新規事業にチャレンジする後継者

企業のCSR事業で荒廃森林を再生「里山ZERO BASE」【株式会社グリーンエルム(大分県日出町)西野文貴氏】

2024年 7月 29日

グリーンエルムの西野文貴社長
グリーンエルムの西野文貴社長

1. 事業内容を教えてください

日本在来の品種を中心に年間200種類の植物を生産している
日本在来の品種を中心に年間200種類の植物を生産している

日本在来の品種を中心に約200種類、20万本の植物を生産し、販売している。タブやシイ、カシといった日本在来の広葉樹をポットと呼ばれる育苗容器で育成するほか、委託を受けて植物を種や挿し木から栽培している。苗木は森林の再生や地域・施設の緑化、学術研究などに役立てられている。

創業は1989年。創業者である父の西野浩行会長は、植物生態学者で横浜国立大学名誉教授だった故宮脇昭先生のもとで助手を務めていた。宮脇先生はポット苗を用いて土地本来の樹木を植え、森を再生する植林活動に取り組んできた方で、植樹の神様といわれた。父は宮脇先生とともに森づくりをする中で、「よい森を作るためにはよい苗木が必要」と考え、当時、まだ生産の少なかった広葉樹の苗木を生産する会社を設立した。創業から35年が経過しているが、生産した植物は500種類を越えている。

ここ数年の取り組みでは、自然界で植物が出現する組み合わせを再現した「群集マット」という緑化資材を大手総合建設会社と共同開発した。造成された工場などの土地を地域の植生に合わせて効率的に緑化することができる。また、これまで株分けでは栽培が難しかったシダ植物を胞子から生産する技術を確立し、販売を始めている。

日本には約700種のシダ植物が自生しているが、これまで緑化材料としてはあまり利用されていなかった。生産担当者ら社員とともに研究を重ねて生産技術を確立。緑化材料としてシダ植物の安定供給を可能にした。さまざまな植物を種子から生産してきた当社の長年の技術と経験が可能にした成果だと自負している。

2. どんな新規事業に取り組んでいますか

2023年に開催された「第3回アトツギ甲子園」で「里山ZERO BASE(ゼロ・ベース)」という事業を提案し、最優秀賞をいただいた。企業のCSR活動のコンサルティングと環境教育・植樹活動を一体化した取り組みで、2024年4月から事業をスタートさせている。

里山ZERO BASE森林業

戦後、拡大造林によってスギやヒノキが植栽されたが、木材価格の低迷で管理が行き届かなくなり、荒廃した山林が増えている。この事業では、スギ・ヒノキの人工林を針広混交林などへと転換させる。シイやタブといった照葉樹は根が深く張り、山地災害に強い。活動を通じて、林業が行き届かない山林を災害に強い山林に変えていく。このプロジェクトを企業のCSRとしてコンサルティングすることで収益を上げる。自然林に近い樹種構成での広葉樹林化を図ることで、山林全体の生物多様性が向上し、花粉症の原因となるスギ・ヒノキの花粉の供給源も削減される。

当社が所有する山林にCSR事業を展開したい企業や森林の保全に関心のある個人に植樹をしていただく。炭素固定量モニタリングなどの追跡調査を行い、調査結果の報告などを実施する。これによって、当社は毎年一定数の植樹用の苗木の需要を確保する。また、植樹する場所が固定化されるので、植樹で使用する樹種を毎年ある程度絞り込んで生産でき、計画的な事業展開が可能になる。

現段階では、環境学習のみのコースや森づくりのコンサルティング・山林再生のノウハウを学ぶコース、森林保全などに貢献したい個人向けのコースなど規模に応じて幅広いプランを設定している。

CSR事業をコンサルティングする会社やNPO法人はさまざまあるが、当社のように森林保全に特化し,予算に応じたプランと実施する内容をパッケージ化している事業は少ない。CSR事業に必要な費用が分かりやすく、選択しやすいサービスだと考えている。

3. 事業承継をどのように決心しましたか

企業のCSR活動を森林の保全に結び付けるビジネスを具体化
企業のCSR活動を森林の保全に結び付けるビジネスを具体化

事業承継を決意したのは高校3年生の時だった。東京農業大学に進学し、父と同じ林学を学んだ。大学院の修士課程を修了し、父の会社に入社した。大学への進学を考える中で、後を継ぐことは視野に入っていた。

