業種別開業ガイド
フードスタイリスト
2025年 3月 5日

トレンド
フードスタイリストは、食品を美しく見せるためにその見た目や配置、演出をデザインする専門職である。料理や食材を美しく見せることで、写真や映像、広告、雑誌、レストランメニュー、テレビ番組などの媒体で食品を魅力的に表現する。
同じ食関連の仕事にフードコーディネーターがあるが、これは食品や料理全般の企画、開発、プロデュースを行う職業を指すことが多い。本記事では、食品の見た目を美しく魅力的に整えることに特化した職をフードスタイリストと呼ぶ。フードスタイリストの仕事は、主に次のような場面で需要がある。
- 広告・プロモーション:食品メーカーや飲料ブランドの商品撮影
- 出版業界:料理本や雑誌での写真撮影
- 映像メディア:テレビ番組や映画での料理演出
- 飲食店・ホテル:メニュー撮影やブランディング用写真制作
フードスタイリストの需要は、近年のデジタルメディアの発展や消費者の嗜好の変化に伴って増加傾向にあると推測される。具体的な統計データは見当たらないものの、関連する市場の動向からその傾向を推察できる。以下に主な動向を述べる。
(1)デジタルメディアの拡大
経済産業省の「令和4年度 電子商取引に関する市場調査」(*1)によれば、2022年の日本のBtoC-EC(消費者向け電子商取引)市場規模は、前年比で12.8%増加している。 特に食品分野では、EC化率(*2)が70.7%と高い水準を示している。こうしたオンライン市場の拡大に伴って視覚的に魅力的な食品コンテンツの需要が高まり、フードスタイリストの役割が重要視されていると考えられる。
(*2)全ての商取引金額(商取引市場規模)に対する、電子商取引市場規模の割合
(2)SNSの影響
InstagramやPinterestなどのビジュアル重視のSNSプラットフォームの利用者数は増加しており、食品関連の投稿も多く見られる。企業や個人がこれらのプラットフォームでのプロモーションに力を入れる中、プロフェッショナルなフードスタイリングの需要が高まっていると考えられる。
(3)広告・メディア業界の動向
広告業界や出版業界においては、かねてから食品や料理を美しく、おいしそうに見せるビジュアルに対する需要は高い。特に近年は、消費者の健康志向やエシカル(倫理的)消費への関心の高まりを受け、これらのテーマに合わせたフードスタイリングが増加傾向にある。
デジタルメディアの拡大や消費者の嗜好の変化に伴い、視覚的に魅力のある食品コンテンツの需要が高まっていることは明らかである。こうした背景からフードスタイリストのニーズも増加していると推察される。
外食産業の広告費は増加傾向にあり、民間調査によると、2023年の「外食・各種サービス」は3年連続の増加で、「飲料・嗜好品」は2年ぶりの増加となった。

近年のフードスタイリスト事情
フードスタイリストの仕事は、人々の意識の変化やデジタル化に伴って進化、多様化を遂げている。主なものを以下に挙げる。
動画コンテンツの需要増加
YouTubeやInstagramのリール、TikTokなどの短尺動画プラットフォームの普及により、静止画だけでなく動画におけるフードスタイリングが注目されている。調理過程や完成品が「動き」の中で美しく見える工夫や、食材が調理される音や色の変化も視覚・聴覚的に楽しめるスタイリングが求められる。
「シェアされる」ビジュアルの追求
SNSでのシェアが目的となる食品関係の写真が増加。カラフルなスタイリングやインパクトのある盛り付けなど、シェアされやすいユニークなデザインへのニーズが高まっている。
サステナブルなスタイリング
環境問題やSDGs(持続可能な開発目標)への意識の高まりにより、食品業界でもエシカルな表現が重要視されている。食品ロスを抑えるため使い回せる素材を採用する、あるいはオーガニックやフェアトレード製品を使用するといった工夫が求められる。
健康志向・ウェルネススタイルの流行
健康志向やウェルネス(心身の健康)への関心が高まる中、ヘルシーな食品のビジュアル表現が一つのトレンドになっている。例えば、新鮮な野菜や果物、発酵食品、植物性タンパク質を使った料理のスタイリングや、自然光や明るい色調を生かした「ナチュラル」な演出などが該当する。
地域性やローカルフードの強調
観光業や地域振興の取り組みの一環として、地域特産品や郷土料理を美しく見せるスタイリングが求められている。代表的なものに、地元の器や背景を活用した演出や、その地域ならではのストーリーを感じさせるビジュアル表現がある。
フードスタイリストの仕事
フードスタイリストの仕事内容は、料理や食品を美しく魅力的に見せるためのデザインや演出を担当すること。主に以下のような業務がある。
食材の準備
- 食材選定:撮影やイベントに適した新鮮な食材を選ぶ
- 下準備:食材を切ったり、加工したりして、見た目を整える
- 保存方法:撮影やイベントが長時間に及ぶ場合、食品が劣化しないよう適切に管理する
料理の調理
- 調理工程:撮影やイベントに合わせて料理を調理する。撮影の場合、見た目を優先するために「食べられる必要はないが美しく見える」工夫をすることがある
- 調整:調理後に細かい部分を修正し、完成度を高める
盛り付けと配置
- 盛り付け:食品を魅力的に見せるために、美しい構図を考えて盛り付ける
- 配置:皿やカトラリーの配置、小物や背景を使い、全体のバランスを整える
撮影やイベントでのサポート
- 撮影現場での調整:食品が美しく見えるよう光の当たり方やカメラアングルに応じて、微調整を行う
- 現場対応:長時間の撮影やイベントでも食品が良い状態を保てるよう、随時手直しを行う
スタイリング全体のディレクション
- テーマ設定:クライアントやプロジェクトの目的に応じたスタイリングテーマを設定する
- 小物や背景の選定:テーブルクロス、カトラリー、装飾品などを選び、全体の雰囲気を作り上げる
フードスタイリストの人気理由と課題
フードスタイリストは、自分のスキルや個性を生かしながら食文化の発展に貢献する喜びを感じられる点が大きな魅力。食やアートが好きな人にとって、やりがいのある選択肢と言えるだろう。
人気の理由
- クリエイティブな仕事である
- 成長市場で需要が高い
- 食とアートの融合が楽しい
- 個人ブランドを確立しやすい
- 社会的意義を感じられる
- 技術とキャリアの成長が期待できる
課題
- 競争の激化
- 技術とセンスの要求の高さ
- 食品ロスへの対応(撮影で使用した食材への対応)
- 労働環境の厳しさ(労働時間が長く不規則になることもある)
- デジタル化の進展(AIやCGに代替されることも)

