闘いつづける経営者たち
「上條努」サッポロホールディングス株式会社(第4回)
04.北米、アジア・オセアニアが成長のカギ
海外事業で400億円に
「2016年までに連結売上高6000億円を達成させることが私の最大の使命。今は将来に対して、どれだけの布石を打てるかだ」と上條努社長は言い切る。海外事業もその布石の一つだ。
サッポロHDは、日本の「サッポロ生ビール黒ラベル」に当たる「サッポロ プレミアム」を海外のメーンブランドとして販売している。現地企業との提携を軸に販売エリアを拡大してきた。北米、アジア・オセアニアを最重要地域として攻略していく。長期経営方針でも国際展開の推進を掲げている。国際酒類事業全体で10年に253億円の売上高を、16年までに420億円に引き上げる目標だ。
ベトナムでポジションを確立
これから特に注力するのがベトナムだ。11年11月にカナダの自社工場に次ぐ海外2番目となる自社の生産拠点、ロンアン工場が稼働した。ビールの年産能力は4万キロリットルで、それを越えた時点で設備増強を行う。19年にはベトナム市場で3%のシェアとなる15万キロリットルにまで引き上げる予定だ。当面の目標は3年後に営業利益ベースの単年度黒字化。さらに中期目標として19年に売上高1億2800万ドル(96億円)を目指す。
今回、ベトナムでは値段、味覚など徹底して現地で何度もテストマーケティングを行い商品を投入した。現地生産の330ミリリットル缶ビールの小売価格は8000-1万6000ベトナムドン(日本円で約30-60円)。自社の輸入品は1万9000-2万2000ベトナムドン(同約70-72円)。これらを加味した結果、2万2000-3万5000ベトナムドン(同約80-130円)と強気の価格に設定した。
現地ではビールに氷を入れて飲むというのが一般的で、すっきりした味わいが好まれるという。これらに合わせた味わいの商品を開発した。11年12月末から順次出荷し、これからビールの需要が上がるというテト(ベトナムの正月で12年は1月23日)以降に本格販売を開始した。業務用が約7割を占めており、まずはホテル、現地料理のレストラン、和食料理店など幅広く営業している。まず飲食店でサッポロビールを知ってもらい、そこから家庭用へと展開を広げていく。
当然、ベトナムを中心に周辺諸国への展開が予想される。「まずベトナムで愛される存在となることが目標。その結果、周辺諸国へ展開していくことはあり得るだろう」(上條社長)という。今後、アジア展開で重要な役割を果たすのが、ポッカが保有するシンガポールでのネットワークだ。ポッカの販路を活用し、日本から輸出した「サッポロ生ビール黒ラベル」の販売も始めている。ポッカブランドの緑茶飲料が70%と高いシェアを持っており、今後は酒類以外での分野の強化も視野に入れる。
北米は次のステップへ
さらに海外で期待されるのが北米事業だ。北米ではすでに黒字化を達成した。現在は次のステップへの準備段階に入った。子会社のスリーマン(カナダ・オンタリオ州)の工場ではフル生産が続いており、生産能力の増強が課題。「スリーマンのラインを増やすのがよいのか、スリーマン以外との提携がいいのか」(上條社長)と最善の策を模索している。
ビール類販売が国内4位のサッポロHDにとって、北米、アジア、オセアニア、環太平洋地域を中心とする海外での事業展開は将来の成長に向け避けては通れない道。上條社長の挑戦はまだ始まったばかりだ。
プロフィール
上條 努 (かみじょう つとむ)
1976年(昭51)慶應義塾大法卒。同年サッポロビール入社。入社9年目にサンフランシスコ支店長になり、サッポロビールを米国で日本ビールのナンバーワンにした。92年経営企画部担当部長、96年サッポロビール飲料(現サッポロ飲料)営業企画部担当部長、97年営業企画部長、01年取締役、03年取締役兼常務執行役員、07年サッポロホールディングス取締役、09年常務、11年3月30日東日本大震災直後に社長に就任した。仙台市出身、58歳。司馬遼太郎を好み、休日は旅行や写真撮影、焼き物鑑賞にいそしむ。
企業データ
- 企業名
- サッポロホールディングス株式会社
- Webサイト
- 設立
- 1949年(昭和24年)9月1日(創業明治9年9月)
- 資本金
- 53,886百万円
- 所在地
- 東京都渋谷区恵比寿四丁目20番1号
- 事業内容
- サッポロビール、サッポロ飲料などの持株会社
- 売上高
- 4,540億9,900万円(2011年12月期・連結)
掲載日:2012年3月19日