闘いつづける経営者たち

「長谷川裕一」株式会社はせがわ(第1回)

01.夢は「日本一の仏壇屋」

「第2の創業者」

長谷川仏具店

「大学時代に『夢は日本一の仏壇屋!』と指導教授や友人に話したら、長い間ほら吹きだと思われていた」と苦笑いするのは、はせがわ代表取締役会長の長谷川裕一。同社は世界で唯一株式を上場する、宗教用具業界最大手。長谷川の夢は、ほらで終わらなかった。

はせがわは2009年9月に創業80周年を迎えた。現在国内に116店舗を構え、09年3月期連結売上高は211億円に達する。従業員数はグループで1000人超。88年には業界初の株式上場も果たした(福岡証券取引所)。だが創業時は約9坪の仏具店。同社を業界トップへと押し上げたのが「第2の創業者」と呼ばれる裕一だ。

父の思い

創業は1929年。長谷川の父・才蔵が福岡県直方市に長谷川仏具店を興し、54年に仏壇の自家製造を始めた。長谷川は40年に生まれ、「仏壇屋」の息子として少年期を過ごした。当時、世間の仏具店に対するイメージは暗くて嫌な仕事。しかし「父は『仏壇屋は人々から手を合わせていただく仕事。お仏壇は表の玄関から納める。お仏壇開きではお寺様と一緒に上座に座り、帰りには尾頭付きのタイをちょうだいする。これほどありがたい商売はない』と常々言っていた」と振り返る。

父・長谷川才蔵氏
長谷川裕一会長の幼少時代

長谷川は家業が仏壇屋だから、将来は親孝行のために後を継ごうと、幼いころから漠然と考えていたという。中学卒業後に家業を継ぐつもりだったが、両親の勧めもあり地元の筑豊高校に進学。そして、京都の龍谷大学進学後は、自分自身の人生観や世界観を確立するために独学で哲学、倫理学、社会学、宗教学、経済学などを学ぶとともに、空手道部に所属し肉体と精神を鍛錬し続けた。

お仏壇はモノではない

大学では空手道部に所属

学生時代に長谷川は、当時日本一と言われていた京都の仏壇店のトップに会った。しかしそのトップが仏壇を商売道具としてしか見ていないことに衝撃を受ける。「お仏壇はモノではない。仏様に礼拝しご先祖様を敬う場。家業はその場を提供し、精神的な価値をより多くの人にお届けする尊い仕事だと悟った」。この時長谷川は、父の思いに共鳴すると同時に、父の後を継いで自分が家業を日本一にするという決意を固めた。この仏壇屋の誇りこそ長谷川の原点。この原点が仏壇を単なる「モノ」として扱わない姿勢につながり、やがて同社躍進の原動力となる。

63年に大学を卒業した長谷川は帰郷し長谷川仏具店に入社。夢への第一歩を踏み出した。

プロフィール

長谷川 裕一 (はせがわ ひろかず)

1940年福岡県直方市生まれ。父・才蔵が創業した長谷川仏具店で、父の背中を見て育つ。中学卒業後に家業を継ぐと決心するも、両親の強い勧めで進学。龍谷大学文学部仏教学科卒業後の63年、念願の長谷川仏具店入社。67年チェーン展開を開始。79年「東京砂漠にオアシスを!」を合言葉に関東地区初出店。82年に父の後を継ぎ社長に就任する。88年福岡証券取引所、94年大阪証券取引所市場第二部に上場を果たし、宗教用具業界唯一の上場企業となる。08年4月には社長を実弟・房生に任せ、会長に退く。同年6月、日本ニュービジネス協議会連合会会長就任。日本伝統文化の普及や経済界の発展に身を捧げている。

企業データ

企業名
株式会社はせがわ
資本金
39億1,576万円
従業員数
1,149人(連結)
所在地
〒812-0026 福岡県福岡市博多区上川端町12-192
Tel
092-263-7600
事業内容
お仏壇製造販売、お葬式ご相談・紹介、霊園・墓石事業、国宝・重要文化財修復
売上高
211億5,800万円(09年3月期、連結)
創業
1929年9月

掲載日:2009年10月26日