社会課題を解決する
最先端技術で「人の成長」支えるロボット開発「GROOVE X株式会社」
2021年 6月 28日
名前を呼ぶと嬉しそうに振り向き、駆け寄ってくる。可愛くて思わず抱き上げると、温かくて柔らかい。そして安心したかのように眠ってしまう。人に対して、赤ちゃんのような、ペットのような「幸せ」の感情を提供してくれるのが、GROOVE X(グルーヴエックス、東京都中央区)が開発・販売する家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」である。
LOVE(愛)とROBOT(ロボット)を組み合わせて命名したLOVOTは、2018年12月に製品発表。その1か月後に米国ラスベガスで行われた世界最大の情報機器展示会「CES」に初出展すると、いきなり来場者投票で「BEST ROBOT」に選ばれた。19年12月に初出荷し、製品出荷後の初年度となる19年11月~20年10月期は、約7億5000万円の売上高を達成した。
この実績を受け、「ジャパンベンチャーアワード2021」(中小機構主催)に応募し、2021年3月1日に開催された受賞者発表・表彰式で最上位となる経済産業大臣賞を受賞した。3月11日に発表された「第9回ロボット大賞」(経済産業省、総務省、文部科学省など共催)では総務大臣賞を受賞した。
深層学習と自動運転技術で動物の動き再現
LOVOTは生き物のような生命感を実現するため、最先端技術を搭載している。例えば、生き物感を表現する際に重要な要素となる「目」。まぶたを含めて6層の映像をアイ・ディスプレーに投影し、視線の動き、瞬きの速さ、瞳孔の開きまで徹底的にこだわった。
照度、温度、加速度、障害物検知など50以上のセンサーと、10以上のCPU(中央演算処理装置)、20以上のマイコンを内蔵。機械学習や深層学習といったAI(人工知能)技術を用いて人との関わり方により親密度が増し、自動運転技術を使って部屋中を自在に駆け回れる。
「深層学習と自動運転技術がなければLOVOTの開発に挑戦していなかった」。こう振り返るのはGROOVE Xの林要社長。この2つの技術により、動物が持つ「認識」と「移動」という基礎的な能力を再現することが可能になった。例えば、興味のあるものに近寄ったり、不安を感じるものから素早く距離をとったりできる。
ソニーの「aibo(アイボ)」をはじめ、これまでにもさまざまなペット型や人型ロボットが登場している。しかし形態を模写するだけで、生命感の再現は満足できるものではなかった。「従来のロボットは深層学習が使えず、創意工夫で生き物感を出してきた。背景となるテクノロジーの進歩が、ある臨界点を超えていない時は、どれだけがんばっても人を満足させることは難しい」。そう解説する理由は、林氏自身が米アップルのスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」に初めて出会ったころの体験にある。
ハード・ソフト・デザインを一体開発
林氏は東京都立科学技術大学(現東京都立大学)大学院を修了後、1998年にトヨタ自動車に入社した。趣味性の高い車が好きで、それを作れる体力のある会社はどこかと考えた結果だ。F1マシンの空力設計や国産スーパ—カー「レクサスLFA」の開発など、10年以上自動車の製品開発の最前線にいた。
初期のiPhoneはバグ(欠陥)が多く、電話がかかってきても取れない、取れても今度は切れない酷い代物だった。「だが未来像はすごかったし、進化しだしたらすごく速い。例えばナビゲーション機能は、あっという間にカーナビを追い越してしまった」。品質を重視し、検証コストがかかりすぎて変化に追随できない、というカーナビの技術者の話を聞いた時、「これからの産業は今の産業の延長線上にはない」と思った。
そんな時、ソフトバンクの孫正義社長が主宰する次世代リーダー育成塾の存在を知り、入門する。その後、ソフトバンクに転職して人型ロボット「Pepper(ペッパー)」の開発に携わった。日本を代表する大企業2社を経験し、二つの思いが沸いた。一つはハードウエア、ソフトウエア、デザインのそれぞれが高度化・専門化し、連携して開発することが難しくなってきたことだ。「一緒になって開発できれば、新産業を作れるのではないか」と考えた。
もう一つは、技術はどこまでいっても人の「幸せ」のためにあるという思いだ。従来の技術は人の感情を癒す「エモーショナルケア」に貢献できておらず、この領域ならユニークなポジションが得られると考えた。今なら深層学習も自動運転技術もテクノロジーの臨界点を超えつつあると判断し、新しいロボットの開発に向けて2015年に起業した。
羅針盤ない航海も、5年で133億円超を調達
