中小企業の海外展開入門
「法本胡麻豆腐店」胡麻とうふを通じ日本の食文化を世界に
長崎で有名な食品と言えばカステラ、ちゃんぽん、角煮などを思い浮かべる人が多いが、胡麻とうふの歴史は古く、黄檗宗の開祖である隠元禅師が1654年に長崎へ渡来し、興福寺住職として滞在した折に伝えられた。
長崎の胡麻とうふには焙煎した胡麻と砂糖が使われているため、「茶色くて、甘い」という特徴がある。長崎の出島は外国との貿易の唯一の窓口であり、大変高価であった砂糖も比較的入手しやすかったことから菓子だけでなく料理にも砂糖が使われていた。
そのような歴史的背景を持つのが長崎の胡麻とうふ。そして胡麻とうふは、今、日本の食文化の1つとして海外に流通している。
作り手のこだわり
有限会社法本胡麻豆腐店は、1952年に長崎県佐世保市で創業した。現社長の法本憲一郎氏は3代目。創業当時と全く同じ製法で胡麻とうふを作り続けている。法本胡麻豆腐店では、自家焙煎した胡麻を石臼で擦り、ペーストを作って胡麻とうふを作っている。これは葛餅やわらび餅と同じ製法だ。焙煎することで香りも強くなり、砂糖を使うことで甘味もあるというのが特徴であり、お菓子感覚で食べられる商品にもなっている。
法本胡麻豆腐店の胡麻とうふには添加物が一切含まれておらず、原料にも非常にこだわっている。胡麻は世界中から厳選したものを取り寄せている。砂糖は上品な甘さで栄養価も非常に高い鹿児島県喜界島産のサトウキビを煮詰めて乾燥させたものを使い、塩は長崎県五島産の天日塩。本葛粉は九州の山野に自生する葛根を掘り起こし、清冽な水だけで何度もさらすという手作業で作られたものを使用している。本葛粉は白いダイヤと言われるほど高価なものであり、本葛を使った胡麻とうふは他ではほとんど見られない。
県外の消費者に鍛えられる
創業当時は朝市で販売していたが、ピーク時に200店舗ほどが軒を連ねていた朝市も大手スーパーの出店により店舗数が激減し、それに伴い法本胡麻豆腐店の売上も減少してきた。原材料と製法にこれだけこだわって製造すると価格も高くなるが、地元ではそのこだわりをなかなか理解してもらえなかった。朝市だけで商売が成り立ちにくくなったこともあったが、こだわって作った商品を受け入れてもらえるマーケットを求め、関東や関西に進出することを決めた。
最初は高級スーパーに営業したり、商品を知ってもらうために展示会などにも積極的に出店していった。しかし、長崎に胡麻とうふのイメージを持つ人は少なかった。そこで胡麻が好きだった利休にひっかけて「利久豆腐」と名付けてみた。商品名を変えたことで、高級スーパーのバイヤーの目に留まり、品質の高さが認められて店舗に並ぶようになった。高級スーパーのある店舗では月5,000個ほど売れたという。
その頃、営業先の人から「よい食品づくりの会」を紹介された。安心・安全で添加物を使用しない食品を作っている会社が集まった会だ。「どうせ胡麻とうふをするのなら、勉強したらどうか」ということで勧められたのだ。それまでは、要望したものを持ってきてもらって製造していたが、入会したことで原料の産地や作り手を見る必要があると気づき、原料にもこだわるようになった。本葛粉100%の商品を作るようになったのはその頃だ。
県外に商品を流通させるようになってから、「胡麻とうふが甘い」「苦い」などのクレームが寄せられたが、商品自体に問題はなかった。また、催事販売においても試食をした消費者からも同様の声が寄せられた。最初は消費者の言葉1つひとつにショックを受けていたが、しばらくしてそれが地域による味覚の違いだったことに気付いた。
そこで白胡麻や黒胡麻を使った胡麻とうふを作るようになった。同じ胡麻でも焙煎するかどうかで味が異なる。地域や好みなどに合わせて作ることで、自然と商品のバリエーションが広がり、気づくと胡麻とうふだけで30種類にもなっていた。
中でも、素材にこだわって作っているのは、本わらび粉で作る胡麻とうふだ。本わらび粉は大変高価なものであり、それを使用した胡麻とうふは滅多に見かけない。あまり多く生産できないこともあり、都内の数か所の取引先にのみ卸している。
