ビジネスQ&A
中小企業でも取り組みやすく、効果を上げやすい働き方改革の方法について教えてください
2022年 12月 21日
日々の業務に追われていて働き方改革がなかなか進みません。中小企業でも取り組みやすく、効果を上げやすい働き方改革の方法について教えてください
回答
働き方改革は、「経営層の決断」と「従業員の協力」の両輪がバランスよく回らないと進みません。経営層と従業員がそれぞれ当事者意識を持ち、両者で「今、なぜ、何をするのか」を明確に定義することから始めてみましょう。その過程で会社の「良いところ」「悪いところ」を忖度なしに明らかにすると、各社に適した働き方改革の方向性が見えてくると思います。
中小企業の働き方改革がなかなか進まない理由
厚生労働省の特設サイトでは、働き方改革を「働く方々が個々の事情に応じた多様で柔軟な働き方を自分で『選択』できるようにするための改革」と紹介しています。具体的には、労働時間の適正化や女性管理職の登用、出産育児介護等の福利厚生制度の充実、業務効率化に向けたITツールの導入など、多方面から労働環境の改善が進むよう、関連法案の一部改正が一斉に行われました。このような改革を進める背景には、日本企業の生産性の低迷や高い離職率、海外企業と比較した時の競争力の低下などがあります。加えて、今後さらに深刻化する労働人口の減少に備えるためにも、これまで優秀とされてきた日本の労働習慣にメスが入れられたわけです。
2019年4月より関連法案の一部が施行されたことで本格スタートとなり、翌20年以降は中小企業への適用も始まりましたが、現在までのところ中小企業の進捗は芳しいとはいえません。その要因として考えられるのが、日本の中小企業経営では、海外に比べても創業者の思いが強く反映される傾向がある点です。海外の企業では、事業が安定期を迎えた段階で経営の主導権をプロに任せることも珍しくありません。
では日本の中小企業の場合はどうでしょう。自社について何も知らない外部の専門家の意見よりも、過去の成功体験や長年の経験を優先してしまうようなことはないでしょうか。当然、その選択が功を奏すケースもありますが、結果的に新しい経営手法を導入する時期を逸しているケースが多いように見受けられます。働き方改革は、中小企業にとっても自社の課題を見つめ直し、経営基盤を強固にするチャンスです。人材確保面、業務効率化、企業価値の向上など多くの効果も期待できますので、ぜひこの機会に自社にとって必要な改革や施策を見出し、企業の魅力アップにつなげていただければと思います。
働き方改革に欠かせない4つのステップとは
では、中小企業が働き方改革を円滑に進める方法について考えていきましょう。そのステップは、大きく4段階に分けることができます(上図)。
ステップ1は、「自社に働き方改革が必要かどうかを確認する」ことになります。企業の大小を問わず「働き方改革ありき」で考えることが、必ずしも正解とは限りません。働き方改革は、前述したように生産性や離職率、競争力などの課題を解消するための手段であるため、そこに課題を感じていないのであれば、必要なのは別の改革かもしれないわけです。働き方改革にとらわれず、まずは「自社には今何が必要なのか」といったことを改めて考えてみてください。その結果、時間のロスや無駄が多く生産性を下げているのであれば、働く場所や時間を是正するような改革が、離職率や社員の定着率に問題があるなら従業員満足度向上につながる施策が、それぞれ必要ということに気づくことができます。
上記のステップ1を経て、働き方改革の必要性が確認されたにもかかわらず改革が進まない場合、冒頭の通り「経営層の決断」と「従業員の協力」という両輪がバランス良く回っていない可能性があります。そこでステップ2は、「経営層と従業員が一緒に『今、なぜ、何をするか』を定義することで、両者に当事者意識を植え付ける」ことになります。ステップ2の目的を達成する方法はいくつか考えられますが、中でも「情報の収集チームと分析チームを作り、自社の『良いところ』と『悪いところ』を忖度なしに確認する」は、確実に実践しておきたいのでステップ3としました。このステップ3で「良いところ」の中から従業員の労働意欲が上がる種を、「悪いこと」の中から従業員の労働意欲を下げている種をそれぞれ選別します。中小企業に多い例を挙げれば、「スキルを生かしやすく伸ばしやすい」「責任ある仕事を任せてもらえてやりがいがある」などは、労働意欲が上がる種といえます。一方で、「業務や時間のロスが多い」「福利厚生制度が前時代的なままだ」「従業員の意見を検討する仕組みがない」などは労働意欲を下げている種の例。この場合であれば、働く場所と時間に関する仕組みの改善やITツールの導入、就業規則の見直しといった改善案が見えてくると思います。 このようにして自社に必要な働き方改革の方向性を見つけていきましょう。
また、このプロセスを円滑に進めるためには、①「現状と事実に関するデータや情報を収集する、現場経験者を軸にしたチーム」と、②「収集したデータや情報を分析し、施策立案と行動監視を行う、外部の専門家を軸にしたチーム」を編成することをおすすめします。ここで注意してほしいのは、②のチームに経営者を入れないことです。中小企業では、リソース不足を理由に②に経営者が入るケースが少なくありませんが、そうすると忖度と妥協ばかりが生まれて効果が上がらないだけでなく、進捗の妨げになるケースもあります。
「ISO9001」が働き方改革を進める上でのお手本に
最後のステップ4として、働き方改革の具体的な行動指標を検討する上では、品質マネジメントの国際規格である「ISO9001」の「プロセスアプローチ」「役割と権限の適正化」「改善」に関する取り組みが良いお手本になると思います。ISO9001とは、自社の製品やサービスの品質を継続的に向上させるための要求事項が体系的にまとめられたものです。取得を目指す企業は、必ず「自社が存在する意味と目的」「自社の現状」「これからすべきこと」を見つめ直す必要があり、これらは働き方改革を進める上で明らかにしたいことと重なります。
具体的な取り入れ方の例としては、要求事項「4.1組織及びその状況の理解」に沿って自社の置かれている状況を洗い出し、「4.2利害関係者のニーズ及び期待の理解」を参考に顧客やパートナー企業、従業員といった社内外のステークホルダーから求められていること、特に「暗黙の了解」となっているニーズを理解することが大切です。これは「働き方改革をなぜ進めるのか」を解明するヒントになり、また「だから働き方改革が必要なんだ」というようなスローガンにもなり得ます。
その上で「4.3品質マネジメントシステムの適用範囲の決定」にならい、働き方改革の適用範囲を決定し、最後に「4.4品質マネジメントシステム及びそのプロセス」の一般要求事項にある「プロセス連関図(プロセスマトリクス)」「タートル図(タートルチャート)」「プロセスマップ(プロセスフロー)」に基づいて問題の所在を突き止め、働き方改革の実行項目を選定していくといいでしょう。なお、この実行項目の選定においては、「従業員の就業意欲を向上させる施策の追加」よりも前に、「従業員の就業意欲を減退させている要因の排除」を徹底する意識が大切です。穴の空いた鍋にいくら水を注いでもたまりませんから、その穴を塞ぐことの方が優先順位は高くなります。
働き方改革がスタートしてしばらく経ち、成功例や失敗例を耳にすることも増えてきましたが、それらのケースがどんな企業にも当てはまるわけではありません。大切なのは、前述のようなポイントを押さえることで、各社で異なる「自社に適した働き方改革」を進めること。それが持続可能で効果的な働き方改革への近道になると思います。
- 回答者
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中小企業診断士・社会保険労務士 齋藤 裕子