業種別開業ガイド
葬祭業
2023年 12月 13日
トレンド
少子高齢化や核家族化を背景に、「終活」という言葉が社会に浸透した。それぞれが家族の負担や自身の最期を考える中で、葬儀に対する価値観が大きく変化している。さらに新型コロナウイルス感染症の広がりを機に、葬儀の在り方が改めて見直され、さまざまな形態が生まれるようになった。
「葬祭ビジネス市場に関する調査(2023年)」によると、コロナ禍で縮小した葬祭ビジネスの市場規模は回復傾向にあり、2023年は前年比105.0%の1兆7,273億円と予測されている。
同調査の「費目別シェア推移」をみると、2019年から2022年に大きく縮小したのは「飲食費」だ。「一日葬」で通夜を省略したり、コロナ禍で葬儀の会食を控えたりする傾向が顕著となった。
葬儀の形式は、これまでの「一般葬」は減少し、家族や親しい友人のみで小規模に執り行う「家族葬」や「一日葬」、身内だけで火葬のみを行う「火葬式・直葬」が増加傾向である。
また、コロナ禍ならではの新たな試みも登場した。例えば、参列を諦めていた人も車に乗ったまま焼香できる「ドライブスルー会葬」や、葬儀の様子をライブ配信(期間限定で動画配信)するサービスの「オンライン会葬」「リモート葬儀」だ。パソコン、タブレット、スマホを利用して遠隔地からも参列することが可能になった。
コロナ禍を機に生まれた形式の他に、新たなビジネスモデルも誕生している。例えば、特定の宗教を持たない人のための「無宗教葬」、従来のお墓の形・納骨方法にとらわれない「樹木葬」や「海洋散骨」、菩提寺を持たない人のための「僧侶派遣サービス」などである。
他にも、香典や供花・供物をクレジットカード決済し、手配はすべてオンライン上でできるシステムや、火葬場不足による遺体ホテル、遺体保冷庫といったサービスも登場している。これは、今後の死亡者数増加という課題の解消につながるサービスともいえる。これから葬祭業を営むなら、利用者・事業者・社会のためになり、まだ仕組み化されていないことはないか探る必要がありそうだ。
近年の葬祭業事情
内閣府の「令和5年版高齢社会白書」によると、2022年10月1日現在、日本の総人口は1億2,495万人、65歳以上人口は3,624万人で高齢化率は29.0%となった。65歳以上人口の増大により、死亡数は2040年がピークと予測、その後も死亡率(人口1,000人当たりの死亡数)は上昇を続け、2070年には17.5になると推計されている。
超高齢化社会を迎え、葬儀件数も増加していくことが予想される。経済産業省の「特定サービス産業動態統計調査」によると、葬祭業の2022年の売上高は5,607億円だった。売上推移を見ると、2008年のリーマンショックの影響で一時落ち込んだものの、その後は上昇し、2019年までほぼ横ばいで推移している。2020年には、新型コロナウイルス感染拡大により大幅に下落したが、2022年は回復傾向だ。
一方、事業所数は増加傾向にある。成長が見込まれる葬祭業は、関連法規制や許認可制度がないため参入しやすい特徴があり、他業種からの参入も増えている。
都市部の葬儀は、大手のフランチャイズ葬儀社で画一的に行う傾向があるが、地方部では地域に根ざした葬儀社で、その土地の風習に合わせた葬儀を行う場合が多い。利用者は初めての依頼で分からないことも多いため、適切な葬儀社をマッチングする紹介ビジネスが広がりをみせている。大規模な土地や資金がなくても開業できる点も、参入増加の要因と言えそうだ。
しかし、同じく経済産業省「特定サービス産業動態統計調査」によると、葬儀単価は下落している。コロナ禍前から小規模葬への需要が高まりつつあったが、新型コロナウイルス感染拡大で、参列者が集まって執り行われる従来の葬儀の在り方が大きく見直されるようになり、葬儀の小規模化・低価格化に拍車が掛かったとみられる。