催事でブースに立ち寄ってくれた消費者の中には、商品についてアドバイスをしたり、「美味しかった」とわざわざ電話でお礼を伝えたりする人もいるというが、その言葉が法本社長の活力になっている。
最近では県外での評判を聞きつけた地元のバイヤーが訪ねてくるようになり、地元の佐世保でもさまざまな店に商品を置いてもらえるようになった。少しずつではあるが、全国で認められるようになったという手ごたえを感じている。
長崎の胡麻とうふが海を渡る
5年ほど前に出展したある展示会の会場で、海外進出支援機関の担当者に海外展開を勧められた。胡麻とうふは賞味期限の長い常温タイプと1年間は風味が落ちない冷凍タイプがあるため、商品の輸送や品質面で海外展開のハードルはない。海外のマーケットについて十分な理解があったわけではないが、商談会に出かけ海外のバイヤーとの商談を重ねた。
日本の商談と同様すぐに発注があるわけではない。商談で非常に好感触のバイヤーからは注文がない一方、無愛想なバイヤーから注文が入ったりする。こちらが忘れかけた頃に注文が入ることも多々ある。これらは日本の商談と変わりがないという。
現在は香港、上海、シンガポール、ホノルル、フランス、ロンドンの6つの都市で法本胡麻豆腐店の胡麻とうふ、黒胡麻とうふ、焙煎胡麻とうふ、落花生とうふ、ごとうふの5種類が流通している。小売店で販売されるだけでなく、高級レストランやホテルでも利用されている。海外で最も人気があるのは、食べやすいと評判の胡麻とうふで、次いでごとうふだ。場所によっては焙煎胡麻とうふや黒胡麻とうふを購入する地域もある。パッケージは日本語にこだわり、裏表示以外は日本と同じものにしている。
アジアと欧米では好みが違う。アジアでは朝から豆乳が飲まれるため、豆乳を葛で固めたごとうふの人気が高い。モチモチした触感で豆乳の味がするので、胡麻とうふを食す習慣はなくとも受け入れやすいようだ。
上海とシンガポールのレストランでは、胡麻とうふの上にイクラやキャビアを乗せて提供されているが、とうふよりも高級感ある食材として胡麻とうふは使われている。
日本食はヘルシーというイメージがあり人気も高いため、最近では日系デパート以外にも商品が並ぶようになった。海外のスーパーでは日本の販売価格の3倍程度の値段で販売されているが、発注が途切れることはないという。
ヨーロッパには常温の商品を送っているが、落花生とうふ以外の商品がロンドンやパリの小売店で販売されている。ヨーロッパではとうふが流通するようになって間もないこともあり、まだ大都市にしか流通していない。馴染みやすいのはアジアだと感じている。そこで、アジアにおける情報の発信拠点である香港とシンガポールで浸透させたいと考えている。両国のバイヤーには、商談会で積極的にアプローチし、販路拡大を目指している。
商談に来る海外のバイヤーの中には、日本食についてまったく知識がない人もおり、日本の伝統的な製法で作られた食品を味わってほしいという思いは強い。取引先数は徐々に増えてきており、今後も増えていくという手ごたえを感じている。食べてもらって美味しいと言ってもらえることも増え、こだわりは世界に通用すると感じている。
信念を持ってチャレンジし努力をし続けてきた法本社長
法本社長は、「一歩踏み出したら何かが変わる」という信念を持って、新たなことにチャレンジしてきた。壁にぶつかることもあるが、多くの人との出会いに支えられ乗り越えてきたという。ステップアップしていくと最初の壁の低さを感じる。そのチャレンジをし続けることで視野が広がり可能性が生まれる。努力し続けることで結果がついてくるということを痛感しているという。
長崎の胡麻とうふをもっと多くの人に知ってもらいたい、という熱い想いは必ず世界中の人に伝わるに違いない。
企業データ
- 企業名
- 有限会社法本胡麻豆腐店
- Webサイト
- 代表者
- 法本 憲一郎
- 所在地
- 長崎県佐世保市黒髪町627-2
- 事業内容
- 製造業(胡麻豆腐)小売業