業種別開業ガイド
音楽スタジオ
2024年 6月 5日
トレンド
新型コロナウイルス感染症拡大による活動制限や生活様式の変化は、音楽業界に多大な影響を及ぼし、音楽スタジオの在り方にも波及した。以下では、音楽スタジオを取り巻く環境の変化について解説する。
(1) ライブ・エンタテインメント市場の動向
政府からの文化イベント自粛要請により、公演中止や収容人数の制限を余儀なくされ、ライブ・エンタテインメント市場は甚大な打撃を受けた。民間の調査によると、コロナ禍前の2019年は6,295億円だった市場規模は、2020年には1,106億円と大きく落ち込んだ。その後、2021年は3,072億円、2022年には5,652億円と急速な回復を見せ、今後も緩やかに上昇する予測だ。
また、チケット制の有料オンラインライブが登場し、2020年には448億円、2021年には512億円とコロナ禍の市場を支えた。空間に縛られないことで、小さな子どもがいたりライブ開催地が離れていたりしても参加できるなど、今後も活用の可能性が広がっている。
(2) 音楽制作機器の変化
リアルでのライブやイベント、スタジオ録音などの活動が中断されたため、自宅で音楽制作ができるよう、ホームスタジオ機器の人気が高まった。さらに自宅だけでなく、いつでもどこでもパソコンやタブレットで楽曲が作れるアイテムとして、MIDI(Musical Instrument Digital Interface)キーボードやポケットサイズのシンセサイザーの需要が増加し、音楽制作機器市場は成長を続けている。
(3) 個人クリエイターの増加
自宅で音楽の収録を行う「宅録」機器の進化により、音楽の制作スタイルは変化した。自宅のパソコンで楽曲を完成させられ、SNSや動画配信サービスですぐに作品を発表できる。レコード会社に所属しなくても、音楽配信代行サービスを利用して収益を得ることも可能になった。音楽ビジネスの構造が変わるとともに、聴く側の音の好みや音楽ジャンルが多様化していることも、個人クリエイターを生む追い風となっている。
(4) 年々増えるストリーミング配信
SpotifyやApple Music、LINE MUSICといった定額制音楽配信サービス(サブスクリプション)など、ダウンロードせずに音楽を聴く「ストリーミング」の売り上げが年々増加している。日本レコード協会によると、音楽配信の売り上げは9年連続で増加しており、2022年は1,050億円(前年比117%)と過去最高金額となった。そのうちストリーミングは928億円(前年比125%)で、音楽配信売上金額の88%を占めている。
また、同協会の音楽メディアユーザー実態調査「2022年度調査結果」によると、音楽聴取に利用するのは、YouTube(64.0%)、定額制音楽配信サービス全体(28.0%)、テレビ(25.1%)の順に多いことが分かった。2021年と比較すると「定額制音楽配信サービス全体」が「テレビ」を上回る結果となった。
流行を生むきっかけは、マスメディアからソーシャルメディアへと移りつつある。個人から発信される音楽と視聴者の好みの多様化により音楽ジャンルは細分化され、ジャンルごとにトレンドが生まれている状況だ。
音楽スタジオを取り巻く環境が変化する中、宅録にはない音楽スタジオならではの価値を訴求して、事業成功につなげたい。明確なコンセプトとターゲットの設定は、競合店と差別化を図る上でも重要だ。ペルソナ(具体的な人物像)を設定し、どのような要望に応えられる音楽スタジオにするのか、収支含め綿密な事業計画を立てる必要がある。
近年の音楽スタジオ事情
前述のような音楽業界の構造変化の他に、音楽スタジオの価格競争やコロナ禍の打撃により、老舗の大型スタジオが閉鎖する事例も出るほど、音楽スタジオ業界は厳しい経営状況となっている。
コロナ禍を経て、音楽スタジオは「仕切られた空間と防音性を活かしたシェアスペース」という在り方を打ち出すようになった。音楽スタジオの用途は多様化しており、以下のように使われている。
- 音楽練習(バンド、ピアノ、声楽、楽器、ボイストレーニングなど)
- リハーサル(音楽、ダンス、バレエ、オペラ、演劇など)
- レコーディング
- ライブ会場・コンサートホール
- プロモーション動画撮影
- 貸し音楽教室
稼働率を上げるために、各社さまざまな戦略的展開を見せている。音楽スタジオは、仕切られた空間と防音性を活かしたシェアスペースとして、さまざまな使い方の提案をしている。例えば、壁に鏡を設置し、床を張り替えてダンスやバレエ、演劇の練習に対応できるようにしたり、ライブの動画配信やピアノの発表会、パーティー目的での利用を可能にしたりしているところもある。また、雑誌の撮影やオーディション会場など、利用者からの要望に対応するケースも出てきた。
最近では、空き家をリノベーションした一棟貸のスタジオや、キッチン・シャワー完備で長時間利用に対応したスタジオなども登場し、集中して作品作りや練習を行いたい人に注目が集まっている。