価格競争の激化や葬儀の小規模化により、新規参入企業も思ったように売り上げを得られず、大手に吸収されたり、撤退を余儀なくされたりするケースも出ている。価格が分かりやすく、社会に求められるサービスを打ち出すことが重要だ。
葬儀だけではなく、遺品整理や相続、不動産売却などの「アフターフォローサービス」や、住宅や介護など高齢期の生活を支える「ライフエンディングサービス」、高齢者向けのテクノロジーを使ったサービス「エイジテック(Age Tech)」といった事業に取り組んでいくのも、発展性のある方法だろう。
葬祭業の仕事
葬祭業の仕事は、「遺体の引き取り・搬送」「納棺」「葬儀の企画・見積もり」「葬儀の手配」「葬儀の運営・進行」「葬儀後の諸手続きの相談・代行」に分類される。それぞれの具体的な仕事は次のとおり。
- 遺体の引き取り・搬送:依頼を受け、病院などに出向き、故人の遺体を引き取る。遺族の指定する場所(自宅・葬儀会場など)まで搬送する。
- 納棺:遺体に処置を施し、納棺する。枕飾りなども設置する。
- 葬儀の企画・見積もり:葬儀について遺族と打ち合わせをして、日時、会場、内容、予算などを決め、見積書を作成する。
- 葬儀の手配:通夜、葬儀・告別式の会場、僧侶、霊柩車、火葬場などを手配する。
- 葬儀の運営・進行:受付、参列者の案内、司会進行など、当日の葬儀の運営・進行を行う。
- 葬儀後の法要・諸手続きの相談・代行:葬儀後に執り行われる香典返し、法要、仏壇、お墓などの相談、代行を行う。
葬祭業の人気理由と課題
人気理由
1. 成長が見込まれる
- 少子高齢化により成長産業である
2. 後発でも参入しやすい
- 大手企業が少ない
- 価値観の多様化により、きめ細かなサービスが求められている
- 特別な許可や資格が必要ない
3. 知識や技能が身につけやすい
- 冠婚葬祭について学べる専門学校が増えている
- 葬祭ディレクターの資格取得も可能
課題
- 異業種からも参入者が増え、競争が激化している
- 葬儀の単価が下落傾向である
開業のステップ
葬儀場を持たずに開業する場合の具体的な流れは、次のとおり。
ステップ1. 開業手続き
個人事業主として開業する場合には、税務署に開業届や、青色申告承認申請を提出する。霊柩車を導入する場合には、各都道府県の陸運局に許可申請する。
ステップ2. アウトソーシング先との提携
生花店、仕出し料理店、石材店、写真業者、人材派遣会社など、自社で対応できない部分の業務について、葬祭関連業者と提携する。
ステップ3. 広告宣伝
Webサイト制作、ポータルサイトへの登録、チラシの制作・配布などを行う。
葬祭業に役立つ資格
葬祭業に必要な資格は、特にない。取得しておくと役立つ資格には、以下のようなものがある。
【葬祭ディレクター】(*1)
厚生労働省が認定している「葬祭ディレクター技能審査」に合格すると取得できる資格。葬祭業において、一定以上の知識と技能を備えていることが認定される。
国家資格ではなく、受験資格は実務経験が必要とされる。
- 1級:葬祭実務経験を5年以上有する者、または2級合格後2年以上実務経験を有する者
- 2級:葬祭実務経験を2年以上有する者
【グリーフケアアドバイザー】(*2)
日本グリーフケア協会が認定する資格。大切な人を亡くした方の悲しみのケアを担う。
【仏事コーディネーター】(*3)
仏事コーディネーター資格審査協会が認定する資格。仏教と仏壇仏具、仏事に関する豊富な知識を持った資格者になれる。
【お墓ディレクター】(*4)
日本石材産業協会が認定する資格。お墓に関する知識と教養を身につけていることが認定される。
