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変形労働時間制のメリットとデメリット、導入の注意点を教えてください。

2024年 2月 14日

変形労働時間制の導入を考えています。実際に導入する際におけるメリットとデメリット、注意点などについて教えてください。

回答

変形労働時間制とは、所定労働時間を繁忙期には長くし、閑散期には短くすることで、全体として法定労働時間を超えないように調整する制度です。全体の労働時間が短縮され、従業員のワークライフバランスが改善されるメリットが期待される一方で、労働時間の管理や賃金計算が複雑になるというデメリットもあります。導入を検討する際には、その目的を明確にし、導入準備と運用における注意点を十分に確認することが重要です。

変形労働時間制の種類

変形労働時間制は、以下4つの種類に分類されます。それぞれの特徴を比較してみましょう。

(1) 1か月単位の変形労働時間制 (労働基準法第32条の2)

1か月単位の変形労働時間制は、1か月以内の期間を平均して、1週間あたりの労働時間が40時間(特例事業は44時間)以内であれば、日・週の法定労働時間を超えた労働日数や労働時間を設定することができる制度です。

週平均40時間未満であれば条件をクリアできるため、1週間単位の変形労働時間制より、幅広い調整ができます。特に、月末や月初に忙しく、月中との繁閑の差が顕著な事業に適しています。

(2) 1年単位の変形労働時間制 (労働基準法第32条の4)

1年単位の変形労働時間制は、1か月を超える1年以内の期間において、1週間あたりの労働時間が40時間(特例事業も同様)を超えないことを条件に、労働時間の配分を行う制度です。ただし、1年間の労働日数は280日、1日の労働時間は10時間、1週間の労働時間は52時間までという制限があります。労働日や1日あたりの労働時間に関しては、様々な限度や特例が設けられているため、事前に確認が必要です。季節による業務の繁閑の差が大きな事業に適しています。

(3) 1週間単位の変形労働時間制 (労働基準法第32条の5)

1週間単位の変形労働時間制は、事業場における従業員数が常時30人未満の小売や旅館、料理店、飲食店の各事業において、1週間単位で労働時間や休日を調整できる制度です。

所定労働時間を1週間あたり40時間以内、1日あたり10時間以内と定め(特例事業も同様)、それを超える分については割増賃金を支払います。また、各日の労働時間は、少なくとも1週間前には書面で通知することが求められます。特に、日ごとの繁閑の差が大きく、事前予測が難しい事業に適しています。

(4) フレックスタイム制(労働基準法第32条の3)

フレックスタイム制は、一定期間内に定められた総労働時間の枠内で、従業員が始業及び終業時間を柔軟に決定できる制度です。この制度では、「コアタイム」と呼ばれる必須の出勤時間を設定し、業務の円滑な進行と従業員の私生活の充実及び利便性を両立させることを目指します。特に、子育て中の社員が多い企業や、通勤電車の混雑する都市部の企業に適しています。

事業場の業務の実態等に応じた労働時間制度の選択方法

変形労働時間制のメリットとデメリット

変形労働時間制は、企業にとって生産性向上等に対するメリットがありますが、その一方でデメリットもありますので、よく吟味して判断してください。

【メリット】

1.業務量変動への柔軟な対応による生産性向上と残業代削減

変形労働時間制は、繁忙期と閑散期がはっきりしている業界で採用されています。繁忙期には労働者の労働時間を増やし、閑散期には労働時間を減らすことが可能です。これにより、業務量の変動に柔軟に対応し、生産性の向上を図ることができます。さらに、繁忙期と閑散期で労働時間を調整することで、年間を通じての残業代削減にもつながります。

2.人員管理の最適化と企業イメージの向上

労働時間の調整によって人員の過不足を適切に管理できるため、労働力の最適化と生産性の向上が期待されます。また、多様な働き方を推進する企業としての社内外へのアピールが可能となり、社会の要請に応える会社としてのイメージ向上にも寄与します。

3.従業員の健康保護と会社全体のモチベーションアップ

スケジュールを調整できるため、従業員の体調不良や過労の防止にも効果的な制度です。従業員に閑散期の短時間労働や休暇の取得を推進して、リフレッシュの機会を提供することで、会社全体のモチベーションアップを図ることができます。

