経営ハンドブック
商品開発・市場開拓のための基本方針
自社の強みを踏まえ、「売り上げ脳」から脱却する
選択と集中は、バブル崩壊後に生き残る手段として国内で注目され始めた。今では、企業規模の大小を問わず、経営戦略の定石として定着している。
今でも価値が色あせない最大の理由は、国内の人口減にある。人口減は単純に考えれば、顧客の絶対数が減ることを意味する。実際、多くの業界で市場規模が横ばい、あるいは縮小している。客数が減る中、経営資源に限りのある中小企業が従来の施策のままで何も手を打たずに資本力に勝る大企業に挑むのは非常に厳しいといえよう。
その打開策として有効なのが、顧客の絞り込みだ。限られた顧客に経営資源を集中投下し、最大限の成果を出せば、利益を増やせる。それは生産性の向上にほかならない。選択と集中の対象もさまざまだ。商品・サービス、商圏、販路など。最近では働き方改革への対応で、営業時間や営業日を絞る会社もある。基本的な考え方についてまとめた。
選択と集中を実行するためのポイント
- 自社の強みを棚卸しする
- 「売り上げ脳」から脱却する
- 経営者の見栄を捨てる
1.自社の強みを棚卸しする
まずは、経営者自身が自社の強みがどこにあるか、棚卸しするところから始める。経営がうまくいっていないときには、自分たちの強みを生かしきれていないことが多い。そういった企業では、経営者自身が自社の強みを見失っているケースが多い。自社の強みを確認できれば、その強みを押し出すための手段を講じやすくなる。
まずは強みの源泉である知的資産の棚卸しとして「知的資産経営報告書」を作成したい。知的資産経営報告書はその企業が有する技術、ノウハウ、人材など競争力の源泉である強みの認識・評価を行い、それらをどのように活用・強化して企業の価値創造につなげていくかを示すもの。過去から現在における企業の価値創造プロセスだけでなく、 将来の中・長期的な価値創造プロセスをも明らかにすることで、自分たちの強みを改めて認識し、これからやるべきことも見えてくる。
例えば、個人店・小規模店は価格面では量販店に太刀打ちできないが、その店を利用している顧客にとっては、購入時やトラブル発生時の丁寧な対応にメリットを感じている。その場合、安売り競争には参加せず、その代わりに今まで以上に丁寧な接客・アフターサービスを提供する。接客時間を確保できないなら、商圏を狭めて顧客数を減らしてでも接客時間を確保するという決断をする経営者もいる。こうした大胆な決断の裏には、「自分たちの強みは接客にある」という確信がある。
2.「売り上げ脳」から脱却する
売り上げ至上主義に染まった「売り上げ脳」から経営者が抜け出せないと、選択と集中は実行できない。少なくとも一時的には、必ず売り上げが減少するからだ。
事業所数や社員数を増やし、売上高を拡大することがトップの力量と考えている人は、いまだに多い。その結果、顧客を絞り込むと、売り上げが減って利益も出なくなるという恐怖心が先に立ち、なかなか実行に移せない。
しかし、売り上げ至上主義が成り立っていたのは、経済規模や市場の成長が既定路線で、社員の労働時間を長くすれば業績も伸びた高度成長期の話。
市場の成熟に加え、空前の人手不足で働き方の効率が求められる現在では、中小企業が拡大志向を貫くことは難しい。昔からの大口取引先だから値引き要請に応じる、既存店の売上減をカバーするために新規に出店する……。このように売り上げにこだわる判断が本当に正しいかどうかは疑問だ。売り上げ拡大に見合う利益が出ているのか、もっと利益率が高い仕事があるのではないか——。売り上げでなく、ROA(総資産利益率)の視点から会社の仕事を見直すと、自社の強みを発見できる。
3.経営者の見栄を捨てる
選択と集中の過程では、経営者の見栄が邪魔する。商品・サービスにせよ、商圏にせよ、選択と集中の過程では何かを“捨てる”作業を伴う。これがはたからは縮小、撤退を進めているように見える。
売り上げが拡大し、事業所の拠点数や社員数も増えるといった、誰が見ても分かりやすい成長イメージとは対照的だ。このマイナスイメージを嫌って、頭では分かっていても行動に踏み切れない経営者が多い。しかし、見栄を捨てて会社の将来を考えた手を打っていく必要がある。
神奈川県の有限会社菅原塗装工房は商圏を絞り込んで成功した。以前は建設会社や住宅会社などの元請けから注文を受け、塗装工を現地に向かわせて施工する下請けが中心であった。一定の売上高は確保できたが、利益率が低かった。山梨や千葉など遠くまで出向いての仕事も多く、職人の負荷も大きかった。
そこで塗り替えの相談ができる店舗を出店。同時に塗装の品質を保ちつつ、職人が疲れずに働けるように商圏を車で1時間以内に駆け付けられる距離に絞った。その結果、個人宅からの注文が着実に増加。今では売り上げの半分を占めるまでになっている。
自社の強みを再認識し、そこにヒト・モノ・カネを集中する。これによって、大企業とは異なる付加価値を提供できるはずだ。