高校3年生当時、IT系の大学に進学していた一つ上の兄にプログラミングの話を聞いたことがあった。プログラミングの世界は毎年のように進化し、変わっていくそうで、「これは一生勉強だ」と感じた。一方、父は「植物は一度名前を覚えたらほぼ変わることがない」という。一度覚えたら自分の財産になる。それが糧となって年輪のように積み重なる。高校生の若い頭で「それって、かっこいいな」と感じた。

幼いころから父に連れられて植樹祭に参加することがよくあり、植物に親しみを持っていたことは大きな下地になっている。人は社会とのつながりの中で物事を考えるようになるが、いきなり社会につながることはあまりない。まずは親や親類から商売や社会のことを聞くことになる。ある意味、最初の入り口だ。その意味でも人生の進路を決めるうえで父からは大きな影響を受けたと思う。

入社後、社会人大学院生として母校に通い林学博士号を取得した。シダ植物の研究は博士課程に進む中で、社員や研究室員たちと取り組んだ研究だった。2023年に父から経営を引き継ぎ、社長となった。現在は父、兄と“三人四脚”で、経営にあたっている。

4. 後継者の「魅力」や「やりがい」は何ですか

西野社長(中央)と父、浩行氏(右)。兄の友貴氏(左)も経営をサポート。 “三人四脚”で経営にあたっている
西野社長(中央)と父、浩行氏(右)。兄の友貴氏(左)も経営をサポート。 “三人四脚”で経営にあたっている

日本経済の動向を踏まえてのことだが、経済が成熟化する中で、新しいことに取り組まなければならなくなっている。確かにそれは必要だが、日本という国は深い歴史や伝統が数多く残っている。特に地方にいえるが、それを生かさない手はないと思っている。自分で新規に何かをブランディングしようとすると大変だが、これまでの歴史や伝統をうまく生かすと、意外と早くできてしまう。そういった歴史や伝統を武器として使えるというのは、後継ぎの醍醐味なのではないかと感じる。

「アトツギ甲子園」で提案した今回の事業プランは、自分だけでなく社内でチームを組織して作り上げたものだ。社内ベンチャーを立ち上げる時、社内に賛同してくれる人もいれば反対する人もいる。まずはチャレンジする。1回で100点は取れないので何度もチャレンジする。森にある大木がどうやって大きくなるかというと何度も折れているからだ。何度も折れて災害にも強い大木に育つ。それは組織にも言えることで、挫折を繰り返し強くなる。さまざまな人材の多様な考えから新しいことが生まれてくる。

一人で戦うと、自分で自分をケアしないといけないので、一歩踏み出せない人がおそらく多いのでないかと思うが、チームで挑戦すると、チームで慰め合ってやっていける。きれいごとばかりではないが、そんなことも後継ぎの魅力の一つなのではないか。

5. 今後の展望を聞かせてください

大分県日出町にあるグリーンエルム本社
大分県日出町にあるグリーンエルム本社

これまで特に観光資源としても扱われていなかった山林に定期的に人が集まる機会を創出する。プロジェクトを実施する山林は、千葉県君津市と大分県国東市に保有している。君津の山林は、都心から1時間半ほど。国東の山林も大分空港から車で一時間ほどのところにあり、都会からでもアクセスしやすい。

東京などの関東圏の大企業から植樹活動に来られる方を対象にツアーを組んで、地域の旅館やホテルにもお金が入る仕組みを作りたい。今後、環境教育や植樹祭などのイベント開催時に地域の商店や農家に声をかけ、君津や国東の特産品の販売なども併せて実施する機会をつくることも計画している。

また、森林の整備の際に発生する間伐材などから精油、林産物などの製品を製作し、ECサイトで販売したり、コンサルティング契約した企業のノベルティ製品を製作したりして収益化することも考えている。ECサイトで販売する林産物のうち、木工製品・ノベルティ製品などの製作は地域の木工工房に委託する予定にしている。山林で得られた収益を地域に還元しながら収益をあげる。森を通じて、多くの人が豊かになるプロジェクトを目指していきたい。

企業データ

企業名
株式会社グリーンエルム
Webサイト
設立
1989年9月
資本金
1000万円
従業員数
15人
代表者
西野文貴 氏
所在地
大分県日出町川崎3125
Tel
0977-72-0118