法律コラム

改正労働基準法(第3回)ー時間外労働の上限規制(建設業・運送業・医師)ー

2023年 9月 29日

時間外労働時間(残業時間)には、上限規制が存在します。上限規制は、原則として業種を問うものでありません。しかし、一定の業種には通常と異なった上限規制が適用されています。当記事では、建設業や運送業、医師といった通常と異なる上限規制の適用を受ける業種について解説を行っていきます。

1.時間外労働の上限規制

企業には、1日8時間及び週40時間の法定労働時間を超える時間外労働に対する割増賃金の支払い義務が課せられています。また、時間外労働は無制限に許されるものではなく、36協定(さぶろくきょうてい:時間外・休日労働を行うために労使間で締結する労使協定)を締結したうえで、原則月45時間及び年間360時間の上限を守ることが必要です。

突発的クレーム対応など、通常の上限時間内では業務の処理が難しい場合には、特別条項付き36協定(限度時間を更に延長するために必要な労使協定)を締結することで、例外的に更なる労働時間の延長が認められています。しかし、この場合であっても、次の範囲内でしか延長は許されません。また、年間6回(6か月)までの制限も守る必要があります。

  • 年間720時間以内(時間外労働のみの時間)
  • 単月100時間未満(時間外及び休日労働時間の合算)
  • 2か月~6か月の複数月平均80時間以内(時間外及び休日労働時間の合算)

上記の上限規制は、令和元年から大企業を対象に適用され、翌令和2年からは中小企業もその対象となっています。この上限規制は、原則として企業規模や業種を問うものではありません。しかし、一定の業種には猶予期間や異なった規制が適用されています。

2.原則的な上限規制の例外となる業種

原則的な上限規制の例外となる業種は、次の通りです。

  1. 建設業
  2. 運送業
  3. 医師
  4. 鹿児島県及び沖縄県での砂糖製造業

これら4業種は、上限規制に対する5年間の猶予期間が設けられています。そのため、猶予期限である令和6年3月までは、上限規制に対する例外的な取り扱いがなされています。

3.猶予期間設定の背景

企業規模を問わず適用されている上限規制ですが、なぜ一定の業種のみ適用を猶予されているのでしょう。本項では、業種ごとに猶予期間が設けられた背景について解説します。

1. 建設業

まず、建設業が猶予されている理由から解説します。日本は少子高齢化の進展により、労働力人口の減少が続いているのが現状です。その中でも建設業は、特に人手不足が深刻であり、長時間労働も慢性化しています。そのため、この人手不足の解消がなされなければ、上限規制の適用は難しいと判断され、猶予期間が設けられることになりました。

▼建設業の年間実労働時間の推移

建設業の年間実労働時間の推移

2. 運送業

運送業も人手不足が深刻な業種の一つです。ドライバー数の減少や、荷物量の増加などによる長時間労働や休日労働も慢性化しています。そのため、運送業においても建設業と同様に人手不足を理由として、猶予期間が適用されることになりました。人手不足の解消は未だになされているとは言い難く、「物流の2024年問題」として運送業界の課題となっています。

▼運送業の年間労働時間の推移

運送業の年間労働時間の推移

3. 医師

医師の仕事は、患者の命を預かるため、重い責任が課せられています。また、診療を求められれば、原則として拒むことができません。勤務の形態自体も一般企業の従業員とは大きく異なっています。そのため、医師という業務の特殊性から上限規制の適用は難しいと判断され、猶予期間が設けられることになりました。また、上限規制の範囲内では、医師の派遣が不可能となり、地域医療へ与える影響が大きいことも猶予理由の一つです。

▼勤務医の平均週労働時間の比較

勤務医の平均週労働時間の比較

4. 鹿児島県及び沖縄県での砂糖製造業

鹿児島県と沖縄県で行われる砂糖製造業は、離島で行われる季節的な業務となっています。そのため、人材の確保が難しく、上限規制が適用しづらいという理由から適用猶予の対象となりました。

4.猶予期間内と猶予期間後の取り扱い

建設業などの業種に対しては、上限規制の適用が令和6年3月まで猶予されていますが、その内容は一律ではありません。業種ごとに異なった取り扱いがなされているため、業種ごとに期間内と期間後における時間外労働時間の取り扱いについて解説を行います。

1. 建設業

建設業においては、猶予期間内であれば、時間外労働の上限規制全てが適用されません。猶予期間経過後は、災害復旧に関する事業を除き、全ての上限規制が適用されることになります。

