2025年 3月 5日

IPCビジネスセンターの4人のプロジェクトマネジャー
IPCビジネスセンターの4人のプロジェクトマネジャー

新潟市の創業支援は全国トップクラスに手厚いと言われている。新潟市、地元金融機関、商工会議所・商工会など、関係機関が連携して、創業予備軍の掘り起こしから、創業相談、創業、創業後までを一貫して支援する体制を構築している。その中核となるのが、新潟市産業振興財団(新潟IPC財団)だ。IPCビジネス支援センターに在籍する4名のプロジェクトマネジャー(PM)は、それぞれ異なる知見を活かし、創業希望者にPM一人が専任する手法で、創業から事業が軌道に乗るまでを伴走支援している。創業支援強化を考える全国の自治体にとっても参考となる取り組みだ。

創業を考えるなら「IPCへ」が定着 新潟市も制度融資で後押し

IPC財団を中核に置く新潟市の創業支援スキーム
IPC財団を中核に置く新潟市の創業支援スキーム

新潟市の事業所数は平成26年に3万6591だったものが、令和3年には3万2995となり、7年間で約1割減少した。産業を維持し、雇用を守るためにも、新たに事業を興す機運を高める必要がある。新潟市が創業支援に力を入れるのにはこうした背景がある。

IPCビジネス支援センターは、国の「認定特定創業支援等事業」の実施機関に指定され、新潟市の創業支援を担っている。同事業は、創業予定者や創業後5年未満の事業者を対象に、経営・財務・販路開拓・人材育成などの知識を継続的に取得できるよう、自治体が産業支援機関と連携して実施するもの。創業予定者や創業後5年未満の事業者には、専門家による相談やセミナーの受講などにより、「特定創業支援等事業を受けたことの証明書」が交付される。これにより、日本政策金融公庫の融資が受けやすくなる、登録免許税が半額になる、信用保証協会の創業関連保証の利用開始時期が早まる、といった特典が与えられる。新潟市はこうした国の施策に上乗せして、開業資金の借入時の利子が3年間無利子(3年間の利子を市が全額負担)、保証料補助対象となる借入限度額を1000万円から2000万円に拡充するといった融資の優遇が受けられる制度を独自に設けている。

これらの施策により、新潟市で創業を考える個人は、金融機関や商工会議所・商工会など、どの機関に相談に行っても「まず、IPCに行ってください。特定創業支援制度を活用してください」と案内される連携が作り上げられている。

さまざまな経歴の専門家が相談に対応 創業から事業継続を一貫して支援

相談者一人ごとに専任のPMが対応
相談者一人ごとに専任のPMが対応

IPCで創業支援を担当するのが4人の常勤PMだ。まず、市のレベルで創業支援に4人の常勤者を配置する体制は、他の自治体と比べても手厚いと言える。4人の経歴はさまざまだ。松井俊輔氏はソフトウエア会社から全国商工会連合会の職員や小売業の経験がある。国家資格キャリアコンサルタントの資格も有している。間瀬博文氏は出版社の編集長として自治体と連携してイベントを開催するなど、新規事業の経験が豊富。山崎寛和氏はIT系企業等を経て医薬品卸の会社に転職。財務や経理業務に加え新潟駅前での新規事業にも携わった。中小企業診断士や社会保険労務士の資格も持つ。秋山智子氏は外資系の商社とメーカーで輸出入経験があるほか、JICA(国際協力機構)の職員として開発途上国ビジネスにも従事した。経営学修士(MBA)も取得している。

創業の相談にIPCを訪れた人には、4人のPMの中から1人が専任となり、創業から事業の実施まで継続して相談に対応する。この仕組みが「いつ行っても自分のことを知っているPMに相談に乗ってもらえる」と相談者にも好評だという。相談は回数無制限かつ無料で対応している。令和6年度の相談件数は2608件(前年度比約11%増)、相談人数は2986人(同約10%増)と、相談件数・人数とも着実に増えている。相談員一人当たりの対応件数652件は、全国の商工会議所の平均相談件数約460件や新潟県のよろず支援拠点の324件と比べてもかなり多い。また、新潟市の特定創業支援制度における支援者数は、2024年度は2391人。これはさいたま市に次ぐ全国2位の実績となっている。

