業種別開業ガイド
バー
2024年 10月 4日
トレンド
(1)ミニマリズムとクオリティ重視のカクテル
近年のカクテルトレンドは「少ない材料で高品質を追求する」ミニマリズム(*1)が注目されている。これは、環境への配慮と顧客体験の向上を目的とした動きであり、3つ程度の材料で構成されるカクテルが注目されている。例えば、ワールドベストバー(英国ドリンクインターナショナル主催)で4年連続世界一に選ばれた、ロンドンの有名バー「Artesian」では、土の香りを使った「ソイルカクテル」などが提供されており、材料選びからプレゼンテーションまで非常にこだわっている。
(*1)「ミニマリズム」……完成度を高めるために、飾り立てるのではなく、必要最低限の要素だけを使って表現する様式のこと。
(2)旨味の強いカクテル
従来まではマイナーだった旨味を活かしたカクテルが新たな流行となっており、特に日本料理で使われる味噌、海苔、タヒニ(*2)などがカクテルに取り入れられている。例えば、バルセロナにある有名バー「Paradiso」では、スモーキーなカルバドスとバーボンを使ったカクテルにタヒニとサツマイモを加えたユニークなドリンクが提供されている。これにより、食事とドリンクの境界が曖昧になり、より複雑で深みのある味わいを楽しめるようになっている。これに追従する日本の店舗も出てきている。
(*2)「タヒニ」……生の白ゴマをすりつぶしたペーストで、中東料理でよく使われるクリーミーな調味料。日本の「練りゴマ」と異なり加熱しない。
(3)テクノロジーの統合
近年の人手不足の深刻化もあり、バー業態においては、人員の確保が難しくなってきている。こうした環境下では、最新技術の導入により省人化し、その分、接客での品質向上を徹底することがますます重要になっている。モバイルオーダーシステムやデジタルメニュー、AIを活用した個人に最適化したドリンクの提案などが進んでおり、顧客がスマートフォンを使って簡単に注文できる環境が整い始めている。また、データ解析によって顧客の好みを理解し、個別に最適なドリンクを提案することで、リピーターを増やすことが期待されており、今後採用する店が増加していくことが予想される。
(4)アルコールフリーおよび低アルコール飲料
健康志向の高まりに伴い、アルコールフリーや低アルコールのドリンクが急速に普及している。代表的なところとしては、イギリスで定着したモクテル(似せたという意味の『Mock』と『Cocktail』を合わせた造語)や既存のビアスタイルを踏襲しながらも、アルコール度数だけを低く仕上げる『セッションビール』などが日本でも見られるようになり、飲酒の体への影響を抑えながらも楽しめるメニューが提供されている。これにより、アルコールを避けたい人や、節度ある飲酒を好む人々にとっても魅力的な選択肢が増えている。
(5)新しい演出方法と内装
店舗デザインにおいては、産業的・合理的な要素とミニマリズムがトレンドとなっている。露出したレンガや金属、再生木材を使ったシンプルな内装で無駄を省いた空間が好まれる傾向にある。この流れは欧米だけではなく、日本もその潮流に乗り始めている。また、LED照明やスマートライトを使った革新的な照明デザイン、プロジェクションマッピング(実物と映像をシンクロさせる映像手法)の採用などはバー業態との相性も良く、五感を刺激し、没入型のカクテル体験ができるお店も登場している。今後はバー全体が一つのエンターテイメントとして期待されるような流れもみられるだろう。
近年のバー事情
この数年で、バー業界は新型コロナウイルス感染症の影響から徐々に回復し、営業再開や新規開業が増加している。しかし、消費者の行動が変化し、以前よりも外出行動の抑制や健康志向が強まったことから、経営者は積極的に新たな施策を試みている。たとえば、衛生管理の強化やオープンエアの席の増設、少人数向けのプライベート空間の提供など、店舗のレイアウトを根本的に見直す動きが広がっている。
さらに、近年のインフレと原材料のコスト増加は、バー経営に大きな影響を与えている。アルコール飲料の価格が大幅に上昇したため、経営者はメニュー価格の見直しやコスト削減の工夫を迫られている。しかし、この状況にはプラスの側面もある。圧倒的に飲酒量が減っている中、良質な酒を少量楽しむ顧客が増え、高品質で希少な酒を提供する店舗では、コロナ前よりも売上を伸ばしているケースも少なくない。また、『バー』=お酒という概念にとらわれず、スイーツやノンアルコールドリンクのメニュー開発にしっかりと注力することも重要である。
一方で、コロナ禍以降における多くの業界と同様に、バー業界でも人手不足が深刻な問題となっている。従業員の確保が難しい中、効率的に業務をこなせるスキルを持つスタッフの育成が重要視されている。また、柔軟な労働時間や福利厚生の充実により、働きやすい職場環境を提供することで、従業員の定着率を向上させる努力が求められている。
業界全体では、バーの業態が二極化している。高級な本格的なバーが都心部で成長する一方、住宅地に根付いたカジュアルなバーにも繁盛店が存在する。これらのバーは、ターゲットを明確にし、それぞれの顧客ニーズにしっかりと対応し、業績を伸ばしている。
コスト管理や従業員確保、地域コミュニティとの連携強化など、多岐にわたる課題に対応しつつ、消費者のニーズに合ったサービスを提供することが今後の成功の鍵となるだろう。
開業のステップ
バーに役立つ資格や許可
バーを開業するにあたっては、いくつかの法的な届出が必要であり、取得しておくと有効な資格もある。
(1)飲食店営業許可
バーは飲食店の一種とみなされるため、営業開始前に「飲食店営業許可」を取得する必要がある。そのためには、店舗が食品衛生法の基準を満たしていることが確認され、申請時には図面などの提出も義務となるため、内装工事前に確実に相談に行くべきである。