以上のように、変形労働時間制は、企業に多くのメリットをもたらします。また、従業員にとっても繁忙期と閑散期の労働時間の変化によりメリハリのある働き方が可能となり、休暇予定も立てやすくなります。これにより、ワークライフバランスの維持に役立ちます。

【デメリット】

1.複雑な勤怠管理と運用コストの増加

変形労働時間制は、日や週ごとに異なる所定労働時間を設定するため、勤怠管理が複雑になり、担当者の負担が増えるという点があります。また、この制度のもとでも残業時間が発生することがあり、法定労働時間とは異なる算出方法が必要になります。変形労働時間制を適切に管理し、スケジュール調整に対応するためには、追加の人的リソースが必要になり、これが運用コストの増加につながることがあります。

2.コミュニケーションとスケジュール調整の課題

変形労働時間制を適切に管理するためには、従業員の希望に合わせたスケジュール調整が必要です。しかし、従業員間のスケジュールの多様性がコミュニケーションの障壁となることがあります。これは社内だけでなく、顧客や取引先とのスケジュール調整を困難にすることもあります。

このように、変形する労働時間による職場への影響も考えなければなりません。メリットとデメリットをバランスよく検討し、適切に導入・運用していくことが重要です。

変形労働時間制の導入ステップと運用時の注意点

変形労働時間制を導入しようと思ったら、まず何から始めればよいのでしょうか。必要なステップを順番に見ていきましょう。

【導入ステップ】

1.勤務実績の調査

まずは、従業員の勤務実績を調査して現状を把握します。これにより、変形労働時間制の採否を判断し、導入する際の繁閑の時期を特定し、対象期間や所定労働時間の設定を行います。

2.期間や所定労働時間、対象者の決定

残業時間や繁閑の状況を洗い出したら、期間や所定労働時間、対象者を決めていきます。残業が多い時期や、客足が伸びる時期に所定労働時間を長くし、その分他の時期の所定労働時間を短くするのが、変形労働時間制を効果的に運用するための基本です。繁閑の差が出るスパンや、従業員数などを総合的に考慮して決定しましょう。

3.就業規則の整備と労使協定の締結

変形労働時間制を新たに導入することで、従業員の働き方が変わるため、就業規則の整備や、労使協定の締結が必要です。以下の項目を定めましょう。

  • 対象労働者の範囲
  • 変形期間
  • 変形期間の起算日
  • 変形期間内の労働時間
  • 労働日の始業、終業時刻
  • 有効期間(労使協定の場合のみ)
4.労働基準監督署への届け出

就業規則の変更や、労使協定の締結を行った場合は労働基準監督署への届け出が必要です。また、残業や休日出勤の可能性がある場合は、36協定も提出しましょう。なお、労使協定・36協定は有効期限を定めて、再提出が必要なので注意してください。

5.従業員への周知

実際に変形労働時間制を運用するためには、従業員に本制度の導入と有用性の説明を行うとともに、就業規則や労使協定の内容等をきちんと周知し、理解を得る必要があります。

【運用上の注意点】

1.所定労働時間の上限設定と従業員への通知

変形労働時間制を運用する場合、所定労働時間の繰り上げや繰り下げはできません。8時間の所定労働時間で10時間働いた場合、2時間が残業となりますが、翌日の労働時間を6時間に短縮して相殺することはできません。

2.別途残業代の算出

変形労働時間制を採用する場合、法定労働時間を超える労働は残業と見なされ、割増賃金を支払います。制度ごとに法定労働時間が異なるため、注意が必要です。労働時間の変更により過重労働にならないよう管理することが重要です。

3.決定後の変更ができない

変形労働時間制では、導入の計画段階で期間や時間配分を決定します。実際に運営を始めてから「この労働時間は適切ではない」と判断しても、途中で変更することはできません。導入開始時に十分なデータ分析を行い、根拠のある数字で設定することが重要です。

4.特別な配慮

変形労働時間制を採用する場合、以下の者に対してはそれらの者が必要とする時間を確保できるよう、特別な配慮が求められます。

  • 育児を行う者
  • 老人等の介護を行う者
  • 職業訓練又は教育を受ける者
  • その他特別な配慮を要する者

具体的な配慮の方法については、各企業の事情や労働者の状況に応じて異なります。

以上のとおり、法的要件の確認、従業員との十分な協議、そして綿密な検討と計画的な導入を行うことにより、変形労働時間制の有効な運用が期待されます。

回答者

中小企業診断士・ITコーディネーター 上田 英貴