法律コラム
フリーランス保護新法(第4回)ーハラスメント対策に係る就業環境の整備ー
2024年 10月 30日
最終回となる第4回では、「ハラスメント対策に係る就業環境の整備」について解説を行います。尊厳や人格を傷付けるような行為は、いかなる場合であっても許されません。特定受託事業者たるフリーランスが最大のパフォーマンスを発揮できるように適切な就業環境を整備しましょう。また、当コラムではフリーランス保護新法における違反行為への対応についても解説を行っています。併せて確認することで、より知識を深めてください。
1.ハラスメント対策とフリーランス
労働施策総合推進法によるパワーハラスメント対策は、2020年6月から大企業に対して義務化されました。適用を猶予されていた中小企業も2022年4月からは、義務化の対象です。そのため、現在では企業規模を問わず、全ての企業において「パワハラ」を防止するための体制整備が義務付けられています。また、男女雇用機会均等法や育児介護休業法においても、「セクハラ」や「マタハラ」に関する規定が置かれています。
労働施策総合推進法等によるハラスメント対策は、あくまでも企業において働く労働者を保護するためのものであって、フリーランスを対象としたものではありません。しかし、発注事業者が優越的な立場を利用して、フリーランスに対するハラスメント行為に及ぶことも珍しくありませんでした。そこで、フリーランス保護新法に規定を設けることで、特定業務委託事業者たる発注事業者に、ハラスメント対策に係る体制整備義務を課したわけです。
2.第14条の目的
フリーランス保護新法では、第14条において「ハラスメント対策に係る体制整備義務」を定めています。この規定によって、フリーランスがセクハラやパワハラなどのハラスメントなどから守られ、適切な就業環境で業務を行うことが可能となっています。
ハラスメント行為により引き起こされる就業環境の悪化や心身の不調、事業活動の中断・撤退を防止することを目的として置かれた規定です。尊厳や人格を傷付けるような行為は、倫理的に許されないだけでなく、心身の不調を引き起こすなど、多大な損失をフリーランスに与えます。労働者と同様にフリーランスをハラスメント行為から保護することは、極めて重要であるといえるでしょう。
第14条におけるハラスメント行為とは、「セクハラ」や「パワハラ」だけでなく、妊娠・出産等に関するハラスメント、いわゆる「マタハラ」も含まれます。また、ハラスメントとは、特定業務委託事業者の従業員や代表者が行うものを指すとされています。発注事業者が企業であれば、社長等の代表者だけでなく、従業員の行為もハラスメントになり得るわけです。
3.特定業務委託事業者が講ずべき措置
特定業務委託事業者たる発注事業者は、ハラスメント行為によって、フリーランスの就業環境が害されることのないよう、相談対応のための体制整備やその他の必要な措置を講じなければなりません。第14条では、特定業務委託事業者たる発注事業者が講ずべき措置や、禁止される行為など、具体的な義務内容が定められています。発注事業者に課せられる具体的な義務を見ていきましょう。
(1)ハラスメントを禁止する方針の明確化及び従業員に対する方針の周知・啓発
ハラスメントを許さない旨の方針を明確にし、その方針を従業員に周知・啓発しなければなりません。具体的な対応としては、社内報の配布や社内研修会の実施などが考えられます。
(2)ハラスメントを受けた者からの相談に適切に対応するために必要な体制の整備
ハラスメント被害の相談に対する適切な対応が可能な体制を整備することが必要です。社内における相談担当者を定めたり、外部機関へ相談対応を委託したりするなどの対応が考えられます。
(3)ハラスメントが発生した場合の事後の迅速かつ適切な対応
ハラスメント行為があった場合には、当該事案の事実関係を把握するだけでなく、被害者に対する配慮措置を講ずるなど、事後の迅速かつ適切な対応が求められます。
上記の措置は、発注事業者が男女雇用機会均等法等の労働関係法令に基づき講じることが必要な従業員のハラスメント対策と同様の内容です。そのため、既に整備済みの社内における相談体制やツール等を活用することも可能です。
