法律コラム
フリーランス保護新法(第3回)ー募集情報の的確な表示ー
2024年 10月 11日
当コラムでは、フリーランス保護新法における「募集表示の的確表示義務」についての解説を行います。募集において示された条件と実際の条件が異なる場合は、フリーランスとの間でトラブルが発生してしまいます。的確表示義務を理解することで、トラブルの発生を未然に防いでください。
当コラムでは、募集表示の的確表示義務と併せて、「育児介護等と業務の両立に対する配慮義務」についても解説を行います。いずれもフリーランスとの取引を適正なものとするために重要であるため、しっかりと把握しておきましょう。
1.職業安定法による規制とフリーランス
今日では、インターネットなどの広告を用いて、求人情報や求職者情報、求人企業に関する情報などが、求職者に提供されることも珍しくありません。そのような情報を提供する求人企業や、募集情報等提供事業者(求人メディア等)には、職業安定法の規定によって、以下のような的確表示の義務が課せられています。
ア 正確かつ最新の内容に保つための措置を講じること
イ 虚偽の表示・誤解を生じさせる表示をしてはならないこと
不正確な情報や古い求人情報が掲載されていれば、求職者は安心して求人に応募することができません。虚偽の内容や実際よりも良い条件であるように誤認させる内容が表示されていれば、求職者との間でトラブルとなってしまうこともあります。なお、人材紹介会社などの職業紹介事業者にも同様の義務が課せられています。
職業安定法は、企業に雇用されて働くことを考えている求職者が、安心して求職活動を行うことができる環境を整備するための法律です。そのため、企業に雇用されていないフリーランスに対しては、職業安定法による保護は及びません。しかし、フリーランスとの取引に際して、不正確な情報の提供や、誤解を生じさせるような表示があることも事実です。実際の報酬額よりも意図的に高い額を表示するような事業者もいるかもしれません。そのため、別の形で的確表示を義務付けることが必要となり、フリーランス保護新法によって、その実現が図られることになりました。
2.募集情報の的確表示義務
フリーランス保護新法第12条においては、「募集表示の的確表示義務」が定められています。広告等に掲載された募集情報と実際の取引条件が異なることにより、発注事業者とフリーランスとの間で発生するトラブルを防ぐことが目的の規定です。また、フリーランスがより希望に沿った別の取引を行う機会を失ってしまうのを防ぐこともその目的としています。
(1)的確表示義務の内容
特定業務委託事業者たる発注事業者は、広告等によって、特定受託事業者たるフリーランスに募集情報を提供するときは、当該情報について、以下の義務を果たさなければなりません。
ア 虚偽の表示又は誤解を生じさせる表示をしてはならない
イ 正確かつ最新の内容に保たなければならない
同規定における「広告等」とは、新聞、雑誌その他の刊行物に掲載する広告、文書の掲出又は頒布その他厚生労働省令で定める方法です。また、「募集情報」は、業務の内容その他の就業に関する事項として、政令で定める事項に係るものに限るとされています。政府の説明資料によれば、政令で定める事項として、以下のような内容が想定されるとしています。
- 委託者の情報に関する事項
- 報酬に関する事項
- 就業の場所や期間・時期に関する事項 など
(2)法違反となる例
業務委託であれば、全てが的確表示義務の対象となるわけではありません。的確表示義務の対象となるのは、不特定多数に対して、広告等を利用して提供される募集情報となります。そのため、特定個人との交渉において提示される募集情報は、的確表示義務の対象とはなりません。
義務の対象となる募集情報であっても、当事者間の合意に基づき、広告等に掲載した募集情報から実際に契約する際の取引条件を変更する場合には、法違反とはなりません。法違反となるのは、以下のような場合です。
- 意図的に実際の報酬額よりも高い額を表示する(虚偽表示)
- 実際に募集を行う企業と別の企業の名前で募集を行う(虚偽表示)
- 報酬額の表示が、あくまで一例であるにもかかわらず、その旨を記載せず、当該報酬が確約されているかのように表示する(誤解を生じさせる表示)
- 業務に用いるパソコンや専門の機材など、フリーランスが自ら用意する必要があるにも関わらず、その旨を記載せず表示する(誤解を生じさせる表示)
