闘いつづける経営者たち
「砂山起一」株式会社オリエンタルランド(第1回)
01.年間2700万人の誘引力
マニュアルはカタチではない
出航を知らせる汽笛が園内に鳴り響く。船上のクルーが両手をいっぱいに広げて別れを告げている。何度も、何度も、名残惜しそうに、ゆっくりと。クルーに呼応して手を振り始める船着場の人たち。すると今度は、3階建ての蒸気船のあちこちから手を振る乗船客が現れる。ここはアメリカ河を一周するマークトウェイン号の出航場所。東京ディズニーランド(TDL)のアトラクションの1コマだ。
あたかも実際の出航シーンと見間違う異次元空間の出現は、クルーに扮したキャストと呼ばれるTDLスタッフの演出によるところが大きい。来場者(ゲスト)は、これら臨場感あふれる非日常体験の虜になる。完璧に仕込まれた演出と思われがちだが、クルーの動作に関する細かな規定はない。手の振り方、間合いの取り方、テンポなど、一挙手一投足を縛るのではなく、キャスト自身がゲストとともに一緒に楽しみ、ともに振舞う。
「カタチからは入らない。上体を何度かがめてお辞儀をしなさいとか、マニュアルにはそういう類のものは書いてない。どういう心づもりで働きなさいと伝えていくのが大切だと思っている。マークトウェイン号の場面でいえば、たとえば『友達と別れるときの気持ちになりなさい』と指導する。形ばかりの動作から、もてなしの心は伝わらない」。テーマパーク事業を統括するオリエンタルランド副社長の砂山起一は、TDLのもてなしの意味をこう解説する。
ソフトの力がリピーターを育んだ
TDL開園から四半世紀。数あるテーマパークが生まれ消えていくなか、東京ディズニーリゾート(TDR)は、ただ一つの例外として国内最大のテーマパークに成長した。初年度から約1000万人の入場者数を数えたものの、大方は「日本人は飽きっぽいから2年目以降は先細りする」と見た。ところが、予想に反して毎年増え続ける来場者に、メディアは驚き、さまざまな解説を施した。そして運営会社のオリエンタルランドの経営手腕に迫り続けた。
「設備投資を惜しまず、毎年魅力的なアトラクションを投入しリピーターを獲得したことが大きい」、「老若男女を問わず、誰もが楽しめる非日常空間を築いたマーケティング戦略が奏功した」、「ディズニー・キャラクターの魅力を最大化し、日本に根付かせた地道なメディア戦略だ」…。成功の理由として、どれもが正しい。しかし砂山は言う。「(成功には)さまざまな要因があるにちがいない。でも結局のところはホスピタリティを含めたソフトの力なのだろう」。
日米ホスピタリティの融合
本家米国を含め、フランス、香港など世界5ヶ所に存在するディズニーランド。各国のアトラクションに大差はないが、日本には他国に比べ高いレベルにあるものが存在する。それがホスピタリティだ。ゲストと接するときの笑顔、優しさ、きめ細かい気配り。「ここだけは日本特有の強さだ」。
茶の湯に見られるもてなしの日本文化。砂山は、日本人に伝わるそんなこまやかな感性と、ディズニーの洗練された接客ホスピタリティの融合が、TDRのもてなしの心を育んだと見る。「ここは日本でも、米国でもない」。ある芸能人がTDRを訪れたときの感想だ。TDRというここにしかない異空間。まさに日本と米国のホスピタリティの融合によって、他にない心地よい空間が醸し出されている。
ホスピタリティをおまけではなく、商品と見るオリエンタルランド。高い次元のもてなしを実現し、これを誘引力の核としてリピーターを増やし続けてきたことは間違いない。それでも「さらに磨きをかけないと。現状に満足せず、つねに上を目指さないと、いつの間にか質が落ちる」という。形式的な接客マニュアルとは異なるキャストとしての心の研修が、きょうもTDRのどこかで行われている。
プロフィール
砂山 起一 (すなやま きいち)
1948年東京都生まれ。70年オリエンタルランド入社。開園開業当時から「東京ディズニーランド」の運営・経営に携わる。経理部長、フード本部長、テーマパーク統括本部長等を歴任し、09年4月代表取締役副社長執行役員に就任。テーマパーク事業の統括責任者でもあり、数々のアトラクションやイベントに加え、新たなプログラム開発の司令塔を務める。趣味は料理、ゴルフ、山歩き。
企業データ
- 企業名
- 株式会社オリエンタルランド
- Webサイト
- 設立
- 1960年7月
- 資本金
- 632億112万7千円
- 従業員数
- 正社員・2,399人、テーマパーク社員・763人、準社員・18,788人(2009年4月1日現在)
- 所在地
- 〒279-8511 千葉県浦安市舞浜1番地1(本社)
- 事業内容
- テーマパークの経営・運営および、不動産賃貸等
掲載日:2010年1月25日