(2)食品衛生責任者の資格
飲食店を営業するためには、食品衛生責任者を1名以上配置する必要があり、この資格は、数時間の講習を受けることで取得可能。
(3)防火管理者の選任
店舗の収容人数が30人以上の場合に限り、消防署が実施する講習を受けて、防火管理者の資格を取得し選任する必要がある。
(4)深夜酒類提供飲食店営業の届出
深夜0時以降に酒類を提供する場合、警察署に照明の明るさなどの情報を記載した「深夜酒類提供飲食店営業」の届出が必要。提出後、受理されてから営業を開始できる。
これらの手続きは、開業予定の地域や業態によっても多少異なる場合があるため、具体的な手続きについては事前に地元の保健所や警察署に確認するとよい。
(5)サービスを向上させるための資格
お客様の細分化された好みに対して、質の良いサービスを提供するためには、日本バーテンダー協会が発行するバーテンダーの資格の他にも、以下に挙げるような資格はとても有効である。
- ソムリエ・ワインエキスパート
- 利き酒師・SAKE DIPLOMA
- フードコーディネーター
- サービス接遇検定
必要なスキル
バー経営には、幅広いカクテルレシピの知識と技術が不可欠である。お客様が求めるクラシックなカクテルからトレンドに沿った新しいドリンクまで、幅広いニーズに対応できることが求められる。また、カクテルに使用する酒類やリキュールの特性に精通し、それらを最適な組み合わせで提供する能力が必要である。ウイスキーやワイン、ビールに関する深い知識も、顧客に対する説明や提案において重要な役割を果たす。
さらに、お客様とのコミュニケーションの質が他店との差別化に大きく作用する。単なる飲み物の提供だけでなく、顧客の嗜好やその日の気分に合わせたドリンクを提案できる柔軟な対応力が求められる。また、バー特有のホスピタリティを提供するために、細やかな気配りやお客様との親密な関係を築くスキルが重要である。
食材や酒類の仕入れにおいても、季節ごとの適切な材料の調達、取引先との強固な関係の構築が求められる。特に、輸入酒類の取り扱いには、仕入れルートの確保とコスト管理が欠かせない。
経営管理面では、効率的な在庫管理や適切なポーションコントロール(*3)を実施し、従業員の教育を徹底することと割引やサービスの権限をはっきりさせることが金銭管理を含んだ不正のない明瞭な経営に繋がっていく。
(*3)「ポーションコントロール」……提供する料理・飲料などの一人前の量(ポーション)を一定に保つこと。
開業資金の一例
バー業態の開業資金と運転資金の計画は、コンセプトとターゲットによって非常に大きく変わる。バーは厨房設備にかかる費用が比較的低めである一方で、内装や雰囲気づくりにある程度の投資が必要である。特に、都会の中心地にあるバーでは、スタイリッシュなデザインや高品質なインテリアか、独自性のある空間が求められることも多く、その結果として内装工事費が高額になる傾向がある。また、カクテルやウイスキーをメインとするバーでは、上質な器具やバーカウンターの設置、照明などの設備にも投資が必要である。
【バー開業資金の例】
恵比寿の駅から徒歩3分、ビルの8階に位置する8坪のバーを開業する際の費用の一例。
バーの開業には、内装や雰囲気づくりに対する投資は、顧客のリピート率に直結する重要な要素であり、しっかりと計画を立てて予算を確保することが求められる。また、希少性の高いものを売りにするのならば、仕入れ費用はさらに加算するべきだ。
売上計画と損益イメージ
バーは、他の飲食業態と比較して、売上に対する原価が比較的低い業態とされる。一般的に、飲料の原価率は20%から25%程度に抑えられることが多く、特にカクテルやワイン、ウイスキーなどの高単価商品では利益金額が大きくなる。しかし、初期段階で顧客数を十分に確保するのは難易度が高く、根気良く営業していく姿勢が大切である。
また、他の飲食業に比べて、食材の廃棄ロスや仕込みの時間が少ないことも特徴であるが、他業種に比べて、グラス磨きなども含めてクレンリネス(*4)の面では高い水準を維持するために時間と労力が必要になる。
(*4)「クレンリネス」……店舗や調理環境の清潔さを保つことで、スタッフの身だしなみ管理なども含む。
収支予測の一例をあげる。
【開業から3年目までの収支モデル】
社員は月給25万円、アルバイトスタッフは深夜時給を考慮し¥1500で計算
(バー業態では、近年多くの店舗が営業時間を短くしている傾向にあり、店長職の給与も抑えられている)
複合業態と補助金に関して
(1)昼の時間帯の別業態営業
近年では、バーを営業している店舗で、昼間の時間帯に別の業態を営業する店舗が増えている。夜がメインとなるバー業態の弱点を補うために、掛け合わせることのできる業態を開業当初から検討し、双方の営業を邪魔することなくできるように、計画段階から考慮する必要がある。
(2)商店街や空き家の利用に対する補助金のチェック
開業する地域によっては、市町村や都道府県などの行政の取り組みにより、商店街の活性化や空き家の再利用などを推進していることもあり、開業のタイミングと合えば、補助金や助成金を利用することが可能になってきている。商店街で開業する場合や女性起業家への補助を定期的に行っている自治体もあるので、開業計画段階でつぶさに確認することが必要である。
※開業資金、売上計画、損益イメージの数値は、開業状況等により異なります。
(本シリーズのレポートは作成時時点における情報を元に作成した一般的な内容のものであるため、開業を検討される際には別途、専門家にも相談されることをお勧めします。)