経営ハンドブック
アンゾフの成長マトリックス
2023年 4月 12日
これからの企業戦略を考えるヒントとなる成長マトリックス
新型コロナウイルス感染症の拡大によって、多くの中小企業から「経営環境が変わってしまった」という声が聞こえてくるようになった。経営を取り巻く環境が大きく変化する中で、これからどのような成長戦略をとれば良いのか、そのヒントを与えてくれるのが「アンゾフの成長マトリックス」だ。アンゾフは「製品」と「市場」を2軸に置き、それぞれ「既存の場合」と「新規の場合」に分類している。またその象限の1つである新規の製品×新規の市場となる「多角化戦略」についてさらに4つに分類している。
アンゾフの成長マトリックスのポイント
- アンゾフの成長マトリックスとは
- アンゾフの成長マトリックスを用いる際の留意点
- ポストコロナ時代の成長戦略
- 多角化戦略を採るには
1.アンゾフの成長マトリックスとは
「アンゾフの成長マトリックス」というのは、「戦略的経営の父」と呼ばれた経営学者イゴール・アンゾフ( Harry Igor Ansoff 1918〜2002)が唱えたフレームワークだ。
アンゾフは、企業が売上高や市場シェアを拡大するために向かう方向性を「製品」(自社が提供する製品・サービスなど)と「ミッション」(製品・サービスが投入される先。「市場」と訳されることも多い)という2つの軸に置いて、それをさらに「既存」と「新」に分けた。それが次の図になる。
製品・サービスやミッションを組み合わせることで(バージョンアップも含む)、お互いのシナジー効果(相乗効果)が生まれることがある。例えば、コストの削減や得意先の拡大、時間の節約、ノウハウや知識の共有などである。
1.市場浸透の方向性(既存製品×既存ミッション)
これまで通りのミッションに、これまで通りの製品やサービスを投入していく方向性である。この方向性においては、製品の認知を上げたり、購入意欲を高めたりすることが重要な課題となり、主な目的となる。既存製品をブラッシュアップして品質を向上させる、アフターフォローの充実などサービスを高める、買い換えの促進や割引などのキャンペーンを行うことなどが考えられる。シナジー効果も期待できる。
2.市場開発の方向性(既存製品×新ミッション)
既存の製品やサービスを新しいミッションに投入していく方向性である。営業力・販売ネットワーク等の「売る力」が勝負を左右することも多くなる。既存製品の海外進出・海外展開は、市場開発の一例と考えることができる。また今までと異なった顧客層にアプローチすることも考えられる。シナジー効果が期待できる。
3.製品開発の方向性(新製品×既存ミッション)
これまで通りのミッションに、新しい製品やサービス(既存商品の関連商品や付属品、機能追加商品も含む)を投入するという方向性である。既存ミッションのニーズに対応した製品やサービスを開発すること、競合と差別化を図ることができる製品やサービスを開発することができるかどうかが重要なポイントになる。開発・研究部門や製造ラインの増設、設備投資や従業員の増員も考えなくてはならない場合もあるが、シナジー効果は期待できる。
4.多角化の方向性(新製品×新ミッション)
新しいミッションに新しい製品・サービスを投入する方向性である。多角化は、ほとんど経験のないミッションで新製品を投入するため、マーケティングのコスト、製品・サービスの開発コストがかかるといったリスクがある。リスクがあっても新しい収益源を求める時、または求めなくてはならない時に、ハイリスク・ハイリターンの多角化の方向性がとられる。シナジー効果はあまり期待できない。
2.アンゾフの成長マトリックスを用いる際の留意点
アンゾフの成長マトリックスを参考にして、自社の強みが「技術」(製品)なのか「顧客」(ミッション)なのかを把握して、今後の展開について考えていくことも必要だろう。
ただし、強み主導で検討することはよいが、「市場関連の強み(経営資源)は参入に役立ち、技術関連の強み(経営資源)は差別化に役立つ」という点に留意すること。
