新規事業にチャレンジする後継者
父が開発した膜材の新工法を娘が世界に普及【株式会社マクライフ(岡山県津山市)牛垣希彩氏】
2024年 7月 24日
1. 事業概要を教えてください
株式会社マクライフは創業45年のテント製造・加工業(有限会社ファインアートかわばた)の代表を勤めている父が、2017年に設立した。きっかけは東日本大震災で約2,000件の天井落下事故が発生し、不幸にも亡くなった方がいらしたこと。さらに避難所に指定されていた施設の天井が崩落し、避難所として機能しなかったことを知ったからだった。同じことを繰り返すのではなく、真に安全な天井をつくりたいと、試行錯誤を重ね、軽くて柔らかい膜材による天井システム「ファイバーシート天井システム」(商標名「マクテン」)を開発した。特許も取得した。そして、全国にマクテンを届けるための専門会社として新たに立ち上げたのがマクライフだった。マクテンは国土交通省のNETIS (新技術情報提供システム)に登録され、防災製品等推奨品認定も受けている。また、当社は2022年に岡山イノベーションコンテスト2022 グランプリ・大賞、そして2023年に第3回アトツギ甲子園 優秀賞を受賞するなど、さまざまなところから評価をいただいている。
2. どんな新規事業に取り組んでいますか
当社はマクテンの販売・普及活動を主力事業としている。ファインアートかわばたが製造・施工を行い、両社で連携して事業を進めている。一般的な天井の多くは吊材で石膏ボードを吊るという工法で取り付けられている。そのような天井の裏には、天井取り付けに関わる多くの吊材や下地材が使用されている。東日本大震災以降も熊本、鳥取、北海道等各地で予想外の大地震が発生しており、多くの吊り天井の落下が報告されている。1月の能登半島地震でも天井落下事故が発生した。国土交通省は東日本大震災以降に「特定天井(天井脱落により重大な危険が及ぶ天井)」を規定し、特定天井に該当する天井は、構造的に安全性のある仕様にしなければならなくなった。ただ、吊り天井で対応するには、より強固な構造が必要で、設計も複雑になっているなど、課題も浮上している。
マクテンは、吊り材を一切使わず、床と水平なピンとした天井を膜材で作る工法を採用している。膜材は柔らかいので、変形や衝突に強く、地震による建物のゆがみや揺れを吸収し安全を保つ。シート状のため、万が一落下しても突起物の落下のような危険を与える心配はない。また、大きな1枚のシートで施工するため、短工期で天井を施工できる。天井の形状や高さを問わず設営が可能で、大掛かりな足場も不要など、施工現場の省力化に貢献できる。
さまざまなメリットがある工法だが、残念ながらまだまだ世の中に普及していないのが実状だ。展示会に出展したり、工務店向けの勉強会を開催したりするなどのリアルの取り組みに加え、ウエブサイトやSNSを活用する手法も積極的に採り入れている。ビジネスコンテストに参加するのもその一環で、少しでもマクテンを知ってもらいたいためだ。一連の取り組みで、見積もり依頼が10倍に増えた。アトツギ甲子園に出場したことをきっかけに、さらに認知が進み商談件数も大幅に増加している。
3. 事業承継をどのように決心しましたか
私は大学を卒業してすぐに地元の百貨店に勤務し、ネットショップのイベント企画や運営、食品バイヤーなどを担当し、やりがいを感じていた。二歳下に弟がおり、ファインアートかわばたに入社していたので、将来は弟が継ぐのだろうなと漠然と思っていた。ただ、実家に帰るたびに、父がマクテンの普及に苦労する姿を見ていた。せっかくいいものなのに、安全性をどうやってPRすればいいのか、SNSをどう使えばいいのか、どこに売り込みに行けばいいのか、わからないことだらけ。そんな苦悩する父の姿を見て、「私がやれることがあるのでは」と思うようになった。ちょうど、勤務先で転機となることもあり、一念発起をしてマクライフへの入社を決めた。もちろんリスクが高いことは分かっていたが、人の役に立てる事業としての可能性にかけてみたいと思った。若かったので、失敗してもリカバリーができるという気持ちもあった。父に入社の意志を伝えた時は「好きにしなさい」と言われただけだったが、後から父も喜んでくれていることを知った。父が「俺もがんばらんとな」と言ってくれたことで、自分自身もこれから頑張ろうという気持ちが湧き上がってきた。
