ビジネスQ&A
なぜ今地方移転を検討する企業が増えているのでしょうか?
2022年 7月 1日
最近、本社機能を地方に移転する企業について耳にするようになりました。なぜ今地方移転を検討する企業が増えているのでしょうか?
回答
地方創生や働き方改革の議論などにより、企業の地方移転の動きは以前からありました。その傾向を昨今のコロナ禍が強力に後押しした格好です。テレワークの普及や就業規則の見直しなどにより働く場所が問われなくなったほか、行政による地方移転支援策の強化なども相まって、多くの企業にとって地方移転が現実的な選択肢になった結果といえるでしょう。
「働き方の多様化」と「行政による手厚い企業誘致支援」
新型コロナウイルス感染拡大をきっかけに、三密を避けた就業形態が奨励されるようになりました。とりわけ人が密集しがちな東京都心などの大都市近郊にオフィスを構える企業の多くでは、社員の出社制限を余儀なくされ、その代替策としてテレワークが急速に浸透。この時、テレワークが実際に機能することを確認できた企業も多いようです。その結果、働き方の多様化を認めるような就業規則の見直しに多くの企業が舵を切りました。
企業のそのような動きを、国や地方自治体は支援制度の拡充で後押ししました。従来より「地方拠点強化税制」によって、地方における業務の拡張や東京23区からの本社機能移転を推進してきましたが、令和2年度には地方におけるサテライトオフィス開設や、テレワークを活用した移住・滞在の取り組みなども支援する「地方創生テレワーク交付金」を創設。さらに、「新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金」などを活用した独自の誘致支援策を実施する自治体も増えています。
このように、企業の間で働き方の多様化に対する理解が深まり、そこに行政による手厚い支援が重なったという複合的な背景が、企業の地方移転を本格化させる要因になったと考えられます。
コスト減、人材確保面など、中小企業にも地方移転のメリットは多い
行政による減税措置などの支援制度を有効活用することは、中小企業の経営にとって小さくないでしょう。しかも、東京都心などの大都市近郊に比べると、地方ではオフィスの賃料にかかる負担も下がります。また、競合他社との競争が激しい大都市よりも優秀な人材を確保しやすいなど、実は人材確保の面においても優位性が高いケースがあります。その上で、地方移転そのものがSDGsの達成や地方創生といった社会課題の解決につながる取り組みであるため、適切に情報を発信することで知名度アップや企業価値の向上も期待できるわけです。
ただし当然、やみくもに地方移転すればいいというわけではありません。地方移転の検討を進める上では、まずその狙いと当該地域におけるビジネスモデルを十分に調査・分析するべきでしょう。企業ビジョンの実現や事業機会の確保、人材面、コストの縮減などを慎重に検討した上で、「移転によるメリットが大きい」となれば検討を本格化する。その際、本社を丸ごと移転するか、機能の一部を移転するかといった議論や、大都市から地方に移転することになる就業者意識の確認も忘れてはいけません。そしてもう一つ、移転先地域の状況なども検討材料として非常に重要になりますから、候補地の自治体あるいは商工会議所などにもあらかじめ相談してみることをおすすめします。
自社にとって最適な移転先を見つければ、ビジネスの拡大も期待できる
淡路島に本社機能の一部を移転したパソナや、東京本社の規模を半減させると発表した富士通など、大企業の事例が多く耳に入ってくると思いますが、例えば宮崎県日南市や群馬県前橋市など中心市街地に企業を立地する取り組みを進めている自治体が増えており、中小企業による地方移転の成功例も少なくありません。また、イノベーションの拠点施設整備や社会実験を通じて、テクノロジー系企業など特定の業種のスタートアップなどを集めようとしている自治体もあります。自社にとって最適な地域を見つけることが、地方移転成功のファーストステップでしょう。
政府の「デジタル田園都市国家構想」などもあり、地方においてもデジタルインフラの整備が進んでいますから、職種や業種によっては地方移転後も変わらない業務環境を確立できると思います。加えて、地域の人材、特産品、地域に根ざした技術といった地域資源に目を向ければ、新たなビジネス創出の契機になるかもしれません。地方の人口減少や地域経済の衰退は、日本が解決すべき社会課題の一つ。新しい国のカタチや仕組み作りへの貢献という側面からも、地方に移転する中小企業への期待が高まっていると言えそうです。
- 回答者
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中小企業診断士・東京都中小企業診断士協会まちづくり研究会代表 名取 雅彦