また、発注事業者は、フリーランスがハラスメントに関する相談を行ったこと等を理由として不利益な取扱いをしてはなりません。フリーランスが相談窓口を利用したことを理由として、報酬の減額や、契約の解除等の不利益な取扱いがなされる恐れがあるため、このような規定が置かれています。同様の規定は、パワハラ対策を定める労働施策総合推進法や、セクハラ対策を定める男女雇用機会均等法などにも置かれています。
4.違反行為に対するフリーランスの対応
これまでのコラムで解説してきた通り、フリーランス保護新法では、発注事業者とフリーランスの取引を適正化するために、様々な義務が発注事業者に課せられています。しかし、発注事業者が同法規定の義務を守らないことも考えられます。そのような場合に、フリーランスはどのような対応を取れば良いのでしょうか。違反行為への対応について見ていきましょう。
(1)フリーランス・トラブル110番
2020年11月からフリーランスと発注事業者等との取引上のトラブルについて、弁護士にワンストップで相談できる窓口として、「フリーランス・トラブル110番」が設置されています。フリーランスは、フリーランス保護新法施行後、フリーランス・トラブル110番に同法に関する相談を行うことが可能です。アドバイスを受けることができるほか、必要に応じて所管省庁に対する法違反の申告についての案内を受けることも可能となっています。
フリーランス・トラブル110番では、発注者が消費者である場合など、フリーランス保護新法の対象とならない取引についても相談が可能です。また、相談の内容がフリーランスからの契約解除、発注事業者からの損害賠償請求、フリーランスの労働者性など、法に定めのない事項である場合にも対応しています。
(2)違反があったことを申告する
フリーランス保護新法では、特定業務委託事業者に以下のような義務を課しています。
- 取引条件の明示義務(3条)
- 報酬期日の設定と期日までの支払義務(4条)
- 受領拒否・減額等の行為の禁止(5条)
- 募集情報の的確表示義務(12条)
- 育児介護等と業務の両立に対する配慮義務(13条)
- ハラスメント対策に係る体制整備義務(14条)
- 中途解除等の事前予告義務(16条) など
発注事業者は上記の義務を遵守したうえで、フリーランスと取引しなければなりません。しかし、発注事業者が義務違反を犯すことは当然想定されます。そのような場合に、違反行為を受けたフリーランスは、公正取引委員会や中小企業庁、厚生労働省に申告することが可能です。この申告は、前述のフリーランス・トラブル110番を経由することも可能ですが、所管省庁に直接申告することも可能となっています。
申告を受けた行政機関は、違反事業者に対し、申告内容に応じた以下の対応を取るとされています。
- 報告徴収・立入検査
- 指導・助言
- 勧告
- 勧告に従わない場合の命令・公表
命令違反には50万円以下の罰金が予定されています。また、フリーランスが公正取引委員会や中小企業庁、厚生労働省の窓口に申告したことを理由として、発注事業者は不利益取扱いをしてはなりません。
5.まとめ
フリーランス保護新法が施行されることで、発注事業者には様々な義務が課せられることになります。そのことを嫌い、フリーランスとの取引に慎重になる事業者も存在するかも知れません。しかし、働き方の多様化を受けて増加するフリーランスとの取引は、これからのビジネスにおいて不可避であるといえるでしょう。また、法違反を犯し、企業名が公表されるようなことがあれば、フリーランスから敬遠され事業が立ち行かなくなる恐れもあります。
フリーランス保護新法を遵守し、働きやすい環境を整備すれば、フリーランスも十全のパフォーマンスを発揮できるようになります。高いパフォーマンスを発揮するフリーランスは、自社に大きな利益をもたらすことになるでしょう。フリーランス保護新法の施行を負担の増加と捉えず、取引を適正化する機会であると捉えてみてはいかがでしょうか。当コラムが、フリーランスとの適正な関係構築の一助となれば幸いです。
監修
涌井社会保険労務士事務所代表 社会保険労務士 涌井好文