経営ハンドブック
新市場創出サービスを利用する
2024年 1月 26日
新市場創出のためには自社の新商品に有利なルールに変えるよう働きかける必要がある
新市場創出とは、「既存市場とは異なる競争軸からなる市場を創出すること」を意味する。企業の新市場創出をサポートする外部のサービスを「新市場創出サービス」という。
新市場創出というと、大企業がやることで中小企業には無縁と思う方もいるかもしれない。もちろん、新市場創出は大変難しく、多額の資金と高度なノウハウが必要になる。だが、スタートアップ企業でも新市場創出に成功している例もあるので、中小企業でも、取り組めないことはない。大切なのは、自社だけで見よう見まねでやるのではなく、新市場創出サービス提供者の力を借りることだ。
これまで企業は、他社商品との差別化により新商品を作り出すことで、売上やシェアを拡大させればよかった。しかし市場が成熟し差別化が難しくなると、既存の市場だけで競争するには限界がある。そこで、企業自らが新たな市場を創出して新商品を送り出すことが必要となる。
新商品を作るだけでは、新市場創出につながらない。自社の新商品を売りやすい環境を整える必要がある。例えば、パートナー企業が新商品に興味を示しても、規制や基準があるために売り出せない。または、消費者の需要が未知数なので扱ってくれず、売り出せないことがある。このような場合は、規制や基準を変えるように、政府や業界団体に働きかけたり、消費者の需要を喚起して、パートナー企業にも扱ってもらえるようにするといった外部環境のマネジメントが必要になる。
また、自社の新商品に有利なルールに変えるよう各方面に働きかけることも重要だ。例えば、自社が開発し売り出している商品の業界規格がなく、品質がまちまちだったとする。自社の商品の品質に絶対の自信があるならば、各方面に働きかけて、自社の商品を基準とする統一規格を作ってしまい、売り出していくことができれば、新市場で自社が圧倒的に優位な立場を占めることができる。
ところが、日本の企業の6割は、「事業活動はルールに適合していなければならない」と考えており、「事業活動を利するようにルールを変えていくべき」と考えている企業は、わずか4.8%しかいない(経済産業省「2019年版ものづくり白書」より)。中小企業も含めて保守的な考え方を取っているために、そもそも、外部環境のマネジメントとは何をしたらよいのか分からないし、ノウハウもない状況にある。
そこで、経済産業省が音頭を取って、外部環境のマネジメントを提供する「新市場創出サービス」を打ち出し、企業の利用を促している。
新市場創出のためには、新市場創出の戦略策定、新市場創出に向けた体制構築、新市場創出の実行の3ステップを踏む必要がある。新市場創出を考えている中小企業としては、それぞれのステップで何を考え、どのような新市場創出サービスを利用するべきなのか見ていこう。
新市場創出の推進ステップ
- 新市場創出の戦略策定
- 新市場創出に向けた体制構築
- 新市場創出の実行
- 新市場創出サービスの産業マップ
1.新市場創出の戦略策定
新市場創出に当たっては、まず、どのような市場にするかデザインする必要がある。もちろん、未だ市場創出されていないジャンルで、自社の新商品や強みが生かせる市場でなければならない。解決すべき社会課題を探り、達成すべき目的を特定する。ニュースなどの情報を集めて、社会全体を俯瞰したり、NPOやNGOの活動がヒントになることもあろう。
そして、新市場の名称も仮の物でもよいので設定する。 多くのステークホルダー(広く利害関係者を意味する。取引先、政府、経営者、従業員、顧客等)に対する求心力を醸成するために、新しいものであり、かつ、分かりやすい名称であることが求められる。
新市場のイメージが膨らんだら、次に、どのように市場を作るのかの戦略を考える。「戦略仮説策定」と呼ばれている。具体的には次の4点についての戦略だ。
(1) 新市場における「受益者」の洗い出し
