に踏み切った。交渉の結果、投資費用を大幅に抑えることができたうえに、小規模醸造所の開設ノウハウをもつDME社から、ビール造りの知識も吸収することができた。

DME社から得たノウハウを基に、初めてのビール醸造に取り組んだ木内酒造の社員たちは、清酒醸造で培ったものづくりの技能を遺憾なく発揮。厳選した原材料を用い、新鮮で高品質なこだわりのビールを作り出すことに成功した。

翌1997年には大阪で開催された「インターナショナルビアカップ」で金賞を獲得。1998年には米国で開催された世界最大のビールコンテスト「ワールドビアカップ・イン・アトランタ」で受賞した。発売開始以来、立て続けに国内外でのコンテストで受賞を重ね、フクロウ印の常陸野ネストビールは、ビール愛好家のみならず、世界各国の販売代理店からの注目を浴びるようになった。

ところが、日本国内の地ビールブームは、90年代後半に終焉を迎える。国内市場が急激に縮小し、多くの事業者が製造から撤退。木内酒造のビール売上高・出荷量も急激に縮小してしまった。価格交渉で最初の設備投資額を抑えたとはいえ、すでに投資したビール醸造設備の購入費用を回収できなければ、資金繰りが悪化するばかりだ。

窮地に陥った木内酒造は、米国市場に活路を見出した。1999年頃、米国では80年代に次ぐ、2度目のクラフトビールブームが再燃の兆しを見せていた。そのトレンドに目をつけた木内酒造は、ピンチを打開すべく、米国への輸出に取り組んだ。この目論見はみごとに的中し、「日本からやってきたクラフトビール」という物珍しさと輝かしい受賞歴が功を奏し、常陸野ネストビールは米国市場での人気を高めていった。

国内外で店舗も展開している

「日本独自」の製品ラインアップで、確固たるブランドを築く

2001年、「米国市場での成功を、一過性のブームで終わらせてはいけない。米国で常陸野ネストビールが売れるための『必然性』を作らねばならない」という想いを胸に、木内酒造の社員たちは新製品の開発に着手した。

海外の顧客に常陸野ネストビールを手に取ってもらうためには、「日本で作られた、欧米と同じ味のビール」ではなく、「日本でしか作れない味のビール」であることが必要であると考えた。

現地消費者のニーズを把握している販売代理店(ディストリビューター)からのアドバイスを得ながら、「日本ならでは」の味を出すため、日本産の材料を用いたビールの開発を試みた。試行錯誤のすえ、古代米「赤紫」を用いた「レッドライスエール」、米麹や柚子を使った「セゾン・ドゥ・ジャポン」などの新製品を次々に開発。エッジを効かせたクラフトビールをバラエティ豊かに取り揃え、常陸野ネストビールにしかない、唯一無二の製品ラインアップを作りあげた。

「ユニークさを競っているクラフトビールの世界でも、『常陸野ネストビール』という1つのブランドの下で、ユニークな製品を10種類取り揃えることができれば、突出したブランドとして差別化できる」と木内敏之取締役は語る。現在では製品ラインアップがさらに拡充され、定番商品の15種類に加えて、季節限定商品を製造している。

常陸野ネストビールのラインアップ

「キーパーソン」を押さえ、全米の販売網構築に成功

木内酒造の海外販売網構築の礎となっているのが、世界各地の販売代理店との関係構築である。

「マーケットの構造を見て、誰がキーパーソンなのかを把握しなくてはいけない」と語る木内さん。米国市場進出に際しては、社員を現地に送りこみ、複雑な酒類流通規定(スリー・ティア・システム※など)をはじめとする、商構造の理解にまず取り組んだ。その結果、品揃えの決定権をもつのが、小売店のバイヤーではなく、卸売を行う販売代理店であることを把握することができた。「バイヤーは、販売代理店が選んだリストの中からしか、購買品目を選べない」ということを突きとめたのだ。

「日本のように、バイヤー向けの商談会や展示会を行っても効果が薄いということに気が付きました。営業活動を行うべき真のターゲットは、販売代理店だったのです。販売代理店を通じて卸売のルート作りをしなければ、バイヤーが仕入れる品物の選択肢にすら入らないということが分かりました」(木内さん)。

商流を把握し、営業戦略を転換したことで、米国最有力の販売代理店との契約に漕ぎつけることに成功した。現在では全米に15人のセールススタッフを擁し、販売網の充実に注力している。

「われわれは販売チャネルを作るため、世界中どこでも、徹底的に現地に入り込んで仕事をしているのです」と語る木内さん。米国以外の国への進出に際しても、木内酒造は各国で最も強固な販売網をもつ現地販売代理店との契約を行うことにこだわっている。

市場構造や有力な代理店に関する情報は、世界のクラフトビールメーカー同士のネットワークを構築し、情報交換している。

「例えば『イギリスに進出するなら、どこの代理店がいい?』なんてことも、イタリアやドイツのビールメーカー仲間に訊くんです。『うちの会社はあの代理店を使っている』『俺たちはあの国の市場に進出するのに、こんなに苦労したぞ』なんて話も教えてくれます」(木内さん)。

現在、木内酒造では、米国・英国・中国・インドなどからの人材を正社員として迎え入れ、今後のさらなる海外展開に奔走している。2017年にはビールの輸出だけでなく、海外初となる飲食店展開にも着手した。米国サンフランシスコで開業した「Beer & Wagyu HITACHINO」では、空輸された「常陸野ネストビール」とともに茨城のブランド牛「常陸牛」を提供し、茨城県出身のシェフが腕をふるう。

「茨城県の企業として、木内酒造のブランディングとともに、茨城県のブランディングにも力を入れています。海外の方にも、地元の方にも、『木内酒造っていいよね』と言ってもらいたいですね」と木内さんは笑顔を見せた。

(※スリー・ティア・システムとは、米国特有のアルコール流通規定の一つ。輸入業者または製造者、各州の卸売業者(ディストリビューター)、小売業者(レストランを含む)はそれぞれ別法人でなければならない、という規定。また、原則として州を超えての流通も制限されている。)

企業データ

企業名
木内酒造合資会社
Webサイト
設立
創業:文政6年(1823年)/設立:昭和29年(1954年)
資本金
非公開
従業員数
150名(パート含む)
代表者
木内 洋一
所在地
〒311-0133 茨城県那珂市鴻巣1257

中小企業診断士からのコメント

木内酒造は、老舗の酒造メーカーでありながら、海外展開や新商品開発など、次々に新たな挑戦を重ね、国内ビール市場の急激な縮小というハードルを乗り越えて「常陸野ネストビール」を一大ブランドに成長させてきた。その挑戦を重ねていく姿勢に加え、進出先市場の十全な調査を通じて、現地の顧客ニーズや流通網の特徴を把握したことが、海外市場での成功につながった。

同社は、商品開発・市場開拓の過程においては、ものづくり・商業・サービス経営力向上支援補助金、JAPANブランド育成支援事業などの支援制度のほか、JETROや地元金融機関のサポートを活用している。JAPANブランド育成事業では、ターゲット市場を分析し、ブランド戦略を立案するための海外市場調査や旅費、通訳費用等の補助を受けることが可能だ。

海外市場進出を目指される中小企業の皆さまにも、これら支援制度・機関を有効活用し、新市場開拓の一助としていただきたい。

狩野 詔子

もっと知りたい!