ビジネスQ&A

HRMとはどのような考え方・経営手法なのでしょうか。中小企業の取り組み方などと併せて教えてください

2023年 1月 18日

「HRM(人的資源管理)」の取り組みに力を入れると、業績の向上が期待できると聞きました。そもそもHRMとはどのような考え方・経営手法なのでしょうか。中小企業の取り組み方などと併せて教えてください。

回答

HRMとは、働く人の仕事に対する意欲向上に会社が積極的に関わることで、それぞれが持っている潜在的な職業能力=HR(人的資源)のうち、まだ仕事に活用されていない潜在能力の発揮あるいは向上を促進していこうとするものです。HRMへの取り組みにより、働く人の勤労意欲や能力開発意欲を向上できれば、企業全体の業績アップも期待できます。

働く人の潜在能力を引き出すHRMが、今日本で注目される理由

HR(Human Resource:人的資源)とは、働く人が持っている潜在的な職業能力を意味します。ただ、いくら高い潜在能力を秘めていても、本人に自分のHRを生かそうという意思がない限り、その能力が発揮されることはありません。働く人自身に自らのHRをもっと生かそうという意識を持ってもらうため、労働環境を整え、経営戦略と連動した能力開発を行い、貢献にきちんと報いる健全な人事制度を運用する。この人事制度についてもう少し具体的にいえば、一般職や総合職などの「社員区分」と、役職などの「社員格付け」を基に適正な評価が行われ、その評価結果に応じて「雇用管理」「報酬管理」「就業条件管理」がなされること。この仕組みを上手くマネジメントすることがHRMの本質といえます。

例えば、「テレワーク」や「フレックス制度」などは、HRMを意識した代表的な人事制度の一例です。また、「適正な評価」を行うにあたり、従業員が自ら掲げた目標を経営層と共有してその達成度合いを評価する「目標管理制度(MBO)」や、上長に加え部下や同僚、顧客などの意見も併せて多角的に評価する「360度評価」なども、HRMと連動する取り組みといえます。

こうしたHRMを含む「無形資産」への投資比率を引き上げた国が景気を好転させる中、その流れから取り残された国の一つが日本になります。日本のGDPに対する無形資産投資比率は、欧米の主要国に比べると低水準であり、潜在成長率も低迷しています。こうした中、2015年には金融庁と東京証券取引所が上場企業の統治ガイドライン「コーポレートガバナンスコード」を作成。21年には企業の持続的な成長のための改定を行い、人に関する情報開示項目を定めました。また、20年9月には経営戦略と連動した人材戦略の実践方法などを考察する「人材版伊藤レポート」を経済産業省が公表するなど、日本もここへ来てHRMに関わる取り組みを加速させていることが、近年の「HRM」への注目度の高まりにつながっていると考えられます。

主要国における無形資産投資(知識・技術、人的資本等)の対GDP比

経営戦略と連動させて効果の高いHRMを

では具体的に、業績向上につながるHRMの取り組みとはどのように進めていけばいいのでしょうか。前述した「人材版伊藤レポート」の中で、そのヒントとして提唱されているのが、下記「3つの視点と5つの共通要素」になります。

【3つの視点(Perspectives)】

1.経営戦略と人材戦略の連動

経営戦略と人材戦略が連動したものになっているか

2.As is-To beギャップの定量把握

現時点での人材や人材戦略と、目指すべきビジネスモデルや経営戦略との間のギャップを把握できているか

3.企業文化への定着

人材戦略が実行されるプロセスの中で、組織や個人の行動変容を促し、企業文化として定着しているか

【5つの共通要素(Common Factors)】

  1. 動的な人材ポートフォリオ、個人・組織の活性化
  2. 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
  3. リスキル・学び直し
  4. 従業員エンゲージメント
  5. 時間や場所にとらわれない働き方

HRMへの取り組みを強化するのであれば、まずはこの「3つの視点と5つの共通要素」と照らし合わせて自社の人材戦略を見直してみる。それが、従業員一人一人の潜在能力を引き出し、企業価値の向上につなげるHRMのファーストステップになるかもしれません。

その後のHRMの実践においては、自社の経営戦略を遂行する、あるいは経営課題を解決するための目標を定め、それに向けた能力開発を行うなど、実務と連動して取り組むことがポイントになります。まずは、指導や教育ができる人材の育成から始め、そのプロセスやノウハウを見える化・定量化しながら推進しましょう。その際、個人に任せきりにするのではなく、組織としていかに対応するかが大切です。中小企業であれば、「全員参加型の事業推進ができる」「専門性を持った従業員が能力を発揮しやすい」といった強みを生かすことができれば、より高い効果を期待できるでしょう。

公的支援も活用し、HRMの取り組みで経営基盤の強化を

前述のように、HRMへの取り組みで世界に後れをとる日本ですが、中でも大企業に比べて中小企業の進捗の後れは目立ちます。その背景には、「スペシャリスト志向が強い」「年功重視型や職務内容重視型が多い」「OJTへの取り組み姿勢が弱い」といった企業側の課題に加え、「教育を受ける意欲が低い」といった従業員側の課題もあります。ただ、HRMに関する優れた取り組みを実践して効果を上げている中小企業は、業績も好調であることが多いです。中小企業であっても、HRMの進捗を妨げている上記のような課題と向き合い、積極的に取り組むことが、将来的な事業の持続可能性を高めるといえそうです。

ちなみに、HRMの取り組みの推進をサポートする公的な支援制度は豊富にあります。内閣府の「プロフェッショナル人材事業」「先導的人材マッチング事業」、経済産業省の「中小企業経営支援対策補助金(若者人材確保プロジェクトの実証)」などは、人材確保に関する支援制度です。また、魅力ある職場づくり・社員教育に関しては、厚生労働省の「両立支援等助成金」「民間企業における女性活躍促進事業」「人材開発支援助成金」などが挙げられます。このほかにも多種多様な公的機関が幅広い支援制度を展開していますから、自社のHRMを進める上での課題やポイントを整理したら、その実践をサポートするような公的支援がないかを探してみてください。使えるものは賢く利用しながら、経営基盤の強化・経営目標の達成を目指していきましょう。

回答者

中小企業診断士・社会保険労務士 阿世賀 和子

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