闘いつづける経営者たち
「澁谷梨絵」株式会社シブヤ(第1回)
01.祖父が築いたコメ・雑穀販売の個人商店
東京・銀座の百貨店「松屋」にも出店しているコメ・雑穀卸・小売商のシブヤは、3代目社長の渋谷梨絵さんが全国を奔走して築き上げたコメ産地との信頼関係のもと、「美味しいお米」を求める安定固定客を着々と増やしている。
コメ・雑穀卸・小売商のシブヤのルーツは、戦後の混乱期、渋谷梨絵さんの祖父新太郎さんが千葉県松戸市の北小金に個人商店として開業した酒類・米穀販売の「渋谷新太郎商店」にさかのぼる。
その後、新太郎さんが松戸市議になったため、梨絵さんの父和昭さんが2代目を継承。
新太郎さんが築いた大口納入先、山崎製パンとの関係をベースに、事業欲に燃える和昭さんはさらに業容を拡大、個人商店を法人組織に改組して自ら初代社長に就いた。
時あたかも高度成長期で、和昭さんは伊勢丹松戸店やスーパー各店にも積極出店。時流に乗って不動産事業にも手を広げたが、これが裏目に出る。
1989年にバブル経済が崩壊、とりわけ不動産価格の暴落が傷手となり、本業の米穀卸・小売りと商品事業(食品メーカーからの加工受託)の一部を残して大幅な事業縮小に追い込まれた。
上方のお笑い芸が大好き!
梨絵さんがこの事業縮小と父親の苦悩を目の当たりにしたのは中学・高校時代だった。しかし、天真爛漫に育った梨絵さんはさほどの深刻感を覚えることなく、「上方のお笑い芸が大好き」ということもあって西の学府、関西学院大学(総合政策学部)に進学した。
一時は「芸人と結婚してもいい」くらいにイベントの手伝いや楽屋掃除など“お笑い”に熱を上げていたが、その夢は果たせず、卒業後は大手IT企業に入社した。
「SEとして入社したのですが、仕事が過酷で、木曜日の朝出勤し、帰れたのは金曜日の夜ということもありました。米屋の娘として生まれたのに、まともにご飯も食べられないありさまで、体が痩せていくのに顔はむくむという己の姿に、こんな不健康な生活をしていていいのかと迷っていきました」
松戸市議だった祖父の地盤を継いで父和昭さんも市議となっていたが、梨絵さんが大手IT企業を辞めようかどうしようかと煩悶していた頃に父は2期目の選挙を迎える。しかも和昭さんが癌を患っていたため、家族全員で家業を手伝うことになり、「自分だけが好き勝手をできない」とわずか1年余の勤務で大手IT企業を退社して実家に戻った。それは2002年のことだった。
プロフィール
澁谷 梨絵 (しぶや りえ)
1977年生まれ。関西学院大学を卒業後、2001年に大手IT企業に入社。SEとしての勤務を経て2002年に家業のコメ・雑穀卸・小売商に従事し、2006年にシブヤの代表取締役に就任。現在、伊勢丹松戸店、松屋銀座店に出店し、弁当の製造・販売「和デリ」の店舗も経営する。
お米の3大資格である「5つ星お米マイスター」「雑穀エキスパート」「ごはんソムリエ」を取得する堅実な一方、大の“お笑い”好きで、学生時代にはお笑いイベントの手伝いや楽屋掃除も経験するほどお笑い芸の大ファンだ。
企業データ
- 企業名
- 株式会社シブヤ
- Webサイト
- 資本金
- 1000万円
- 所在地
- 千葉県松戸市小金原4-36-5
- Tel
- 047-341-1211
- 事業内容
- コメ・雑穀の卸・小売、弁当の製造・販売
- 売上高
- 6億円
掲載日:2014年2月10日