開業のステップ
フードスタイリストとして開業するためには、スキルや知識を身につけることはもちろん、自分のブランドを確立し、クライアントと仕事をするための準備が欠かせない。以下に具体的なステップとその内容を示す。

- 食材の扱い方や調理法を学ぶとともに、食材や料理を美しく見せる盛り付けや配置のテクニックを習得する。色彩学や構図の基本を学び、美的感覚を磨くことも必要。写真や動画撮影の基本的なスキルを習得しておくと、カメラマンとの連携がスムーズになる。
- プロのフードスタイリストの下でアシスタントとして働き、現場の流れを学ぶ。撮影現場やクライアントとのコミュニケーションを経験する。ある程度慣れたら、自分で小規模なプロジェクトを立ち上げ、スタイリングの練習を重ねる。
- 自身のスキルやスタイリングセンスを伝えるためのポートフォリオを用意する。実際の撮影写真のほか、ビフォーアフターの事例、テーマ別のスタイリング例など、魅力が伝わるように工夫する。デジタル版(PDFやウェブサイト形式)も準備する。
- 広告撮影、雑誌や書籍のスタイリング、レストランのメニュー撮影など、自分が提供するサービスを明確にする。それに基づいて、どの業界や層をターゲットにするかを明確にする(例: ヘルシー志向、ラグジュアリー層、地域特化型など)。
- カメラマンやデザイナー、広告代理店との関係を築く。業界イベントやセミナーに参加する、SNSを活用するなどで自分の仕事を売り込む。
- どのように収益を上げるか具体的なプランを練り、事業計画書を作成する。必要な初期投資(機材、材料、マーケティング費用など)を算出する。開業届を提出し、個人事業主として登録する。必要に応じて、フリーランスの保険や契約書のテンプレートを準備しておく。
- 過去のポートフォリオを使い、広告代理店や出版社、飲食店に営業を行う。初めは小規模なプロジェクトでも積極的に受け、実績を積む。結果を残して次へとつなげる。
フードスタイリストに役立つ資格
フードスタイリストになるために必要な資格はない。ただし、関連する知識やスキルを証明する資格を持つことで、クライアントからの信頼を得ることや、仕事の幅を広げることにつながる。関連する資格を以下に挙げる。
フードコーディネーター(日本フードコーディネーター協会認定)
食品業界全般において企画・提案・プロデュース能力を証明する資格で、基礎的な3級からプロ向けの1級までがある。フードスタイリスト業務と密接に関連する。食品に関する総合的な知識とマーケティングスキルが身につくため、クライアントへの企画立案などで役立つ。
栄養士・管理栄養士
食品の栄養価や健康への影響について専門的な知識を持つ資格。健康志向やヘルシー食材に関するスタイリングを求められた際に対応できる。
調理師
調理技術と衛生管理についての知識を持つ国家資格。実際に料理を作る場面や、撮影時に調理スキルが求められる場合に信頼感を与える。
開業資金と運転資金の例
フードスタイリストとして開業するための資金や運転資金は、個々の目指す規模や業務内容によって異なる。以下に、小規模なフリーランスとしての開業資金と運転資金の一例を挙げる。


売上計画と損益イメージ
小規模なフリーランスのフードスタイリストとして活動する場合の、月間売上計画と年間損益のイメージの一例を挙げる。クライアントの規模や案件数、単価に応じて変動するが、基本的な収益構造と費用の例を示す。

年間の収入から支出(上記運転資金例)を引いた損益イメージは下記のようになる。

フードスタイリストとして独立するためには、技術や感性だけでなく、ビジネスの視点と計画性が欠かせない。意外と見落としがちなのが自分のブランディング、言い換えれば自分の強みを明確にすることである。特別な資格が不要のフードスタイリストは、誰もが就ける職業である。競合が多い中で生き抜くには、まずは自分の強みをしっかり把握し、その強みを評価してくれるクライアントを定めて営業や宣伝の活動を行うことが効率的だ。
ある程度軌道に乗ってからは、クライアントとの信頼構築、効果的なマーケティングを柱にして長期的な視野で活動を続けることがさらなる成功への鍵になるだろう。新しいトレンドやスタイルにアンテナを張ることも忘れずに続けたい。

※開業資金、売上計画、損益イメージなどの数値は、開業状況等により異なります。
(本シリーズのレポートは作成時点における情報を元にした一般的な内容のものであるため、開業を検討される際には別途、専門家にも相談されることをお勧めします。)