【終活カウンセラー】(*5)
終活カウンセラー協会が認定する資格。終活に関して、悩みに耳を傾けてアドバイスができる人材であることが認定される。
(*1)葬祭ディレクターの詳しい情報は、こちら(葬祭ディレクター技能審査協会)をご確認ください。
(*2)グリーフケアアドバイザーの詳しい情報は、こちら(一般社団法人 日本グリーフケア協会)をご確認ください。
(*3)仏事コーディネーターの詳しい情報は、こちら(仏事コーディネーター資格審査協会)をご確認ください。
(*4)お墓ディレクターの詳しい情報は、こちら(一般社団法人 日本石材産業協会)をご確認ください。
(*5)終活カウンセラーの詳しい情報は、こちら(一般社団法人 終活カウンセラー)をご確認ください。
開業資金と運転資金の例
開業にあたっては、以下のような資金が必要である。ここでは、葬儀場の建設は行わず、賃貸で開業するケースを想定している。
物件取得費、設備工事費:初月家賃、敷金、礼金、保証金(家賃の6~10カ月程度のことが多い)、駐車場代、内外装工事、看板工事など(内容により大きく変動する)
什器備品費:パソコン、備品、祭具など
仕入費:生花、棺、遺影写真、骨壺、会食費、引き出物など
施設利用料:葬式会場、音響設備など
車両リース費:霊柩車
人件費:葬儀スタッフ、遺体搬送スタッフ
広告宣伝費:Webサイト制作費、広告チラシ制作費、印刷費など
求人費:求人媒体利用費、人材紹介費など
また、フランチャイズの場合には、別途加盟金やシステム導入費、保証金、研修費が掛かる。
個人事業型とフランチャイズ型とでは開業資金、運転資金が異なるため、それぞれについて例を示す。
開業にあたっては、金融機関の他、政府系の日本政策金融公庫も利用できる。創業を支援する「新規開業資金(中小企業経営力強化関連)」、認定支援機関の助言があれば金利が安価になる「中小企業経営力強化資金」などの融資制度がある。
売上計画と損益イメージ
葬祭業を個人開業した場合の、1年間の売上計画と損益イメージは次のとおりである。
<個人事業型>
家族葬(通夜・葬儀で2日間)を月に4回執り行う。
約100万円×4回=約400万円
月商約400万円、年商約4,800万円
<フランチャイズ型>
一般葬(通夜・葬儀で2日間)を月に4回執り行う。
約200万円×4回=約800万円
月商約800万円、年商約9,600万円
年間の収入から支出(上表の運転資金例)を引いた損益は以下のようになる。
個人事業型の葬祭業においては、特徴ある葬儀形式・納骨方法を提案することで、ニッチなサービスが提供可能であり、独自性を打ち出しやすいだろう。また、葬祭業は初期投資を抑えてスモールスタートしやすい業種でもある。例えば、祭壇、祭具などの什器備品費を購入せずリースを利用する、店舗を持たずにインターネット集客に特化するなどの工夫を凝らす余地がある。
一方、フランチャイズ型は、企業の知名度があり集客しやすく、企業のブランド力により信頼を得られることがメリットとしてあげられる。また、業界未経験でも経営戦略を学べることや、仕入れ先の提供を受けられるのも魅力だ。
葬儀を経験したことのない利用者に親身に寄り添う中で、新たに見つけられるサービスがあるかもしれない。葬儀の簡略化が進み、長期的には葬祭事業が縮小しても、顧客の声をビジネスに発展させることは可能だ。まずは顧客の信頼を得られるように取り組むことが重要である。
※開業資金、売上計画、損益イメージなどの数値は、開業状況等により異なります。
(本シリーズのレポートは作成時点における情報を元にした一般的な内容のものであるため、開業を検討される際には別途、専門家にも相談されることをお勧めします。)