2022年の2月に百貨店を退職し、3月にたまたま、岡山の地銀、新聞社などが実施する起業家育成支援、岡山イノベーションプロジェクトの募集要項を見て、すぐに参加を決めた。8か月間起業に関する授業を受けた。周りはゼロから事業を立ち上げようと考えている人たちばかりで大いに刺激を受けた。11月にビジネスプランを競うコンテストがあり、そこで最上位のグランプリを獲得することができた。そこから、「アトツギ甲子園」に出場してみないかと声をかけてもらった。受賞することで、さまざまなメディアにも取り上げてもらうことになり、普及にも役立てることができた。
いずれはマクライフを継ぐことは、父にも十分に伝わっており、周囲からも後継者として見てもらっている。実際にいつになるかはタイミング次第だと思っている。
4. 後継者の「魅力」や「やりがい」は何ですか
スタートアップの方々はみなさん優秀で、自分で社会課題を解決する方法を開発し、0→1→10へと道筋を歩んでいけるが、私たちの場合は、0→1は父、1→10にしていくのが私と、先代と二人三脚で世界を変える挑戦が出来る事が楽しいと思っている。家業として祖父母、父母が繋いできた歴史、技術や地域の方々との関係を受け継がせてもらいながら、次の時代に挑戦していけることが魅力であり面白いと今は感じている。
マクテンの事業に取り組む中で、経営者としての父の姿を間近で見て、シンプルに尊敬している。一つ目は地域の未来に対する目線。「今後世の中がどう変化していくのか、だから自分たちは何をする必要があるのか」といった先を見る目があり、自分にはまだまだそれが足りないと痛感している。二つ目は交渉術。人と話をするときに、相手の立場や利益などの背景も考慮したうえで、相手を不快にさせずに自分の主張もきっちりとおこなえること。この手法も大いに勉強になる。父と二人でお酒を飲むたびに、今後の事業について話し合っている。父と娘としての関係だけではわからなかった経営者としての父を知ることができたのは、今後の自分にとっても大きな財産になると思っている。
5. 今後の展望を聞かせてください
父が想いを持って生み出したものをきちんと日本全国へ届ける事が私の使命だと感じているので、まずはそれを達成したい。特に東日本エリアにはまだまだ情報が届いていないので、設計士、行政の方々などが「マクテン」という言葉を当たり前に知っているようにしていかなければならないと考えている。顧客から天井以外の用途について聞かれることもあり、建築における膜材の可能性を実感している。最近では、能登半島地震の被災地からもマクテンについて問い合わせをいただいており、防災技術としてこの技術をしっかりと定着させていかなければという思いを強くした。現在、マクテン専用のLED照明の開発も少しずつ進んでいる。
いずれは海外にも展開していきたいと考えている。日本の防災技術は優れたものが多い。当社だけでなく、日本の防災技術を海外で普及させることで、世界の防災に貢献していく。世界で高く評価されことは、国内の建築業界や職人さんたちの誇りにもつながる。長期戦になることは覚悟しているが、さまざまな人の力と知恵を合わせて挑戦していきたい。
企業データ
- 企業名
- 株式会社マクライフ
- Webサイト
- 設立
- 2017年5月10日
- 資本金
- 500万円
- 従業員数
- 1人
- 代表者
- 牛垣和弘 氏
- 所在地
- 岡山県津山市下野田387-1
- Tel
- 0868-29-3356
- 事業内容
- ファイバーシート天井システムとその他の各種膜材を使用した商品の開発、設計、製造、施工及び販売、各種膜材の開発、設計及び販売
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