事例で見る課題解決の勘所
求職者に選ばれる企業を目指す
成功のポイント
- 会社の姿を隠さず、求職者に見せる
- 自社が必要とする人材像を明確にする
- 会社を知ってもらう機会を増やす
リクルートワークス研究所の調査では、2020年卒業の大学生の求人倍率は1.83倍と高水準を維持している。少子化に伴い、企業の採用活動は年々厳しくなっている。先行き不透明な景気情勢を反映し、大手企業や官公庁志望といった安定志向の学生も増えているという。
知名度の低い中小企業には、なかなか応募者が集まらない。せっかく採用できても、すぐに辞めてしまう。結果として、採用コストばかりがかさんでいく。
どうすれば、優れた人材を採用できるのか。ここではユニークな採用手法で成長を続けている2社を紹介する。
100人の社員が採用活動に携わる
採用活動に100人以上の社員が関与し、内定を出すまでに学生と社員が30時間以上も面談する——。トヨタ自動車系の販売会社、ネッツトヨタ南国株式会社(高知市)の取り組みだ。人材を大事する同社は、中小企業経営の第一人者といえる坂本光司氏(人を大切にする経営学会会長、元法政大学法政大学大学院政策創造研究科教授)による著書『日本で一番大切にしたい会社2』(あさ出版)にも取り上げられた。
採用活動では、会社訪問に来た学生は、1日に5人ほどの社員と順番にそれぞれ1時間ほど面談する。手が空いている現場の社員が学生と話す形だ。応募してきた学生は1人4~5回訪問してもらうので、20人以上の社員が面談することになる。さらに、採用担当者や幹部社員とも、それぞれ2~3時間の面談がある。面談では、会社の実情を包み隠さず、話すようにしている。いい面ばかりでなく、会社で働くうえでの厳しい面も学生に伝える。
2020年度入社の学生を対象とした採用活動では、会社体験会として「アドベンチャー脱出ゲーム」を開催した。これは、学生3人と社員2人がチームとなり、さまざまな課題をクリアしていくという1日がかりのイベントで、33人の学生が参加して、社員とゲームで親睦を深めた。最後に社員が手作りした料理を振る舞う食事の場を用意。ここで、社員が学生に仕事内容を説明したり、学生からの質問に答えたりした。ある社員は「ここには自分の会社が好きな人が集まっていて、こんなイベントを開催できた。売り上げや利益も大事かもしれないが、私は自社を好きな社員が多い会社がいい会社だと思う」と、学生に熱く語りかけた。
こうした採用活動の企画は、希望するスタッフは誰でも参画できる人財化委員会で決めている。「社員は財産である」という考えから、あえて「人財」という言葉を用いている。会社を学生に説明するイベントについては、「毎年、内容を変えるのが不文律」とネッツトヨタ南国の創業者で、現在は取締役相談役を務める横田英毅氏は笑う。
こうした採用活動を続ける狙いについて、横田氏は「採用のミスマッチをゼロにしたい。入社した人が辞めてしまう理由は、自分が思っていた会社と違うから。そんなことが起きないように、会社の隅から隅まで、とことん見せている」と説明する。
採用に当たって、4回も5回も会社訪問させるとなると、学生が次第に足を運ばなくなりそうだ。横田氏はそれで構わないと割り切っている。「会社が落とすのではなく、学生の意思でネッツトヨタ南国に入ったという形にしたい」。
同時に、横田氏は「学生が自分にとってよりよい就職をできるお手伝いをするという考えが根底にある」と話す。ネッツトヨタ南国の採用活動を経験した学生が、採用担当者からしか話が聞けなかったり、待遇や働きやすさばかりを強調したりする会社をどう感じるか……。
採用に時間と手間をかけることで、結果的に、ネッツトヨタ南国が求めている、自分で判断できる力を持った人材が残るというわけだ。
用活動は、社員にとっても、自分の会社や仕事を改めて見直す機会になる。学生に説明するうえで、会社のビジョンや自分のミッションなどを確認したり、日常の業務を整理したりしておく必要があるからだ。「学生にうまく説明できなかったと反省する社員もいるだろう。でも、その経験が社員の成長につながると期待している」(横田氏)。
この採用方法だと、最後に何人残るかが分からない。一般に、企業は採用計画を立てて、目標とする採用人数を決める。しかし、ネッツトヨタ南国は、採用人数にこだわらない。会社訪問に訪れた学生数は毎年150~160人で安定しており、2018年は3人、2019年は2人を採用した。横田氏は「社員一人ひとりの人間的成長が会社の成長であり、売り上げが増えたり規模が大きくなったりすることは目標であり、成長とは位置付けていない」と言い切る。社員が成長する環境を整えれば、業績は伴ってついてくると考えている。
自社が求める人材を採用できる試験を実施