伴走支援の現場

IPCに在籍する4人のPMに、それぞれが関わった創業支援について語ってもらった。

松井PM
松井PM

松井PMは、和食料理店を開きたいと相談に来たある男性について、「肉も魚も野菜も全部自分で採ってきたもので料理をつくりたい」と言われ、驚いた。その人はすでに金融機関に融資の相談に行っていたが、「荒唐無稽なアイデア」だとけんもほろろに断られたようだった。しかし、よく聞いてみると、趣味で始めたという漁は、自分の漁船を持ち水揚げした魚は漁協に安定して卸せるレベル。肉は狩猟免許も取得して狩猟の経験があるだけでなく、狩猟仲間からのジビエ肉の供給も可能。ほとんどの野菜は実家・親戚で栽培している畑から入手可能。全部しっかりした調達ルートがあることがわかった。料理人としても、本格割烹での板前修業から始め、相談時には新潟で最大規模の結婚式場の厨房を任されるぐらいの腕前。じっくり話を聞けば、荒唐無稽でもなんでもなく、ちゃんと開業できるだけの経営資源がある人だった。そこから、創業に向けて支援に入り、開業にこぎつけることができた。「口下手で自分の事業のプランをうまく説明できない人もいるが、じっくり話を聞けば、糸口は見つけられる」と、相手の話をしっかり聞くことを大切にしている。開業後はその料理の珍しさ・味が評判を呼び、新潟県主催の料理人コンテストで新人賞を獲るまでの評価を得ている。

間瀬PM
間瀬PM

間瀬PMは、新潟大学の医学部に通う学生からの相談に対応した。その学生さんは、「学生のうちに起業したい。医学生向けの情報共有ができるプラットフォームを作りたい」と言っていた。すでに県内の別の支援機関にも相談したが、「プラットフォームやアルゴリズムとなると専門家がいないので分からない」と言われて、IPCに来たという。間瀬PMは話を聞いて「こういう方向でやったらどうか」と返すと、「ようやく知りたいことを教えてもらえた」と感激された。しっかりとした事業アイデアだったので、どうせなら海外を目指しましょうとアドバイスをし、学生によるプロジェクトチームを立ち上げ、大手のコンサルタントにも入ってもらい、計画を練り上げた。相談者は2022年に事業会社BeyondUsを設立し、医療AIプラットフォームの開発・運営や医療データ分析・研究開発支援などに取り組んでいる。

山崎PM
山崎PM

山崎PMはパン屋の開業相談に対応した。相談に来たのは、数年前にも創業について相談に来ていたが、新潟市外で開業をしたので関係が途絶えてしまっていた人だった。開業したもののうまくいかず、1年半で店を閉めてしまっていた。金融機関の勧めもあり、再起をかけて新潟市での開業を考えて、相談に来た。山崎PMは「再チャレンジをしたいという意欲が感じられて、こちらもしっかりと対応しようと力が入った」と振り返る。相談者は、閉店になったものの見切りが早かったので、大きな深手を負っていないことが幸いだった。前の開業での反省点を聞きながら、立地や販路開拓のやり方を一緒に考えていった。創業だけでなく、困ったことがあれば何でも相談に来てほしいと伝えている。

秋山PM
秋山PM

秋山PMは女性の創業支援に力を入れている。ある女性の相談者は、子育てなどで退職し家庭に入っていたが、何かビジネスを始められないかと相談に来た。金融機関は敷居が高くてとても行けない、でもIPCなら「こんなアイデアなのですが」と言って話を聞いてもらえると知り、勇気を出して連絡をしたそうだ。秋山氏は「私がPMとしてここにいることで、女性も安心して気軽に相談やセミナーに来てもいいんだよ、女性の相談窓口もあるんだよ、ということをもっと知ってもらいたい」と言い、できるだけ間口を広げ、敷居を低くして相談に乗りやすい雰囲気づくりを心掛けているという。その女性は刺繍で小物などを作り、オンライン販売する計画を立て、融資を受けて事業を始めたそうだ。