- 既に募集を終了しているにもかかわらず、削除せず表示し続ける(古い情報の表示)
報酬額を偽るのはもちろんのこと、グループ企業である著名な企業名を用いて募集したり、フリーランスが負担すべき額を明示しなかったりした場合にも法違反となります。最新の情報に保つことと併せて注意しましょう。
また、上記の法違反となる事例は、あくまで一例です。今後、フリーランス保護新法に基づき、厚生労働大臣が定める指針において明確化を図っていくとされているため、最新の情報を収集することを欠かさないようにしてください。
3.労基法や育児介護休業法による両立支援とフリーランス
労働基準法第67条では、生後満1歳に達しない子を養育する女性が請求した場合には、1日に2回、少なくとも各30分の育児期間を請求することができるとしています。また、育児介護休業法第23条では、3歳未満の子を養育する男女労働者が請求した場合には、短時間勤務制度を設けなければならないとしています。
他にも育児介護休業法では、以下のような育児と仕事の両立支援制度が設けられています。
- 所定外労働の制限(育児介護休業法第16条の8)
- 子の看護休暇(育児介護休業法第16条の2、第16条の3)
- 時間外労働・深夜業の制限(育児介護休業法第17条、第19条) など
介護についても同様に、介護休暇の制度などを設けて、仕事との両立を支援しています。家庭と仕事を両立させ、ワークライフバランスの実現を図ることは、多様な働き方を実現する意味でも重要です。このことは、フリーランスであっても変わることはありません。
しかし、労働者ではないフリーランスは、労基法や育児介護休業法による両立支援の対象とならず、ワークライフバランスの実現が困難な状態でした。そのため、フリーランス保護新法によって、「育児介護等と業務の両立に対する配慮義務」が定められ、その保護が図られることになりました。
4.育児介護等と業務の両立に対する配慮義務
フリーランス保護新法第13条には、「育児介護等と業務の両立に対する配慮義務」が定められています。フリーランスの多様な希望や働き方に応じて、発注事業者が柔軟な配慮を行うことを義務付けています。同規定は、フリーランスが、育児介護等との両立を図りながら、その有する能力を発揮し、業務を継続できる環境を整備することを目的とした規定です。
(1)具体的な配慮義務
発注事業者は、継続的業務委託について、フリーランスからの申出に応じて、育児介護等と業務を両立できるように必要な配慮をしなければならないとされています。具体的な配慮の内容や考え方ついては、厚生労働大臣が定める指針において明確化するとされていますが、以下のような対応が考えられます。
- 妊婦検診の受診のための時間を確保や就業時間の短縮
- 育児や介護等と両立可能な就業日や就業時間の調整
- オンライン業務への変更
フリーランスが、「育児のために就業日を変更したい」と申し出た場合には、発注事業者はフリーランスと交渉のうえで「〇曜日に就業日を変更する」といった対応をしなければなりません。ただし、この配慮義務は申出の内容を検討し、可能な範囲で対応を講じることを求めるものです。そのため、申出の内容を必ず実現することまでを求めるものではないことに留意が必要となります。
(2)配慮義務の対象
配慮義務の対象は全ての業務委託ではなく、政令で定める期間以上の継続的業務委託となります。期間を限定しているのは、一定期間継続して取引をしている発注事業者に対しては、フリーランスの業務における依存度が高まると考えられることがその理由です。
また、継続的業務委託以外の業務委託に関しては、配慮義務ではなく「配慮の努力義務」が課されています。なお、この政令で定める期間については、フリーランス取引の実態に即した期間の設定を検討していくとされているため、最新の情報を把握するように努めてください。
5.義務違反とならないように注意を
正確な募集情報が表示されていなければ、フリーランスは安心して取引に臨めません。また、フリーランスであっても、家庭と仕事の両立を図ることはワークライフバランスの実現の観点から重要です。適正な取引と多様な働き方実現のためにも、当コラムで紹介した2つの義務を守り、フリーランスとの良好な関係を構築しましょう。
監修
涌井社会保険労務士事務所代表 社会保険労務士 涌井好文