起業の先人に学ぶ(2018年版)

「(株)ユーグレナ」ミドリムシでの株式上場

「誰がミドリムシで上場しようなんて思いますか?」。誰もが注目しなかったミドリムシに「生涯をかけて取り組む価値」を見出し、ゼロから事業化したユーグレナ出雲社長に、どうしてここまでの成長を実現できたのか、話を聞いた。

株式会社ユーグレナ 代表取締役社長 出雲 充氏
URL:http://www.euglena.jp/

学生時代に行ったバングラデシュ。そしてミドリムシとの出会い。

—— まず、ユーグレナさんが展開されている商品・サービスについて教えてください。

私たちは、世界で初めて商業レベルでミドリムシを大量に育てる技術を発明しました。このミドリムシをサプリメントやジュースなどにして皆様に召し上がってもらったり、化粧品として使っていただいたりしています。最近では、オールマイティーに使えるスキンケアのオールインワンクリームが女性に大変好評です。今では23万人の方が定期的にミドリムシ商品を購入くださっています。

—— エネルギー事業の展開も始めていますね。

研究開発の最終段階に来ています。まもなくビジネス化できるでしょう。去年、横浜市鶴見区で工場建設に着手しました。この工場では、ミドリムシなどから国産のバイオジェット燃料を作ります。日本初の試みです。今年10月末に工場が完成します。1日に5バレルのバイオ燃料を生産できる能力があります。来年の早い時期には国産の新エネルギーが登場することになります。

—— 出雲社長ご自身のことをお聞きします。ご自身の著書によると、学生時代に「国連で働いて世界から貧困飢餓をなくしたい」と考えていらっしゃったとのことですが、そう思われるようになったきっかけは?

私は子どもの頃から海外への憧れがありました。大学に入学したらパスポートを作って大学1年の夏休みにどこか海外に行くことを決めていました。当時、NHKで「映像の世紀」という番組が放送されており、それを見て、難民や食料危機などの問題に非常に大きな衝撃を受け、関心を持ちました。そんなことから、国連に勤務すれば海外に行けるし、難民・食料支援を行っている国際機関もあると聞きましたので、そこに就職して外国で働きたいと思っていました。

—— 進学されたのは東京大学だったわけですが、国連に行く一番の近道だったのでしょうか?

当時はまだインターネットがありませんでしたから、国連で仕事をする方法が分からず、困りました(笑)。そこで、書店で国連職員の著書を探して、著者略歴を確認し、卒業者が多かった東京大学文科III類がいちばん国連に近いのではないかと考えて入学しました。そして、大学に入って1年の夏休みに人生で初めて海外に行きました。当時、海外に行くといっても、友人の多くはパリやハワイやニューヨークに行っていたので、それなら私は「できるだけ友達が行ったことのない国へ行こう」と考えたんですね。

—— 面白いですね(笑)。

まず「アフリカに行こう」と考えましたが、出国までに伝染病の予防接種を数回受けなければなりません。そうすると夏休みに間に合わないのです(笑)。そこで、予防接種の回数の少なかったバングラデシュに行くことに決めました。

—— 行ってみていかがでしたか?

バングラデシュは行って良かったです。当時、貧困だけでなく、難民問題まで抱えていたバングラデシュは、自然環境的にも非常に厳しい国で、ハリケーンが来ると多くの土地が水没していました。

—— バングラデシュではどんな体験をされたのでしょうか。

私はグラミン銀行(※ノーベル平和賞を受賞したバングラデシュの銀行。農村の貧困層に向けた無担保低利の事業融資を行っている。)のインターン制度を使ってバングラデシュに行きました。このインターンで、現地で多くの人が一生懸命ビジネスに取り組んでいる、生きている姿を見ました。この活動を通じて「自分もこういう仕事をやりたい」という気持ちと、国連に就職するのもいいけれど、「現場の人達は明日元気になる食べ物、健康になるもの、怪我が治る薬や器具などを欲している」という切実な話を聞いて、私の中で意識が変わりましたね。

—— その結果、学部を変えることになった?

バングラデシュから戻ってから、農学部に転籍することにしました。

—— ミドリムシとの出会いを教えてください。

その頃に大学で、現在弊社で研究開発担当の取締役をしている鈴木健吾と出会いました。バングラデシュでの様子を見て、私は「これからの時代は栄養が大事だ」と考え、いろいろ調べているところでした。たとえば、中国皇帝が探し求めていた不老不死の食べ物(幻のキノコ)も調べましたが、なかなか「これだ!」という良いものがありません。そうしたら鈴木が「そんなに栄養失調の問題を解決したいのならミドリムシがいいんじゃないか」と言ったのです。その言葉をきっかけに、それ以来、私はミドリムシ一筋です(笑)。

ミドリムシで創業

—— 大学を卒業後、東京三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に就職されていますね。直ぐにミドリムシで創業しようとは思わなかったのでしょうか?

