特殊シリンダー製造のトップメーカー

野村和史(南武) 第4回「社員教育こそ経営の基礎」

野村和史代表取締役社長 野村和史代表取締役社長
野村和史代表取締役社長

ベテラン技術者にも新技術の研修

「いらっしゃいませ」--。若い女性たちの明るい声が、部屋中にこだまする。典型的なものづくり系企業でありながら、南武の事務所に一歩足を踏み入れると、大勢の女性スタッフが目に入る。製造現場に配属されている6名のドリルガールだけではない。設計部スタッフ14名のうちの3名、営業技術部15名のうちの6名、生産管理課13名の約半数が女性スタッフだ。

今では当たり前となった光景も、野村の強い信念があったからこそ。野村が再入社した1984年当時の旧南武鉄工は、例外を除き一般事務職で数名の女性が在籍している程度。一般社員も高齢の人が多く、もちろんエアコンなどは事務所を除いてまったくない。土日祭日出勤も当たり前のような状況であった。高齢の職人達は、それを当然と受け止めて一生懸命働いてくれたが、若い人達にとっては魅力に欠ける職場であった。入社しても2、3日程度働いて、すぐ退職というケースが目立った。

野村は、以前勤めていた会社(英国商社、DODWELL)が女性を多数採用していたのを見習って、極力女性スタッフを増やそうと考えた。そのために週休2日制、原則として19時以降の残業はなし、全工場へのエアコン導入を提案したものの、職人気質の先代社長は認めない。野村は3度も退職願を出す羽目になったが、人材確保にかける野村の信念は揺らがない。最終的には先代も折れ、原則として週休2日制を認めてくれた。

女性社員の採用を機に、社内には活気がみなぎる一方、受注量の増加と生産性の向上で増益基調に転じた。会社の雰囲気も極めて良くなった。その後に入社した女性NC/MCオペレーターが、6人の「ドリルガールズ」と題してテレビ放映されると、南武は大きな評判を呼ぶことになった。いまも優秀な女性技術スタッフを引き続き採用していく野村の方針に変わりはない。「来年度にも設計部門と今は男性だけの職場となっている電子部品の組立て部門に女性を採用したい」という。

野村は人材確保とともに、社員教育にも一つのこだわりをもつ。教育訓練の基本はOJT(オンザジョブトレーニング)に、職業訓練所での研修や外部セミナーへの参加を組み合わせたもの。野村は言う。

「ウチはあくまでもメーカーですから、専門技術を教え込んでいく。だからベテランの社員でも職業訓練所に行ってもらい、専門分野なりの新しい技術を学ばせる。別の技術を学んでもらうのが狙いです」

たとえば設計部の新入社員を構造解析とか強度計算とかを学ばせるため、外部の勉強会や工場見学などに参加させることもあるという。単なる人材確保にとどまらず、専門技術を軸にきっちり人材を育成していく姿勢。野村の人材に対する経営スタンスは明快だ。

次代を見据えて後継者を育成

野村は、バブル崩壊後に到来した未曾有の不況に直面する最中に、経営を引き継いだ。収益が悪化するのが当たり前だったこの時期に、先代の時代以上に高収益を確保している。そこには技術力や恵まれた事業環境とは別の経営ノウハウが隠されていることも見逃せない。先代の時代から2代にわたってつぶさに経営手法を見てきた常務の中田清嗣は、2人の経営の特徴について「先代がトップダウンだったのに対して、現社長はボトムアップですね」と分析する。時代背景も大きく異なるため、経営手法の違いがあるのは当然だが、特に野村は「人材が経営上、一番肝心なこと」と断言する。

南武タイ工場全体と工場内部の写真

若者たちの価値観の変化にどう対応していくべきなのか、時代の変化、人材確保と人材育成にどう取り組んでいくのか。野村が現場に女性技能者を積極的に受け入れたこと、あるいは毎月1回、就業時間中、社員の誕生日会を開催してコミュニケーションを図ることに腐心しているのも、人を重視する野村らしい経営マネジメントの一端と言えそうだ。

その野村も今年で満68歳。長期経営戦略の一環として後継社長の育成も、中小企業にとっては大きな課題でもある。南武は1996年2月、タイに進出した。日本向け標準部品を製造する目的で設立した工場ではあるが、現在では完成品(製品)として、同社の東南アジア市場全域をカバーする海外拠点に成長した。タイ現地法人を切り盛りするのが、野村の次男の伯英。若干34歳の若さだが、一級建築士としてタイ工場を自ら設計した実績もある。

社員48人のうち日本人は社長の伯英を含めわずか2名。野村は経営マネジメントに関する伯英の教育訓練の場として、タイを選んだ節がある。伯英はタイへ赴任する以前、米国の日系自動車メーカーへ単身で定期訪問を繰り返し、日系自動車メーカーの要人と太い絆を作り上げた。取引先の一つU.S.STEEL社の下請"FIVE STAR社"との関係構築にも成功。いまでは総代理店並みのメインテナンス工場として南武の北米事業の一翼を担っている。

南武の次世代をにらみ、グローバル時代に柔軟に対応できる新たな経営資質を確保する。野村の人材育成にかけた思いは、伯英へのバトンタッチによって完結するのかもしれない。(敬称略)

■ プロフィール

野村 和史(のむら かずし)

1938年12月、東京都大田区生まれ。
1961年4月、青山学院大学経済学部を卒業後、南武鉄工(現南武)入社。
1963年12月、本社工場の全焼に伴い退社し、17年間のサラリーマン生活を送った後、1984年に南武に再入社。
1995年6月、父で創業者の野村三郎の死去に伴い社長就任。

■ 会社概要

社名

株式会社南武

創業

1941年8月

設立

1965年12月

代表者

野村 和史

事業内容

特殊油圧シリンダーの製造・販売

資本金

58,000千円

従業員数

127名

本社

東京都大田区萩中3−14−20

掲載日:2007年8月27日