業種別開業ガイド
居酒屋
2024年 8月 30日
トレンド
居酒屋は、戦後の酒屋から発祥し、日本独自の文化と言われるまで発展してきた業態だ。近年では、新型コロナウイルス感染拡大や働き方改革によるライフスタイルの変化、消費者の嗜好の多様化により、居酒屋の業態も変化してきている。
以下では、居酒屋を取り巻く近年の動向について解説する。
(1)訪日外客数の増加
新型コロナウイルス感染対策の規制緩和と円安の影響により、訪日外国人旅行者数が急増している。日本政府観光局(JNTO)によると、2024年6月の訪日外客数は3,135,600人で、単月として過去最高を記録した。
訪日外国人の増加により、外食需要の高まりが期待される。観光庁の「訪日外国人の消費動向」によると、訪日前に期待していたこと(複数回答)は、1位:日本食を食べること(82.9%)、2位:ショッピング(62.8%)、3位:繁華街の街歩き(53.8%)、4位:自然・景勝地観光(50.6%)、5位:日本の酒を飲むこと(33.7%)という結果となった。
また、民間の調査でも日本の「食」を楽しみにしている外国人は多く、日本で行きたい飲食店の上位に居酒屋があがっている。インバウンド効果を享受するため、ヴィーガンやベジタリアンなど各国の文化や宗教に配慮したメニューや、外国人向けのメニュー表、インターネット利用環境を整える店は増えている。
(2)客単価の上昇
働き方改革やコロナ禍でライフスタイルが変化し、「飲みに行く」という価値観が変わった。これまで居酒屋は会社帰りに軽く立ち寄る場所だったが、コロナ禍以降は店を吟味して予約してから来店する人が増えた。
昨今の外食業界では、「機会食化」という言葉がトレンドになっている。コロナ禍を経て、外食は「特別な機会」と捉えられるようになった。たまに外で飲むなら本格料理を味わいたいと、食体験を重視する人が増えた。家飲みは「普段食」、特別な機会である外食は「機会食」となり、客単価は上昇傾向だ。
民間の調査によると、飲酒を伴う外食の1回あたりの支払額は4,127円、単価5,000円以上の比率は23%と、2023年が過去10年で最も高い結果となった。
(3)デジタル化の推進
外食産業の中でも、特に居酒屋はコロナ禍の打撃が大きかった。感染対策として休業や夜間営業の休止、アルコールの提供停止、会食の人数制限などが実施され、売り上げが低迷し、人件費の削減を余儀なくされた店も多い。コロナ禍で抑えられていた人流が戻り、インバウンド需要が回復する中で、深刻な人手不足が課題となっている。
対策として、デジタル機器やITサービスを活用して、業務効率化・省人化を図る店が増えている。例えば、次のようなものがある。
- WEB予約システム
- セルフオーダーシステム
- キャッシュレス決済システム
- スタッフ管理システム(シフト管理、給与計算など)
- 在庫管理ツール
- 配膳、調理ロボット
うまく導入すれば、これまで人が行っていた作業を代行でき、最小限の人員体制で運営が可能となる。
近年の居酒屋事情
消費者の行動が変わり、居酒屋の在り方は変化している。リモートワークの推進によりオフィスに出社する人数は減り、大人数での宴会需要はコロナ禍前の水準に戻っていない。民間の調査によると、会社帰りに軽く立ち寄る場所は、居酒屋ではなくファミリーレストランやファストフード店が選ばれる傾向で、飲酒需要が流出しているという。民間調査では、こうした傾向は今後も続くと見られており、2030年の市場規模は2019年比35%減の3兆4,189億円になると予測されている。
近年の消費トレンドとして、体験や経験の価値を重視する「コト消費」が注目されているが、居酒屋業界でも体験型の店舗運営が話題となっている。
例えば「卓上サワー」と呼ばれる飲み放題サービスは、各テーブル席にサーバーが設置され、客が自由についで飲むことができる。2022年のヒット商品に選ばれ、模倣店が続出した。コロナ禍の居酒屋業界に、活気を与える仕組みとなった。
また、複数の飲食店を集めた横丁業態も人気だ。全国各地にある横丁は、まるでタイムスリップしたかのような昭和レトロな横丁で、数十軒の居酒屋が軒を連ねている。店同士はライバルではなく仲間、客も家族のように迎える。心理的距離感の近いコミュニティの場となっている。
昔から続く日本の横丁文化を、街づくりに生かす例が全国に広がっている。シャッター商店街や高架下を利用して全国の食を楽しめる空間がつくられ、横丁を起点に街の活気が取り戻されている例は多い。近年では、商業施設に巨大な横丁がオープンした。イベントを企画しエンターテインメント性を持たせ、食を通じたコミュニティの場として人気を博している。
コロナ禍には焼肉店に業態転換した大手居酒屋チェーンは、「のれん街」として居酒屋を復活させた。焼肉、すし、中華など専門店の本格料理を集結させ、機会食のニーズを取り込んでいる。
同社では、自社農園の有機農産物や、食品廃棄物から作った飼料で育てた農畜産物を食材として使うなど、サステナブルな取り組みも行っている。SDGsネイティブと呼ばれる若い世代は、社会貢や文化的な価値を重視した「イミ消費」を行うため、店選びの重要な要素となり得る。