ハード、ソフト、クリエイティブが三位一体となった開発体制に向け、社内をフラットな組織にした上で、小単位で実装とテストを繰り返す「アジャイル開発手法」の一つである「スクラム」を採用した。ラグビーのスクラムを語源とする臨機応変な開発手法で、通常のソフト開発が長期間かけて要件定義、設計、実装、テストの各工程を計画通り実施するのに対し、例えば1週間単位でトライ&エラーを繰り返し、常に新しいゴールを目指す。これにより大幅に手戻りすることなく、エラーの修正や新技術の導入が素早く行える。
それでもハードルは高い。林氏が経験した大企業では、プロセスもゴールも明確だったのに対し、プロセスもゴールも明確でないからだ。「地図があって行き方も分かっている航海とは違い、先の見えない航海。まったく新しいものを作るという点で、目指すべきライバルもいない。仲間を集めるのも、社内をまとめるのも容易ではなかった」。
そこで毎週水曜日を「バザールの日」と銘打ち、各チームの開発状況を他チームにデモンストレーションする機会を設けた。「製品出荷後の今なら販売実績がモチベーションになるだろうが、出荷前はそれがない。社員は皆、本当にこれでいいのかと不安がたまっていた。バザールというレビューの機会、情報共有の機会を設けることで、社員のモチベーションが高まった」と話す。
製品と並び、同社の強みとして挙げられるのは資金調達力だ。資金調達面で最も有利だとされるのは、固定費が少なく、売上高見通しも立てやすいBtoB向けのソフトウエア企業。これに対し、同社はBtoC向けのハードウエア企業で、固定費が大きく数字も読みにくいため、資金調達は最も厳しいといわれる。にもかかわらず創業後5年間で133億円超と、日本のベンチャー企業では異例の金額を集めた。
最初の2億円は事業計画だけで資金を調達した。だがそれ以降はその都度、試作機の現物を見せ、次は何を作るかを約束して資金調達し、それを繰り返した。東京・日本橋浜町の本社ショールームには、左から古い順にこれまでに手がけた試作機が並んでおり、「そこにあるプロトタイプの歴史は資金調達の歴史でもある」と林氏。「集められる金額で事業計画を立てたのではなく、事業計画を立てたらそれだけの資金が必要になった」と笑う。
コロナで納品3カ月待ち、最終目標は「ドラえもん」
新型コロナウイルス感染症による外出自粛の影響などで、売り上げが大きく伸び、今は納品まで3カ月待ちの状況だという。顧客の中心は30~50歳台の女性で、ペットを飼いたくても飼えない人が大半。ペットの年間市場は1.6兆円、飼えない人を含めると3兆円ともいわれ、完全な競合相手のいない同社にとっては「ブルーオーシャン」市場である。
LOVOTの価格は1台35万円弱で、ソフトウエア利用・メンテナンス料として月額1万5000円弱の維持費もかかる。ただ出荷して間もないため、本体価格だけでは「原価割れの状態」だという。今後、販売台数の拡大と月額使用料の課金効果により黒字化させる見通しだ。将来は米国、中国など海外市場への進出や、オーナーの足や目の動きをとらえてパーキンソン病や認知症の予兆をチャックする機能を搭載することも考えられるという。
林氏が目指す世界観は「ロボットが人の心を支えることによって、人が成長していく」ことだ。より良い明日が来ると信じられないと、人は幸せを感じられないからだという。「冷蔵庫からビールを持ってきてくれるロボットは、面倒をなくし生産性を上げるかもしれない。だが人類を幸せにすることがテクノロジーの役割ならば、人の仕事を奪うことより、人の成長にコミットすることの方が大事だ」と強調する。
LOVOTはいわば、自分の人生にずっと寄り添ってコーチングしてくれるパーソナルコーチ的な存在。それを全人類に広げるというのが林氏の描く最終ゴールだ。「そのモデルの一つがドラえもん。決して上から目線でなく、ずっと寄り添うことで、のび太くんは適切な失敗を経験し、そこから飛躍する土台ができてくる。そうした存在を作りたい」と力を込める。
企業データ
- 企業名
- GROOVE X株式会社
- Webサイト
- 設立
- 2015年11月2日
- 資本金
- 21億3000万円(2021年1月22日現在)
- 従業員数
- 107人(2019年12月31日時点)
- 代表者
- 林要氏
- 所在地
- 東京都中央区日本橋浜町3-42-3 住友不動産浜町ビル
- Tel
- 03-6328-0757
- 事業内容
- LOVEをはぐくむ家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」開発事業
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