金属の板を曲げたり折ったりして製品を形づくり、金型不要のモノづくりを実現した会社が、株式会社井口一世(東京都千代田区)だ。「なんとかなる」を社是としており、国内外の大手メーカーが相談に訪れる。
工場は埼玉県所沢市にあり、そこでは社員の約7割を占める文系出身の女性従業員がレーザー加工機を操作している。「会社が求める能力やスキルを持つ人材を採用する試験を実施した結果として、文系の女性が増えた」と、社長の井口一世氏は話す。採用試験を受ける学生は、2018年は600人ほどで、男女比は5:5だった。
同社の採用では、「概念化能力」を重視している。概念化能力とは、あらゆる情報から物事の本質を捉えて問題を解決する力を指す。「これまでにないモノづくりをしているため、お客様の要望を明確に把握する、上司の指示をきちんと理解できる、研究開発のポイントをしっかり押さえるといった才能が大事になる」(井口氏)。
具体的には、5つのステップで採用活動が進む。まずIQ(知能指数)テストとトランプテスト。次に「アセスメント」と呼ぶ、グループディスカッションと逆面接テスト。その後に、計算力と文章力を見る適性検査。そして役員面接とEQ(情動指数)テストを経て、最後に社長面接がある。ちなみに、学歴は不問だ。
トランプテストは、4つのマークごとにカードを並べ、そのタイムを測る。「手際がいいか、効率のいい置き方を考えているかといった点を見ている」と採用を担当する金澤佑未氏は話す。間違って置いてもそのままにしていたり、丁寧に積み上げたり、その人の個性もよく分かる。
グループディスカッションでは、4~7人を1組として、1時間で2つのテーマについて議論させている。課題はA4判で2枚にわたる。この文章から問題点を読み取ったうえで、解決策を話し合うので、同社が重視する「概念化能力」が顕著に見えてくる。
逆面接テストとは、学生が10分間で相手を説得するというもの。「社長を退任してもらう」という具合に、相手が簡単に応じそうにないテーマを設定して、学生がどう解決しようとしているのか、そのプロセスを見る。「10分間しゃべり続けている学生もいるし、黙って頭を下げるだけの学生もいる。何でもあり、ですよ」(井口氏)。
金澤氏も、文系出身の女性だ。就職情報サイトで井口一世という会社を発見したのがきっかけだ。「今までの経験や性別に関係なくその人の適性に応じて配属して、複数の職種を兼務できる」という会社紹介に興味を持って説明会に足を運んだ。
技術職は、理系しか受け付けていない会社も少なくない。このため、「小説『下町ロケット』に憧れて製造業を考えたけれども諦めていた」という文系出身の女性が入社したケースもある。
屈指の技術力で業界では著名な同社だが、学生の間ではまだまだ知られてはいない。そこで、国や自治体が開催する学生とのマッチングイベントに積極的に参加したり、社員の出身大学の教授を通じて会社見学会を開催したりして、認知度を高める努力をしている。また、自社サイトには、メディアに記事として取り上げられたり、「平成30年度東京都女性活躍推進大賞 特別賞受賞」「はばたく中小企業・小規模事業者300社に選定される」「平成29年度 新・ダイバーシティ経営企業100選に選定される」などの表彰を受けたりした情報を掲載している。「就職先として安心してもらえる会社であることを示したい」という井口氏の考えがある。
中途採用でも考え方は変わらない
即戦力として中途採用に期待する中小企業も増えている。このときも、採用の考え方は新卒と同じだ。会社をしっかりと理解しているか、自社が求める人材像に合っているか。その人材の過去の実績や能力だけで判断すると危険だ。中途採用者が自分のやり方を押し付けようとして現場とあつれきが生じたり、指示を出すだけで自らは動かないために現場の反発を招いたりといったトラブルが起こることもある。
こうしたリスクを抑える手法として、社員に人材を紹介してもらう「リファラル採用」がある。中途採用者は、社内の事情に詳しい社員を通じて業務内容や社風などを知ったうえで入社するので、ミスマッチを未然に防げる。
そのために経営者は、社員が誇りを持って働く環境を整える必要がある。そうでなければ、社員も知人に自社を紹介しようとは考えないからだ。さらに、人材を紹介した社員への報奨など仕組みとして整備しておくといいだろう。
企業データ
- 企業名
- ネッツトヨタ南国株式会社
- Webサイト
- 設立
- 1980年
- 従業員数
- 142人
- 代表者
- 伊藤 俊人
- 所在地
- 高知県高知市南川添4-28
企業データ
- 企業名
- 株式会社井口一世
- Webサイト
- 設立
- 2001年
- 従業員数
- 46人
- 代表者
- 井口一世
- 所在地
- 東京都千代田区飯田橋4-10-1