セミナーと独自補助金で開業のすそ野を広げる

年間通してさまざまなセミナーを開催している
年間通してさまざまなセミナーを開催している

IPCは創業に関するビジネスセミナーも高い頻度で実施している。特定創業支援制度に基づくセミナーを年間通じて開催するほか、一般市民が幅広く参加できるテーマによるものなどさまざま。これらも4人のPMが中心となって講師の選定や運用を行うなど手作りで行っている。2025年度は、起業やマーケティングなどのビジネスセミナーを30回、経営、財務、販路開拓などの実践セミナーを5回、講演会を1回開催し、合計約670人が参加した。

IPC独自の補助金事業も展開している。「新事業ブーストアップ補助金」は、新規事業計画の公開コンテストを開催し、優秀賞に補助金を交付するというもの。補助額の上限は100万円で、補助率は3分の2以内。事業アイデアから事業に結び付けるための資金を支援し、新事業の推進を図る。2025年度は4者に交付予定。「食の商品開発補助金」は、市場動向を捉えた加工食品・飲料の開発や改良にかかる経費を補助するもの。補助上限は100万円で、補助率は3分の2以内。これまでに新潟産酒粕を使ったお菓子や、オリジナルチョコレートドリンクなど、新潟の食文化を広げるような開発を支援している。「技術アイデア実行支援補助金」は、技術アイデアの実現可能性や事業性の検証、開発の着手にかかる経費を補助するもの。補助上限は100万円で補助率は3分の2以内。国や新潟市の創業支援制度と、IPC独自の補助制度を活用して、さまざまなステージにある創業希望者や創業後に新規事業を考える事業者を後押ししている。

創業の機運を高める「日々是新」開催

日々是新には若者も多数来場した
日々是新には若者も多数来場した

IPCは創業支援に加え、創業する意欲を醸成する人材の掘り起こしにも力を入れている。間瀬PMが中心になって運営するイベント「日々是新」は、さまざまな世代が関心を持つテーマを数多く用意して開催している。2025年11月に開催したイベントは、新潟駅という利便性の高い場所で、20以上の交流イベントと企業展示を行った。中田英寿氏による日本酒と文化に関するセッションや、アトツギ甲子園出場者による事業変革への挑戦など、話題性のある催しが連日開催され、多くの来場者で賑わった。市内の中小企業、起業家、学生がイベントを通じて相互に交流することで、ビジネスへの新しいアイデアが生まれ、創業への意欲を高める機会となったようだ。

支援事例

壁打ち相手になってくれたから、事業を進められた the REFORMER(代表 上村建斗氏)

マシンピラティスとパーソナルトレーニングスタジオ「the REFORMER」
マシンピラティスとパーソナルトレーニングスタジオ「the REFORMER」

新潟市でピラティス×パーソナルトレーニングスタジオthe REFORMERを運営する上村建斗代表は、25歳で起業した。創業から現在まで伴走支援するのが、松井PMだ。上村氏は新潟県南魚沼市の出身。トレーナー養成の専門学校を卒業し、東京で有名タレントが経営するパーソナルスタジオで勤務していた。上村氏は「プロとしてお客様の人生により深く貢献できる運動療法があるのではないか。その探求心と、自らの足で理想のサービスを届けたいという決意が、起業の原動力となった」と創業の経緯を語る。