レコーディングのための機材が揃っている音楽スタジオでは、レコーディングエンジニアがレコーディングをサポートするサービスを展開している。また、現役ミュージシャンから楽器やボーカルを学べるレッスンを用意したり、音楽教室としてスペースを貸したりしている例もある。
小規模な音楽スタジオでは、それぞれ取り扱う楽器を絞っていることが多い。ギターやベースなどをレンタル機材として準備したり、ピアノを常設したりして、手ぶら利用のニーズに応えている。楽器の預かりサービスを用意しているところもある。
近年、多くの音楽スタジオで導入が進んでいるのが、オンラインでの予約システムだ。電話対応業務の負担軽減や、Webでの集客にも役立つ。予約だけでなく決済や顧客管理まで行えるものもあり、普及率は上がっている。
また、スマートロック(鍵の解施錠管理が行えるシステム)を活用して、24時間無人運営や、有人と無人を切り替えながら運営する音楽スタジオも増えてきている。人件費の削減や営業時間の拡大、非対面で気軽に利用したいニーズにも応えられるなど、メリットは大きい。
音楽スタジオの仕事
音楽スタジオでの仕事は主に「ブッキング・受付業務」「メンテナンス業務」「店舗管理」「イベント企画・運営」に分けられる。それぞれの具体的な内容は以下の通り。
- ブッキング・受付業務:電話予約やスタジオ利用者への対応などを行う
- メンテナンス業務:楽器の調整やスタジオの清掃などを行う
- 店舗管理:総務や経理、従業員のシフト管理などを行う
- イベント企画・運営:ライブなどイベントの企画や運営管理を行う
音楽スタジオの人気理由と課題
人気理由
- ランニングコストが低い
- 無人や24時間稼働など効率的な運営が可能
- 音楽分野の知識を活かせる
課題
- 明確なコンセプトと経営戦略の構築
- マーケティングと集客の徹底
- 近隣への防音対策
開業のステップ
新規開業の基本的な流れは、以下の通り。
音楽スタジオに役立つ資格や許可
音楽スタジオの用途や面積、収容人数によっては防火管理者の配置が義務付けられるため、管轄する消防署に確認が必要だ。
<参考>
また、スタジオ内に飲食店を設置したり、ライブハウスとしての機能を持たせたりする場合には「食品衛生責任者資格」「飲食店営業許可」「特定遊興飲食店営業許可」などが必要になるため、開業する区域の保健所に確認する。
<参考>
役立つ資格としては、一般社団法人 日本音楽スタジオ協会の資格認定制度(*1)がある。「良いスタジオであるために最も大切な要件はスタジオで働く人にある」という基本理念に基づき、人材育成事業として技術認定制度を設けている。レコーディングスタジオを運営するなら、他スタジオと差別化が図れるだろう。
(*1)日本音楽スタジオ協会の資格認定制度の詳しい情報は、こちら(JAPRS認定試験)をご確認ください。
開業資金と運転資金の例
開業するための必要な費用としては、以下のようなものがある。
- 物件取得費:前家賃(契約月と翌月分)、敷金もしくは保証金(およそ10カ月分)、礼金(およそ2カ月分)など
- 内装工事費:防音工事、電気工事、看板設置や内装工事など
- 什器・備品費:楽器、機材、付属品、テーブルや椅子など
- 広告宣伝費:ホームページ作成、SNS広告、近隣へのチラシ投函など
楽器や機材を揃えようとすると、多額の開業資金が必要になる。購入する機材を絞ることで初期費用を抑えられる。
以下、開業資金と運転資金を表にまとめた(参考)。
※ここでは主にアコースティック楽器(電気を使わない生楽器)の練習で、1部屋1人~4人利用の小規模音楽スタジオの想定。
音楽スタジオは防音工事や楽器の購入などで初期費用はかかるが、運転資金は少なく済むケースが多い。受付や決済でシステムを活用すれば、人件費が抑えられコスト削減につながる。
売上計画と損益イメージ
音楽スタジオを開業した場合の1年間の収支をシミュレーションしてみよう。
年間の収入から支出(上記運転資金例)を引いた損益は下記のようになる。
初めにどのようなコンセプトの音楽スタジオにするのか、しっかり設定することが重要だ。それにより、扱う楽器の種類や部屋の広さ、用意する設備が異なってくる。ターゲットが通いやすい立地にスタジオをつくることも重要になる。
楽器の練習やレコーディングだけでなく、オプションとして音楽レッスンを設けるのも戦略の1つだろう。大人の音楽教室として楽器演奏やボイストレーニングは需要がある。また、子どもの習い事としてピアノやリトミック(音楽で感性や表現力を育てる教育法)も人気が高い。大手音楽教室では、条件をクリアすれば直営スタジオとして運営することが可能なため、提携を検討してみても良いだろう。
音楽スタジオは、平日昼の稼働率が低く、売り上げを伸ばす上で課題となる。例えば入園前の幼児や退職後の世代を狙った施策を講じるなどして、稼働率を上げていきたい。
※開業資金、売上計画、損益イメージなどの数値は、開業状況等により異なります。
(本シリーズのレポートは作成時点における情報を元にした一般的な内容のものであるため、開業を検討される際には別途、専門家にも相談されることをお勧めします。)