新市場を創出した場合は、自社の既存の取引先だけでなく、他社へも影響を及ぼすことになる。直接取引先以外への影響もあろう。
例えば、新市場に投入する新商品を作るために、新しい部品が必要になったとする。自社の直接の取引先がその部品を製造するにしても、新たな原材料調達先を探す必要があるかもしれない。その様な場合、新たな調達先に選ばれた会社は受益者となろう。受益者となれば、新市場創出の協力者となってくれよう。
このように業界横断的に影響力をマップ化して、受益者を洗い出すということだ。
(2) ビジネスモデル構築
自社だけが利益を得られる新市場はありえず、外部にも利益があるからこそ、協力者が現れて、新市場が形成されるものである。新市場により利益を得られる人が多ければ多いほど、新市場形成は容易になる。そのため、自社利益のみならず他者利益も前提としたビジネスモデルの構築が必要とされる。
新商品の利用者はもちろんのこと、販売者や製造者など、利益が得られる可能性がある人を特定し協力を求める。中小企業の場合、資金力は大きくないので、利益が得られるまで時間がかかるようでは失敗する。できる限り早期に利益が得られるよう「スモールスタート」の発想も大切だ。
(3) 新市場創出の課題特定と解決策
新市場創出のためには、適切な需要と供給が必要となる。新商品でも需要がなければ意味がないし、供給困難なものであっても意味がない。どちらかに課題があれば、その解決策を探る。
また、新市場創出に当たって、既存のルールや業界慣習が障壁となることもある。こうしたものをどのようにして変革を促すかも課題となる。
(4) 市場「協創」相手の検討
新市場創出の旗手は、もちろん、新市場を考えた自社がなるのが一番良いが、力不足だと感じた場合は、新市場に共感してもらえる有力な他社になってもらうことも想定できよう。大手企業に共感してもらい協力を得られるのであれば、心強い味方となるだろう。
また、既存のルールや業界慣習を変革する必要がある場合は、障壁に対する影響力をもつ人とWin-Winの関係を築いて、協力者になってもらうことが必須と言えよう。
このように新市場のデザインと戦略仮説策定は、まず、新市場創出を目論む自社で行わなければならないが、こうした計画の策定は経験がない人がやっても絵に描いた餅になりがちだ。そこで、新市場創出サービスを活用し、より成功率の高い戦略を練ることが大切になる。
例えば、ビジネスモデルの考案や戦略仮説策定に苦慮しているなら、戦略コンサルティングファームの力を借りて、より精度の高い戦略を練り上げるとよいだろう。新市場創出で考慮すべき既存の取引先以外のステークホルダーを把握できない場合は、パブリックリレーションズ会社に、ステークホルダーマップを作成してもらったり、世論や消費者のニーズを整理してもらうことが考えられよう。
2.新市場創出に向けた体制構築
新市場創出の戦略を実行に移すための具体的な行動計画を考える段階である。具体的には次の3点についての行動計画を考える。
(1) 経営のコミットメントと社内予算の獲得
新市場創出には、一定規模の予算がかかる。その予算を振り向けることについて、社内の理解を得なければならない。経営陣ではない社員が新市場創出を企画したのであれば、まず、経営陣を説得して理解を得なければならない。その上で、経営陣が中心となり、新市場創出に成功した場合、どれほどの利益が自社にもたらされるのか。そのためにどれだけの予算がかかり、現実的に用意できる予算の額を考えるのだ。
そして、人材も重要になる。必要な人材が社内にいるのか、現行の仕事と並行して取り組むことができるのか。外部の協力者や新たな人材が必要な場合は、予算と合わせて検討が必要となろう。もちろん、新市場創出サービスの利用もこの一環となる。
(2) 新市場創出に必要なステークホルダー全体像の洗い出し
戦略策定の段階で見た通り、新市場創出は自社だけで完結できることはほとんどない。社外の利害関係者の協力を得る必要がある。協力を求めるべき相手を特定し、どのように働きかけるべきなのか、具体的な行動計画を立てる。