新潟での起業を考え、知り合いから紹介された信用金庫に相談に行ったところ、「まずIPCに行ってください」と言われた。ここでも「創業希望者はまずIPCへ」という新潟市メソッドが徹底されていた。上村氏がIPCを訪ね、松井PMが専任に決まり、そこから創業に向けた伴走支援が始まった。上村氏は「自分なりに創業に向けたアイデアは持っていたが、松井さんに話すと、考えをきれいにまとめてくれた。おかげで事業への解像度が上がった」と言う。松井PMも「上村さんはとてもクレバーな方。創業支援パッケージに沿って支援していたが、『次回来るときまでに、これとこれを整理・準備してきてください』とお願いすると、きっちり仕上げてきてくれた」と、上村氏の創業への強い意欲を感じ、支援者としても自然と力が入った。上村氏は松井PMの支援を得て創業計画書を作成し、金融機関からの融資も実行され、創業にこぎつけた。開設したスタジオで提供するレッスンは、機能改善をうたい、マシンピラティスとパーソナルトレーニングを組み合わせたもので、新潟ではまだ珍しかった。

新規客の獲得より、既存顧客満足度向上を重視している
新規客の獲得より、既存顧客満足度向上を重視している

開業後1年半は一人でスタジオを運営していた。スタジオを開いて半年後に、コロナ禍が襲うなど、苦難も経験した。その間も松井PMのもとを訪れ、事業の将来像について話し合った。「具体的にこれを相談したいというより、頭の中を整理してもらっているという感じで伴走してもらった」という。3年目に個人事業から法人化し、従業員も採用した。「やはり法人化したことで気合が入った。従業員を採用したことで、事業を拡大させていく責任感も感じた」と、経営者としての覚悟も固まった。

創業から6年が経過した現在では、従業員も3人に増えた。スタジオも移転し、規模を拡大させた。大切にしているのは、従業員であるトレーナー一人ひとりの質を高めていくこと。「トレーニングは一対一の属人性が高いサービスだからこそ、トレーナーの『質』がすべて。誰が担当してもお客様に感動していただけるよう、教育には最も力を入れている」。 同店では、個々の従業員に売上ノルマを課していない。代わりに重視するのは、飽くなき知識の習得と、目の前のお客様にどれだけ誠実に向き合えたかという「顧客満足度」だ。

上村氏は「売り上げや利益といった経営に関する数値は従業員にもオープンにし、みんなでどうすれば事業を伸ばしていけるかを、一緒に考えるようにしている。利益が出たら、それを従業員とお客様に還元しようと言っている。当面の目標を従業員とともに研修を兼ねてピラティスの本場であるドイツの展示会に行くことに置いて、みんなで頑張っているところ」と笑う。

「松井PMは経営のよきアドバイザー」と語る上村氏(左)
「松井PMは経営のよきアドバイザー」と語る上村氏(左)

また、現在考えているのが、ピラティスやパーソナルジムを運営する他の事業者とのネットワーク化だ。「この業界は大手と個人事業の二極化が進んでいる。個人で事業を行っている人は不安を抱えている人が多い。そうした人たちをつなぐコミュニティやサロンのようなものが作れないかと考えている。一口にピラティスやパーソナルトレーニングといっても、スタジオそれぞれに特徴がある。一緒に学んだり、お客様を融通しあったりできれば、業界としてさらに発展できる」と言う。実際、パーソナルトレーニングの現場では、間違ったトレーニングで事故が発生するような事例も起こっているという。顧客を取り合うというライバル関係ではなく、安全性を高め、共に事業を発展させていく連携関係を思い描いている。

上村氏はデフ(聴覚障害)のスノーボードフリースタイルチーム日本代表のトレーナーを引き受けている。また、新潟にあるプロのサッカーチームの中にも、スタジオに通ってくる選手がいるという。「デフリンピック競技は資金が少ないので、トレーナーといっても、フィジカル面の対応だけでなく、栄養管理や認知行動療法などのメンタル面まで幅広く対応している。こうした経験を踏まえ、いずれはアスリート向けの発信にも力を入れていきたい」と言い、新潟におけるトレーナーとしての知名度向上にも取り組む考えだ。専門家としての確かな技術と、関わるすべての人を大切にする誠実な経営。上村氏はこれからも新潟の地で、人々の健やかな未来を形にし続けていきたいと考えている。松井PMのところへは、今も相談相手として定期的に会いに行っている。「自分の考えを聞いてくれ、それに対して的確な答えを返してくれる。よい壁打ち相手のような存在」と頼りにしている。