全く思わなかったですね。創業ができないというか、創業しようという発想になりませんでした。お金もないし、当時はまだミドリムシの培養技術も完成していませんでしたから。でも、銀行ならお金の流れを知ることができるのではないか、研究資金も集めることができるのではないかと考え銀行に就職しました。

—— いつかはミドリムシで何かできれば、と思っていらっしゃったのですね。

そうです。2002年に銀行へ就職した私は、2015年に会社を立ち上げようと考えていました。なぜ2015年かというと、10年間ほどはしっかり貯金をして、同時に基礎研究も進めようと。その成果が出る頃には貯金もたまっていて、ミドリムシの培養技術も完成して会社を立ち上げられる、という腹積もりだったんです。

—— そうすると実際は、計画よりかなり前倒しで実現できたんですね。ところで、銀行を辞めて起業するタイミングはどんなきっかけがあったのでしょうか?

何か確信があって起業した訳ではないんです。「よし、これでやれそうだ」と確信を持ってベンチャー起業をやる人なんて本当にいるのでしょうか。「やれそうかやれそうではないか」ということで言えば、ミドリムシですよ。普通の感覚で言えば「やれそうではない」でしょう?(笑)

—— なるほど。

「ミドリムシでやれそうだ」とか、「ミドリムシで儲かりそうだ」なんて、今まで思ったことはないんです。ただ、こんなにワクワクする素材も無いんですよ。植物なのに動く、動物なのに光合成する、だから動物・植物両方の59種の栄養素を作れるんです。これを食べれば、栄養失調が治る可能性があるわけです。ミドリムシを世の中に出して、栄養失調の子どもたちが喜んでくれたら、こんなに嬉しくてワクワクすることはないですよね。できるかどうかなんて、わかりません。でも、ミドリムシというワクワクして全身全霊を打ち込めるものが見つかっているわけですから、「できるかどうかわからないけどやってみよう、やってみたい」という想いで起業したんです。

最初は上場しようとは思っていなかった

—— そうやって創業をして、2012年に東証マザーズ上場を果たされました。上場しようと思ったきっかけや理由について教えてください。

立ち上げ当時は、上場するなんて全く考えていませんでした。ただ、バイオジェット燃料を世に出したいと強く思って取り組んでいた中で、バイオジェット燃料の研究は何十年という時間がかかることから、大企業は、先の見えづらい小さな会社とは手を組み辛く、それを成功させるなら、やはり社会的信用の担保できる継続企業にならなければならない、ということを学びました。これを踏まえて上場することを決めました。

—— 上場をするまでの道のりで、苦労もあったと思いますが。

実際、そんなに大変だったという経験はないのです。ただ、ミドリムシで上場するなんて前例がない(聞いたことがない)と、上場関係でお会いした人のほとんどが口を揃えて言いました。そういう方々に、納得していただいて一緒にやっていくには、根気強く説明し続けなければなりませんでした。それでも、その努力や手間は惜しまなかったですし、実際に何十回、何百回と説明しました。

どこまで努力をすればいいのか?

例えば、就職活動が上手くいかないという学生に会うことがあります。「何社受けたのか」と聞くと大抵は10社程度です。私は、出資してくださる企業を見つけるまで、500社に営業に行きました。結果、501社目で伊藤忠商事が出資してくださいました。どこまででやるのか?というのは、ビジネスをやる上において、とても重要ではないでしょうか。

—— そうですね。この話は、ぜひ多くの経営者に真似してほしい話だと思います。
最後に、このインタビューを読んでいる経営者、起業希望者の皆さんに一言お願いします。

中小企業基盤整備機構さんからは、2012年に「Japan Venture Awards」経済産業大臣賞を頂き、2014年には「日本ベンチャー大賞」内閣総理大臣賞を頂きました。一生懸命頑張っていれば、いろいろな会社や中小企業庁の皆さんが応援してくださいます。
私の尊敬する研究者の一人、ノーベル物理学賞を取られた天野浩先生は、青色LEDに必要な技術の発明に至るまで1,500回の実験を繰り返したと言います。本当に凄い人の努力は圧倒的なものです。もっともっと多くの人が同じように努力をして、表彰されるような存在になってほしいと思います。そんなベンチャー企業がもっともっと沢山あっていいと思います。
中小企業基盤整備機構さんには、これからもベンチャー支援施策を強力に推し進めていっていただきたいです。