ビジネスQ&A
どうすれば業務の属人化を防いで、技術・技能承継をスムーズに進めることができるでしょうか。
2023年 5月 17日
業務が属人化してしまってなかなか技術・技能の継承が進みません。どうすれば属人化を防いで、技術・技能承継をスムーズに進めることができるでしょうか。
回答
属人化という課題を後回しにしてきたツケは、顧客に向かってしまうことが少なくなく、その結果、会社の信用が落ちて受注減を招くといったリスクを秘めています。こうしたリスクの回避には、属人化した技能を数値などで捉えて「技術化」することが欠かせません。その前提として、まずは「技術・技能の棚卸し」と「基礎用語の共通化及び全社員の習得」に取り組むことが、技術・技能承継をスムーズに進めるためのポイントになります。
承継するのは技能ではなく、見える化された技術の方
業務の属人化という問題を抱える製造業の現場では、製品に不具合が起きた時などに「聞いていない」「知らなかった」という言葉がよく聞かれます。作業担当者にこう言われてしまうと、経営者としては個人を責めることはできず、また体制不備に対する責任が自らにあることもあって、問題の本質がうやむやにされてしまうケースが少なくありません。このように各社で後回しにされてきたツケを払うことになるのは、製品のユーザーである顧客であり、結果的に顧客からの信用・信頼を失うという形で自社に返ってきます。問題の本質である業務の属人化ときちんと向き合い、その課題を解消する真の改革を行うことが、前述したようなリスクの回避につながるでしょう。
その属人化した技術・技能の承継方法について考える前に、まず承継するのは技能ではなく、それを論理的な裏付けのもと数値・データ化するなどして見える化した技術の方であるということを頭に入れておきましょう。暗黙知である技能を形式知化して技術にすることが、技術・技能承継において何より重要なプロセスになります。かつて職人の世界では「見て覚える」ことが当たり前のように考えられていましたが、この方法は曖昧さだらけで今の時代の技術・技能承継の方法としてはふさわしくないでしょう。技能を技術化する方法や手段を構築するとともに、その過程で生み出された新たな暗黙知をさらに形式知化していくという風土を社のDNAとして継承していくことが、技術・技能承継のあるべき姿といえます。
スムーズな技術・技能承継のために押さえるべき2つのポイント
では、技能の技術化をはじめ、技術・技能の承継はどのように進めていけばいいのでしょうか。1つ目のポイントは、自社がどのようなスキルを持っているのかを正確に把握するために「技術・技能の棚卸し」に取り組むことです。自社の持てるスキルを客観的に分析し、スキルマップや技術のロードマップなどとしてまとめてみるといいでしょう。ビジネスにおける重要な要素を視覚的に分類して新規事業の開発につなげる「ビジネスモデルキャンバス(BMC)」などの各種フレームワークは、「技術・技能の棚卸し」にも活用できると思います。
もう一点押さえておきたいのは「基礎用語の共通化及び全社員の習得」です。社員は、少なくとも自社の製品やサービスのプロである必要があります。事業活動に必要な用語集を図版や写真入りで作成し、入社2〜3年目あたりから徹底的に教育する。このこと自体が仕事の見える化や業務のマニュアル化につながるのはもちろん、共通用語の浸透により社内コミュニケーションの向上も期待できます。この用語集をベースにしたOJTにより、形式知化された技術の承継を行っていくといいでしょう。また、外部環境の変化に伴ってこの用語集をアップデートしていくと、常に業界の先頭に立つことができるため、顧客に対しても先生的な立ち位置で向き合えるというメリットも生まれます。
上記のようなプロセスによって、承継すべきスキルが明らかになり、それを受け継ぐ後輩たちにも必要な教育がなされていること。この二点を押さえることが、スムーズな技術・技能承継を進めるためのポイントと言えるでしょう。
技術・技能承継への取り組みはDXの推進力に
この後の技能の技術化を進める手段に関しては、各社の実情と昨今の各種デジタル技術を組み合わせれば、さまざまな方法が考えられますから事例とともに紹介します。きっかけは技術・技能の承継が目的だったとしても、結果的には各社のDXにつながるようなケースも多いです。
例えば、東京都墨田区で創業70年の歴史を持つ社員数18人のある金属加工メーカーでは、半導体部品の顕微鏡検査に関して、良品と不良品の画像を収集してその違いをAIに覚え込ませることで技能の技術化を達成。さらに、Webカメラやセンシング技術、プログラミングなどを駆使してAIによる自動判定システムを構築した結果、毎月6人×10日分ほどの作業量の自動化に成功しました。技術・技能承継にかかわらず、中小企業のDXにおいては100%を目指さないことが大切です。この企業も8割の業務を自動化し、残りの2割は従来通りの対応を目指したことで、大きな費用対効果につながりました。ちなみにこの取り組みは、中小企業庁「戦略的基盤技術高度化支援事業」の支援を受けたものです。技能の技術化に活用できる公的支援は複数ありますから、そうした制度を活用するのも賢い選択でしょう。
また、昨今のコロナ禍において、在宅でも生産管理を行えるIoTシステムを構築した千葉県野田市の金属プレス加工メーカーの事例も特徴的です。この企業では、簡易コンピューターのラズベリーパイをはじめ、市販されている電子部品を活用して、プレス機器の稼働時間と非稼働時間などを分析するシステムを構築。これを従来の生産管理システムと連動させたことにより、現場作業の見える化および社内DXの加速を実現しました。このIoT化にかかった部品代は、プレス機1台につき5万円ほど。小さな負担でDXと技能の技術化を進めたことは、今後の技術・技能承継においても大きなアドバンテージになるでしょう。
常に考える企業風土と逆境に強い社員のマインドも醸成
DXのほか、技術・技能承継に向けた取り組みのプロセスにある「技能→技術化→新たな技能の誕生→技術化」というサイクルを回すことは、社員が常に考える企業風土を醸成する意味でも有効です。その企業風土が、例えば昨今のEV化など業界に新たな風が吹いてきた際に、それを逆風と捉えて慌てるのではなく、「自社の英知を結集して何が表現できるか」と考えて追い風にしようとするマインドを育てます。そのようなマインドを日常的に持っていれば、時代時代に即したものを適宜提供できる企業になっていくわけです。
今、自社にはどんなスキルの貯金があるか。そのスキルを適切に有効活用できているか。これらを明らかにすることに経営者がリーダーシップを発揮して取り組んでいけば、スムーズな技術・技能承継の実現と、それに付随するビジネスの拡大も夢ではないでしょう。
- 回答者
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中小企業診断士・合同会社Yサポート代表 山元 証
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