ビジネスQ&A
個人事業主の事業承継について、税務上の留意点はありますか?
2021年 8月10日更新
私は従業員3名で内装工事業を営んでおります。年々体力的に仕事が厳しくなってきたので、息子に事業を引き継がせようと考えています。事業の引き継ぎにあたり、税務上留意すべきポイントを教えてください。
回答
株式会社などの法人企業と異なり、個人企業の場合は、事業を承継させた者の廃業手続きと、事業を承継した者の開業手続きが必要になります。
【法人企業と個人企業の違い】
法人とは、法律によって人としての権利能力を与えられた団体で、株主が変わろうが、経営者が変わろうが、その人格は同一です。したがって、法人企業における事業承継では、経営者が変わっても、その法人は、経営者交代前と同一の納税義務者であり続けます。
一方で、個人事業においては、個人が所得税、消費税などの納税義務者となりますので、事業承継前と同一の顧客に対して同一の屋号を用い、同じような商品やサービスを提供している、つまり事業内容は同一であったとしても、あなたはあなた、息子さんは息子さんでそれぞれ別々の納税義務を負うことになります。あなたが事業主として個人事業を主宰していた期間については、あなたがその事業から生じる諸々の納税義務を負い、息子さんが引き継いでから後の期間については、息子さんが納税義務を負うというわけです。
よって、あなたについては廃業にともなう税務上の手続きが必要となり、息子さんについては開業にともなう税務上の手続きが必要になります。
【あなたの廃業にともなう手続き】
(1)所得税
まず、「個人事業の廃業届出書」を税務署に提出する必要があります。また、アパートを経営していて不動産所得があるというようなことがなければ、青色申告を継続する必要がありませんので、「所得税の青色申告のとりやめ届出書」を税務署に提出します。
なお、相続による事業承継の場合には、あなたが亡くなった後4カ月以内に息子さんがあなたの所得税の確定申告(一般に「準確定申告」と言います)を行う必要があります。
(2)消費税
あなたが免税事業者でなければ、税務署へ「事業廃止届出書」の提出が必要です。また、簡易課税制度を適用していた場合には「消費税簡易課税制度選択不適用届出書」、免税事業者であるにもかかわらず、あえて課税事業者を選択していた場合には「消費税課税事業者選択不適用届出書」などがあります。
なお、これらの届出書に「事業廃止の旨」を記載して提出する場合には、前述の「事業廃止届出書」を提出する必要はありません。
【息子さんの開業にともなう手続き】
(1)所得税
まず、「個人事業の開業届出書」を事業の開始等の事実があった日から1月以内に税務署に提出する必要があります。また、青色申告を希望する場合には、原則事業開始日から2カ月以内に「所得税の青色申告承認申請書」を税務署に提出します(ちなみに、1月15日までに事業を開始した場合には、3月15日まで、相続による事業承継の場合は原則あなたが亡くなった後4か月以内など、提出期限に例外があります)。
注意しなければならないのは、あなたが減価償却方法に定率法を選定していたような場合です。所得税では何の届出もしないと減価償却の方法は定額法となってしまいますので、息子さんも継続して定率法を適用したいとすれば、「所得税の減価償却資産の償却方法の届出書」を提出する必要があります。同様に計算方法や納税時期などを納税者が選択できる届出や申請として、「所得税の棚卸資産の評価方法の届出書」、「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書兼納期の特例適用者に係る納期限の特例に関する届出書」「青色事業専従者給与に関する届出書」などがあります。
(2)消費税
個人が事業を開始した場合、2年間は免税事業者となるので、義務的に行うべき手続きはありません。
事業を承継した年に多額の設備投資が予想され、消費税の還付を受けられる見込みがあるような場合は、「消費税課税事業者選択届出書」の提出を検討する余地はあります。
ただし、平成22年4月1日以降に「消費税課税事業者選択届出書」を提出し、一定額以上の設備投資を行った場合、3年間は免税事業者になることや簡易課税制度を適用することができなくなりますので、注意が必要です。
また、相続による事業承継の場合には、承継した息子さんの消費税の納税義務の判定が本問とは異なりますので、注意が必要です。
【個人版事業承継税制について】
あなた個人の事業用資産が多額である場合には、個人版事業承継税制の検討余地があります。
個人版事業承継税制とは、一定の後継者が、先代事業者から事業用資産を贈与又は相続等(注1)により取得した場合に、その事業用資産に係る贈与税又は相続税の納税が猶予され、その後先代経営者や後継者が死亡等した場合に、納税が猶予されていた贈与税・相続税の納税が免除される制度です。
納税猶予を受けるためには、贈与・相続開始前に、「個人事業承継計画」を都道府県知事に提出し、確認を受ける必要があります(注2)。また、贈与・相続開始後に後継者(受贈者)の要件、先代事業者(贈与者)の要件を満たしていることについて都道府県知事より経営承継円滑化法の認定を受ける必要があります。
注意しなければならないのは、贈与や相続の後に事業を廃止するなど納税猶予の要件を満たさなくなった場合には、納税猶予されている贈与税・相続税を納付しなければならないということです。
贈与税や相続税の納税が、その申告時点で免除される制度ではありませんのでご注意ください。
なお、納税猶予を受けるためには、猶予税額相当の担保の提供が必要です。。
(注1)平成31年1月1日から令和10年12月31日までの贈与、相続又は遺贈が対象です。
(注2)平成31年4月1日から令和6年3月31日までの間に確認を受ける必要があります。
- 回答者
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中小企業診断士 野村 幸広