市場関連の展開は参入には成功しやすいが、その後の差別化で苦労する。反対に技術関連の展開は参入には苦労するが、いったん参入に成功して、技術的な差別化が可能なら成功につながりやすい。これらを踏まえて、戦略および戦略課題に織りこむことが大切だ。
アンゾフの成長マトリックスは、成熟期もしくは衰退期にある企業、もしくは現在の事業展開のままでは今後の成長が見込めない企業が、新たな成長機会(事業機会)の方向性を探索するためのツールと考えたほうがよい。
また、ここで確認できるのはあくまで「方向性」であって「戦略」ではない。戦略は次のステップとして検討する。具体的には、参入すべき特定「製品/市場分野」を「市場魅力度×自社の優位性構築可能性」で評価したうえで決定し、戦略を定める、というのが定番である。
3.ポストコロナ時代の成長戦略
経営環境の変化によって、ビジネスモデルの転換や新たなビジネス開発を考える事業者も少なくないと推察される。経営環境が変わってしまっている状況では、アンゾフの成長マトリックスのなかにある「市場浸透の方向性」(既存製品×既存ミッション)はもはや採りにくい。
つまり、既存のミッションに合わせた新製品・新サービスを開発していく「製品開発の方向性」か、既存の製品・サービスに合わせた新ミッションの獲得を目指す「市場開発の方向性」か、新しいミッションで新しい製品・サービスを展開していく「多角化の方向性」をとることが考えられる。
しかし、コロナ禍の影響から、現事業の売上(市場)が全く消失してしまったような場合は、最後の「多角化の方向性」をメインに考えなければならないことが多くなるだろう。新しいミッションに新しい製品・サービスを投入する多角化の方向性について、アンゾフはさらに以下の4類型に分けている。
1.水平型多角化
これまでの技術・ノウハウを活かした新製品・新サービスを、これまでと類似したミッションに投入する多角化。例えばパソコンメーカーがスマートフォンを生産するようなケースが挙げられる。こうした場合は、それまでの技術や設備、ノウハウを活かすことが可能で、シナジー効果も期待できる。
2.垂直型多角化
これまでの技術・ノウハウとの関連性は低い新製品・新サービスを、これまでと似たミッション(川上・川下)に投入する多角化。例えば既製服の販売店が注文服の製造も行うようなケースが挙げられる。水平型と比べると、技術・ノウハウの獲得、新設備の導入などの多角化の負担は大きくなり、リスクは高くなるが、シナジー効果は大きく期待できる。
3.集中型多角化
これまでの技術・ノウハウとの関連性が高い新製品・新サービスを、これまでと異なったミッションに投入する多角化。例えばカメラメーカーが医療用レンズを開発するようなケースが挙げられる。集中型多角化を成功させるためには、自社の強みとなる技術・ノウハウ等を中心軸にして、同心円状に事業を拡大していく戦略がとられるため、「同心円的多角化」とも呼ばれる。シナジー効果が大きく期待できる。
4.集成型多角化(コングロマリット型)
これまでの技術・ノウハウ、ミッションとも全く関係のない事業に進出する多角化。前述の3つとは異なり、シナジー効果が低くリスクが高くなる。フランチャイズチェーンへの加盟などの方法によリ、多角化のリスクを抑える方法もある。
4.多角化戦略を採るには
アンゾフの成長マトリックスにおける「多角化戦略」を選択する場合、今後の事業計画が「水平型多角化」なのか「垂直型多角化」なのか、「集中型多角化」なのか「集成型多角化」なのか、どこに当てはまるのかを考えてみるのも、これからの事業展開を考える上で大きなヒントになるはずだ。
中小企業の場合、人材の質や量、資金力、設備、知的財産、情報量といったリソースが大企業と比べて潤沢ではないことを考えると、水平型多角化か垂直型多角化を採って、できる限り自社の既存事業や既存リソースを活用していく方法が賢明なのかもしれない。
ただ、それでもアンゾフは多角化戦略を最もハイリスク・ハイリターンの成長戦略としているので、ポストコロナ時代の事業再構築に際しても、相応のリスクは覚悟しなければならない。事業計画策定の段階で様々なリスクを想定しておくことはとても重要なことだと言えるだろう。