意外と知らない契約書の基本(1) 契約書への押印の仕方

2009年4月22日

解説者

弁護士 石井邦尚

1.「署名捺印」と「記名捺印」

多くの契約書では、契約書の終わりに「本契約締結の証として、本書2通を作成し、両者署名又は記名捺印の上、各自1通を保有する。」というような文言があります。一般的には、この文言の後に署名捺印又は記名捺印することにより、契約が成立すると考えられています。

では、「署名捺印」と「記名捺印」とは、何が違うのでしょうか?
「署名捺印」は、自分の氏名等を、自分の手で書いて(=署名して)捺印することです。
「記名捺印」は、氏名(会社名)等を、自署以外の方法、例えば、スタンプを押したり、あらかじめ契約書に印刷したりするといった方法で記載して、捺印することです。

「署名捺印」と「記名捺印」とでは、理屈の上では、法律上は同等のものです。しかし、一般に、個人が当事者の場合は「署名捺印」によることが多いです。これには、事実上、記名の場合、「誰かが勝手に自分の名前をスタンプして押印したものだ」などと主張されてトラブルになるリスクを避ける意味があります。裁判になったような場合でも、鑑定によって本人が署名したことを明らかにすることも考えられます。

一方、会社が当事者の場合は「記名捺印」によることが通常です。会社の場合、「署名押印」を行う権限があるのは原則として代表取締役です。しかし、いちいち代表取締役が自署するというのは合理的ではありません。そこで、自署ではなく記名で済ませ、契約の意思があることは捺印で確認しているのです。

署名捺印と比べて、記名捺印の場合には「捺印」が特に重要です。記名部分は誰にでも簡単に作れてしまうのでほとんど意味はないからです。正式な印鑑で捺印されていることをきちんと確認する必要があります。

2.「割印」は何故行う?

重要な契約書などでは、契約書の背の部分をテープでとじるなどした上で、当事者双方が「割印」(「契印」と呼ぶこともあります)をすることがあります。また、2通の契約書などにまたがって割印(契印)をすることもあります。

契約書への割印は、法律で要求されているものではなく、法律上の意味は特にありません。これらは、契約書などの改ざんを予防するために慣習的に行われているものです。割印がないと、例えば、契約書をばらばらにして、契約書の署名押印をしたページ以外のページを別の紙と差し替えて契約書を改ざんするようなことがされる可能性があるのです。

3.「捨印」にはどのような意味があるか。

「捨印」は、契約書などの記載の誤りを後で訂正するときのために、書類の欄外にあらかじめ捺印しておくものです。

本来は、契約書の記載を訂正する場合は、その都度、訂正部分を書き換えの上、欄外に「削除・・字、加入・・字」などと記載し、当事者双方が押印するのが原則です。しかし、軽微な誤記や、明らかな誤字脱字の場合にこうしたことをするのは煩雑なので、それを避けるために捨印を押すことがあります。

捨印を押すことにより、一般には、相手方が契約書などの記載を訂正することを認めたことになります。捨印は、一見、便利な方法です。しかし、これは相手方が自由に契約内容を変更できるということにもなりかねず、場合によっては非常に危険なことです。

日常生活では、銀行の口座開設申込やクレジット・カードの申込などでよく捨印が要求されています。こうした場合、定型的に大量の申込を処理していく必要もありますし、訂正される記載も申込書本文ではなく住所の誤記などに限定されると期待できるので、捨印を押すことにも合理性があります。しかし、捨印の危険性からすれば、銀行などの信頼できる相手以外に対しては、捨印は押すべきではないといえます。

特に、企業のビジネスの場面では、捨印を押すことが合理的な場面はあまり考えられません。安易に捨印を押さないよう、注意しましょう。また、「捨印」のつもりはなくても、不用意に契約書の欄外に捺印すると、捨印と解釈されてしまう危険性がありますので、こちらも注意が必要です。

(2009年4月執筆)

プロフィール

石井邦尚 (いしいくにひさ)

弁護士登録年・弁護士会: 1999年弁護士登録、第二東京弁護士会所属

生年:1972年生
学歴:1997年東京大学法学部卒業、2003年コロンビア大学ロースクールLL.M.コース修了
得意分野等:米国留学から帰国後に「挑戦する人(企業)の身近なパートナー」となるべくリーバマン法律事務所を設立、IT関連事業の法務を中心とした企業法務、新設企業・新規事業支援、知的財産などを主に取り扱う。留学経験を活かし、国際的な視点も重視しながら、ビジネスで日々発生する新しい法律問題に積極的に取り組んでいる。
所属事務所:カクイ法律事務所