時間外労働の上限規制のイメージ01

2. 運送業

運送業においても、猶予期間内であれば上限規制全てが適用されません。猶予期間経過後の取り扱いは次の通りです。

時間外労働の上限規制のイメージ02

運送業においては、特別条項付き36協定を締結する場合の年間上限が原則の720時間ではなく、960時間となることに注意が必要です。

3. 医師

医師も建設業や運送業と同様に、猶予期間内は全ての上限規制の適用を受けません。猶予期間経過後の取り扱いは次の通りです。

時間外労働の上限規制のイメージ03

医師に関しては、特別条項付き36協定を締結する場合の年間上限が、最大1860時間と運送業よりも更に長く設定されています。ただし、1860時間となるのは救急医療や地域医療体制の確保に必要な場合などに限られ、それ以外であれば上限が960時間となります。上限時間は、A~Cまでの水準によって定められており、詳細は参考のリンク先をご覧ください。

参考:日本医師会「医師の働き方改革 C2審査・申請ナビ」

4. 鹿児島県及び沖縄県での砂糖製造業

鹿児島県及び沖縄県での砂糖製造業の猶予期間内における取り扱いは次の通りです。

時間外労働の上限規制のイメージ04

猶予期間内であっても、「年間720時間以内」と「年間6回(6か月)」の上限規制は適用されています。建設業や運送業などと違って、猶予期間内であっても一部の猶予しか受けない点に注意しましょう。なお、猶予期間経過後は、全ての上限規制の適用を受けることになります。

5.罰則

時間外労働の上限規制に違反した場合には、労働基準法により6か月以下の懲役や30万円以下の罰金が科される恐れがあります。適切な労働時間管理を行い、限度時間を守るのはもちろんのこと、できる限り労働時間を短縮するように努めましょう。

また、令和5年4月から中小企業も、月60時間超の時間外労働に対する5割以上の割増率が適用されることになりました。割増賃金の未払いについても罰則が設けられているため、こちらも違反しないように注意してください。

6.活用できる助成金

長時間労働は、従業員の健康を蝕みパフォーマンスを低下させるだけでなく、離職や休職にもつながりかねません。特に適用を猶予されている建設業や運送業は、長時間労働が問題となっており、猶予期間内の労働時間削減が喫緊の課題です。もちろん既に上限規制が適用されている他業種についても、労働時間の短縮は必要な措置となります。

労働時間を短縮するには、生産性を向上させることが必要です。生産性の向上には、新たな設備の導入や技術の導入が効果的です。また、労働力人口の減少が続くなか、従業員の定着のための措置も必要となるでしょう。本項では、職場における生産性向上などに利用できる助成金を紹介します。

(1) 働き方改革推進支援助成金

働き方改革推進支援助成金は、時間外労働の上限規制に円滑に対応するため、生産性を高めながら労働時間の短縮等に取り組む中小企業・小規模事業者を支援する制度です。「適用猶予業種等対応コース」や「労働時間短縮・年休促進支援コース」など複数のコースがあるため、自社にあったコースを選択しましょう。

参考:厚生労働省「働き方改革推進支援助成金(適用猶予業種等対応コース)」

(2) 業務改善助成金

業務改善助成金は、事業場内の最低賃金を引き上げるとともに生産性向上に資する設備・機器の導入等を行った中小企業・小規模事業者を支援する制度です。機械設備やコンサルティングの導入、教育訓練の実施などを考えている企業は、利用を検討してください。

参考:厚生労働省「業務改善助成金」

(3) 人材確保等支援助成金

人材確保等支援助成金は、人材の確保・定着を目的として、魅力ある職場づくりのために労働環境向上等を図る企業を支援する制度です。「雇用管理制度助成コース」や「建設キャリアアップシステム等普及促進コース」などをはじめ、現在9コースが設けられています。適用猶予されている建設業を対象としたコースもあるため、ぜひ活用してください。

参考:厚生労働省「人材確保等支援助成金」

(4) 人材開発支援助成金

人材開発支援助成金は、雇用する従業員を対象に、職務に関連した専門的な知識や技能を習得させるための訓練等を計画に沿って実施する事業主を支援する制度です。現在4コースが設けられており、新たな分野や職務にて新しいスキルを習得する「リスキリング」を支援する「事業展開等リスキリング支援コース」も存在します。リスキリングは、近年注目されている人材戦略のため、ぜひ活用して従業員のスキルアップを図ってください。

参考:厚生労働省「人材開発支援助成金」

7.猶予対象外の企業も労働時間削減を

現在上限規制の適用猶予となっている業種は、期間内に上限規制に対応した労働時間の削減を行わなくてはなりません。また、それ以外の企業であっても、長時間労働の是正は従業員の健康確保のために必要な措置です。そのためにも当記事で紹介した助成金などを活用した生産性の向上を行ってください。

監修

涌井社会保険労務士事務所代表 社会保険労務士 涌井好文