法改正などのルール形成が必要な場合は、パブリックセクター(政府)への働きかけが必要になる。業界標準(規格)策定、共同企業体組成、共同研究開発が必要な場合は、他社つまり、ビジネスセクター(企業)への働きかけが必要になる。
そして、消費者の需要を喚起するためのソーシャルセクター(市民社会)への働きかけは必須である。
(3) 求心力獲得のための対外メッセージの策定
上記(2)で特定したステークホルダーに対して、どのようなメッセージを発信していくのかを考える段階である。このメッセージの発信は、発議者が一社員であったとしても、経営陣が率先して行い、社内一丸となって取り組む姿勢を示さなければならない。特に、中小企業が新市場創出に乗り出すことは容易なことではないので、社運をかけるつもりで取り組む覚悟が必要となろう。それだけのメッセージを発信することができるかどうかである。
この段階は、新市場創出のために外部に向けてメッセージを発信する段階であり、発信力が問われることになるが、十分な発信力を有している中小企業はほとんどないかもしれない。そこで、新市場創出サービスを活用し、メッセージ発信に協力してもらうことが不可欠となる。
例えば、
- 外部メディアへのアプローチとコンテンツの提供については、メディアリレーションズ会社。
- ルール形成(規制改革等)のため政府への働きかけが必要なら、ガバメントリレーションズ会社や政策コンサルティング。
- 現行ルール内で新市場創出が可能なのか判断が難しかったり、新たなルールの起草が難しい場合は、法律事務所。
- 業界標準(規格)策定が必要な場合は、規格策定機関。
といった具合である。
3.新市場創出の実行
新市場創出に向けて、プロジェクト実行に進む段階である。最終目標は、新市場が創出されて自社の新商品が圧倒的なシェアを有する状態になることであろう。その状態に達するには、幾つもの段階を経る必要がある。いきなり最終目標を目指すのではなく、3、6カ月と言った一定期間での細分化した目標を立てて作業を設計し、実行していくことが大切だ。
特に中小企業の場合は、いきなり全国規模のシェアを目指すのは難しい。まずは、地域で一番、次いで、県内で一番、地方で一番、全国で一番といった具合に段階的に範囲を広げていくのが無難だろう。
それぞれの段階でかかる予算をコントロールしつつ、短期的な刈り取りが発生することが望ましい。最終目標に至るまで、全く収益がない状態では、資金力が弱い中小企業では到底耐えられないからだ。
このように細分化された目標を達成するに際しても、必要に応じて、新市場創出サービスを活用する。最後に新市場創出サービスを利用するにあたっての注意点を確認しよう。
まず、新市場創出は成功すること自体が極めて難しく、そのための新市場創出サービスも高度な専門サービスであることを理解する必要がある。熱意だけでどうにかなるものではなく、自社内に必要な知見や人材があるのか冷静な判断が大切だ。予算がない。前例がない。上司の合意が得られない。などといった理由で自社内でやろうとしても失敗する可能性が高くなってしまう。
一方で、新市場創出サービス提供者に丸投げすることも禁物である。プロジェクトは自社が主体となって進めなければならない。サービス提供者の役割を認識しながら、定期的な認識合せや情報共有を行い、軌道修正を繰り返すことが成功率を高めることにつながるのである。
4.新市場創出サービスの産業マップ
最後に新市場創出サービスの提供者をまとめた産業マップ(カオスマップ)を紹介しておこう。上記で紹介した様々な提供者が各々の得意分野を中心に参入している。一つの分野だけでなく複数の分野にまたがるサービスの提供者もいる。どの提供者に相談すべきか決める時の目安にしてほしい。
▼新市場創出サービス活用ガイドブック/経済産業省社会実装チーム
▼令和3年度産業経済研究委託事業(社会実装を支援するサポート産業の実態とその振興に関する調査)最終報告書/株式会社オウルズコンサルティンググループ