経営ハンドブック
M&Aの活用法
機密性を確保しながら、広く譲渡先を探す
日本でも欧米並みにM&A(合併・買収)が経営戦略の1つとして広がっている。「中小企業白書2018」によると、東証一部に上場している中小企業向けM&A仲介会社3社の、2017年の成約数は合計526件で、5年前と比べると約3.5倍に達している。そのほとんどは友好的なM&Aとみられる。この背景には、社長の高齢化と後継者難という問題がある。ここでは、会社を売る側、会社を買う側がM&Aを成功させるために注意すべきポイントを解説する。
M&Aを成功させるポイント
- 売る側は、目的を明確にする
- 買う側は、統合効果を急がない
- 売買情報の漏洩に注意する
1.売る側は、目的を明確にする
後継者不在、業績不振だからといって、すぐに廃業という選択肢を取るのは避けたい。従業員やその家族、取引先などに迷惑をかけるからだ。人手不足に対応したり事業展開のスピードを加速するため、M&Aで人材や製品、技術などを求めている企業がある。
会社の売却を決めたときに大事なことは、売る目的を明確にすることだ。「従業員の雇用を守りたい」「会社のブランドを残したい」「事業を拡大させてほしい」「負債を肩代わりしてほしい」……。目的をピックアップして、優先順位をつけておく。
そのうえで、買収を希望する経営者と話をする。自分の目的と合致する価値観や将来展望を持っている熱意ある経営者と出会えれば、お互いに納得できるM&Aが実現する可能性が高まる。
2.買う側は、統合効果を急がない
「取り扱い商品や販路を広げたい」「規模を大きくしてコストダウンを実現したい」「新規分野に進出したい」……。成長意欲のある中小企業経営者にとって、M&Aは重要な経営戦略になっている。「中小企業白書2017」によると、買収先を見つけたきっかけとして、金融機関や仕入先・協力会社、専門仲介機関といった第三者から紹介されたケース(42.3%)、相手先から直接売り込まれたケース(30.2%)、自社で相手先を見つけたケース(27.5%)となっている。
しかし、買収先の従業員が離反してしまって、十分な統合効果を得られていないといった失敗例もある。中小企業同士のM&Aは、トップ同士が意気投合して話が決まることが少なくない。買収によって人事や賃金などの制度を買う側の会社とそろえるといった変更について、買収先の従業員への説明が不足していると、M&Aに現場が反発するなどトラブルが生じる。買収を成功させている会社の経営者には、M&Aの最終決定前に従業員とも面談する場を設けるようにしている人もいる。
買う側は「高いお金を払ったから」「手柄を立てたい」と、少しでも早く統合効果を出そうとしがちだ。しかし、買収先の従業員の気持ちを無視して事業はうまくいかない。買収前には見えなかった問題点が出てくる場合もある。買収先の社風や慣習も大切にしつつ、時間をかけて融合していく心構えが必要だ。
3.売買情報の漏洩に注意する
M&Aの流れを大まかに整理しておこう。
売る側は、まずM&Aのタイミング、売却の希望金額、売る目的などを確認しておく。それから、相手探しだ。事業引継ぎ支援センターといった公的機関、金融機関や専門仲介機関、M&Aに詳しいコンサルタントなどを活用するのも手だ。候補先が見つかったら、詳細な条件交渉や契約は、M&Aに詳しい弁護士やコンサルタントに任せる。経営者としては、売却候補先経営者の価値観や熱意など人柄を確認しておく。
買う側は、買収先に対して専門家による投資対象の価値やリスクを調査するデューデリジェンスを実施する。会社の価値がどのぐらいか、法令順守の観点などでリスクはないかといった調査だ。また、買収先の取引先などからも、与信情報などを集めておくといい。
お互いがM&Aに合意したら、詳細な条件を詰めていく。最終契約調印をもって、会社の引き渡しと代金の決済がなされる。これで、M&Aの完了だ。
交渉期間中に注意しなければいけない点は、売買交渉の情報の漏洩だ。風評が流れてしまい、売る側も買う側も、現場の活動に悪影響を及ぼしたり従業員が離職してしまったりする失敗例もよくある。
M&Aには、いくつかの手法がある(下図参照)。自社にとってどの手法が最適か、売却条件や買い手の状況を考えて、専門家と相談して決めるようにしよう。
M&Aで用いられる手法
- ◎株式譲渡
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会社の株式を買い手に譲渡する
- ◎営業譲渡
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会社の全部または一部の事業(事業資産や従業員、取引先との契約等)を買い手に譲渡する
- ○増資
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増資を行って買い手に株式を割り当てる
- ○合併
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買い手の会社と合併する
- ○分割
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会社の一部を別会社に分割して買い手に譲渡する
- ○株式交換
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会社の株式を買い手の会社の株式等と交換する
事例 広く買い手を募り、早期M&Aを実現
自動車販売や自動車整備を行う有限会社いばら(新潟市、従業員7名、資本金300 万円)は、親族や社員への引き継ぎを検討したが希望する者がなく、社外の第三者への譲渡を模索した。最適な譲渡先を探すために広く情報を集めることとし、取引先の同業や銀行、損害保険会社の担当者などに相談したほか、M&A仲介業者と連携する税理士の勉強会にも参加した。
この結果、損害保険会社の担当者経由で、譲渡先となる人物を紹介してもらうことができた。M&Aの手続きに当たっては、税理士の支援を受けた。一連の手続きを2カ月という短期間で完了できた。
引き継いだ新経営者はショールームのレイアウトを変え、新たにリースの商品を増やすなどして、より顧客に満足してもらえる取り組みを進めるなど、順調に事業を運営できている。
参考資料
中小企業庁「中小企業白書2019」
中小企業庁「経営者のための事業承継マニュアル」