これからの居酒屋は、単に飲食できる場ではなく、非日常の食が体験でき、人と社会のつながりが感じられるエンターテインメント性があることが、選ばれる店のポイントとなりそうだ。
居酒屋の仕事
居酒屋の主な仕事は、「ホール」「キッチン」「運営管理」に分けられる。具体的な仕事内容は以下の通り。
- ホール:顧客の案内、注文、料理提供、精算、席の片付けなど
- キッチン:仕込み、調理、片付け、掃除など
- 運営管理:シフト管理、在庫管理・発注、経理事務、企画・プロモーション、各書類作成など
人材不足の対策として、前述のようなシステムを導入すれば、業務の効率化・省人化が図れるだろう。
居酒屋の人気理由と課題
人気理由
- 店のコンセプトやメニューなど、こだわりを形にできる
- 顧客とコミュニケーションを取りながら仕事ができる
- 料理や酒類に関する知識やスキルを生かせる
課題
- 経営戦略の構築
- デジタル機器やITサービスの導入
- インバウンド対策
理想論ではなく、しっかりとした戦略を立てて経営することが重要だ。売上高やコストを意識し、トレンドを取り入れた企画や、SNSを活用した集客を行うことで、安定した経営を目指せる。
開業のステップ
ここでは、「個人事業型」と「フランチャイズ型」の例を紹介する。それぞれの開業ステップは、以下の通り。
居酒屋に役立つ資格や許可
居酒屋を含む飲食店は、「食品衛生責任者」を各店舗に1名以上配置することが義務付けられている。資格の取得には、保健所が行っている食品衛生責任者養成講習を受講する。講習会では、衛生法規や公衆衛生学などの講習を6時間ほど受けるほか、受講料として1万円前後が必要になる。
居酒屋の開業に必要な届出には、以下のようなものがある。提出が義務付けられている届出もあるため、関係各所へ確認が必要だ。
開業資金と運転資金の例
居酒屋は主に、大人数の宴会にも対応可能な大箱タイプと、テーブル席が5席程度ある中規模タイプ、そしてカウンターとテーブル数席の小規模タイプに分けられる。ここでは、小規模の居酒屋を想定する。
開業するために必要な費用としては、以下のようなものが考えられる。
- 物件取得費:前家賃(契約月と翌月分)、敷金もしくは保証金(およそ10カ月分)、礼金(およそ2カ月分)など
- 内外装工事費:電気工事、看板設置、排水工事など
- 業務用設備費:冷蔵庫、調理台、シンクなど
- 備品、消耗品費:調理道具、食器、テーブル、椅子、決済端末、おしぼりウォーマーなど
- 広告宣伝費(求人費含む):ホームページ制作費、SNS広告、チラシ印刷など
- システム導入費:POS(Point Of Sales)システム導入費など
また、フランチャイズの場合には、別途加盟金や保証金、研修費がかかる。
個人事業型とフランチャイズ型とでは開業資金、運転資金が異なるため、それぞれについて例を示す。
居酒屋は火を扱うため、火災保険は手厚いものに入っておくと安心だ。また、食中毒を起こした際の賠償責任保険(PL保険)や、それに伴う休業を余儀なくされた場合の保険の加入も検討してみると良い。
日本政策金融公庫では、新規創業やスタートアップを支援する「新規開業資金」の貸付制度を用意している。これから創業する人や過去に廃業歴があり再チャレンジする人に通常より有利な貸付条件になっているため、確認すると良いだろう。
【参考】
売上計画と損益イメージ
居酒屋を開業した場合の1年間の収支をシミュレーションしてみよう。
<個人事業型の例>
月間営業日数:26日
営業時間:6時間(17:00~23:00)
席数:15
回転率:2
平均稼働率:50%
<フランチャイズ型の例>
月間営業日数:30日
営業時間:8時間/日(16:00〜24:00)
席数:15
回転率:3
平均稼働率:53%
年間の収入から支出を引いた損益は下記のようになる。
フランチャイズ型での開業は、店舗デザインや集客サポートなど、さまざまな支援を受けられるメリットがある。本部は心強い味方となり、アドバイスを受けながら店舗運営できる。一方、個人事業型は、自身のこだわりを店舗に反映できる面白さがある。独自の強みを生かした運営で、顧客のファン化がかなうだろう。
健康意識の高まりから酒離れが進んでいると言われるが、居酒屋に訪れる客は単に酒を飲みに来るわけではない。日常の合間に、心を潤わせる体験を求めて訪れる人が多いのではないか。
家飲みでは味わえない料理や酒、ノンアルコールカクテルなどを通して、人と人がつながれる空間をつくっていきたい。芯のあるコンセプトと事業計画書を練り込むことで、生き残れる居酒屋づくりが実現できる。
- ※開業資金、売上計画、損益イメージの数値は、開業状況等により異なります。
(本シリーズのレポートは作成時時点における情報を元に作成した一般的な内容のものであるため、開業を検討される際には別途、専門家にも相談されることをお勧めします。)