起業の先人に学ぶ

中国産「汕頭うなぎ」のブランド化【アイキューブ】

中国産の鰻は不安という風潮を「追い風ととらえた」経営者。1983年生まれの小嶺文岳・アイキューブ社長は、同社が現地企業と共同で中国の広東省汕頭(スワトー)市で養殖する「汕頭うなぎ」を日本の消費者に普及させたいとして起業した。加工食品の販売に加えて鰻料理専門店もオープン。何が小嶺社長を突き動かしているのだろうか。

小嶺 文岳(こみね ぶんがく)
1983年東京生まれ。全日空子会社勤務を経て06年にアイキューブ設立

養殖から加工までバーティカルインテグレーションを実施

社長の小嶺文岳 氏
社長の小嶺文岳 氏

——小嶺さんが会社を設立した動機は何ですか。

私は中学2年のときから高校を卒業するまでニューヨークで過ごしました。卒業と同時に帰国して英語力を生かしてホスピタリティーを学ぶため、全日空のグループ会社に就職し、羽田空港のカウンターで旅客の荷物の取扱いなど、接客に関する地上業務全般を担当しました。

勤務したのは5年ほどです。じつは、当初から両親の事業を継ぐ考えがありましたので、お客様に直接接するサービス業の現場で実体験を通じて、ビジネスの勉強をしたいとの思いで勤務しました。

——ご両親はどんな事業をされていたのですか。

両親は1986年にODAを活用して中国の広東省汕頭(スワトー)市に、現地の企業と提携して20万坪の養鰻場と加工工場を建設し、毎年3,500トンの鰻を日本のホテルや大手スーパーに納品してきました。当初から食の安心・安全に力を入れ、この工場はISOやHACCPを取得し、北京政府より中国鰻業界の養鰻場と加工場に指定されています。

鰻は、広東省汕頭市の加工工場において備長炭で焼き上げられ、白焼と蒲焼となって輸入される

両親はたんなる収益事業としてではなく、日中友好の架け橋になろうという使命感で取り組んできました。模範工場を作り上げたのも、その現われです。私は幼いときから何度か汕頭の養鰻場と加工工場に連れて行かれ、政府要人との宴席などに何度か同席するなど、両親の背中を見て育ってきました。

そして、まさしく両親が人生をかけて取り組んできた事業を、自分の代で次のステップに発展させよう。そういう思いで独立したのです。

——次のステップとして飲食業を立ち上げた理由は何でしょうか。

現地の提携先である汕頭鰻聯股分有限公司という上場企業の総経理に「先代が築いた礎の上に設計図を書いて建物を建てなさい」とおっしゃっていただきました。すでに「汕頭うなぎ」を商標登録しましたが、「汕頭うなぎ」をブランド化して、日本の消費者に啓蒙するには直接店を出すことが有効ではないかと判断したのです。

——しかし中国産の鰻に対しては残留物問題が大きく報道され、消費者は敬遠する動きにあると思いますが。

中国産は危険という報道がなされましたが、中国産は玉石混交であるのが現実で、安心・安全な食材もあります。日本のODAを活用して最先端の養鰻場と加工工場を建設した以上、当社には「汕頭うなぎは安心・安全」という真実を日本の消費者に伝える義務があります。

中国産は危険という風潮は、じつは当社には追い風であると考えました。たしかな品質の鰻ならば、消費者を啓蒙すれば普及させられると。たんに日本産というだけで根拠もなく安心・安全という風潮のなかで「汕頭うなぎ」ならば、お客様に品質を評価していただけるチャンスであると。

じっさい、昨年、報道が過熱している最中にもヤオコー様は「汕頭うなぎ」の品質を評価して、堂々と「汕頭うなぎ」と打ち出して、当社の商品を販売してくださいました。

——汕頭産の鰻が安心・安全であるという根拠は何でしょうか。

養殖は水が命です、農業用水や河川水は使わず、山頂の水源地から専用水路を使ってじかに取水していますし、エサも厳選した物を使用しています。また、当社は養殖から加工までバーティカルインテグレーションを実施しています。品質は9つのステップで保っています。

   検査内容

STEP1 幼魚(シラス)を池に入れるさいに残留薬物の検査。

STEP2 幼魚の餌の検査。

STEP3 養殖池の水質の検査。

STEP4 成長した鰻(成鰻:せいまん)の餌の検査。

STEP5 成鰻出荷時の残留物質の検査。

STEP6 加工場への搬入時に残留物質の検査、泥臭の検査。

STEP7 加工終了後、商品出荷前に日本の厚生労働省基準によるポジティブリスト自主検査。

STEP8 中国政府CIQによる輸出通関時の品質検査検査。

STEP9 日本での輸入通関時に日本政府によるポジティブリスト検査。

これまで中国当局の検査、日本の通関検査では、つねに高いレベルで品質基準をクリアしています。

女性ひとり客でも入れるカジュアルな鰻料理専門店

昨年10月、1号店として「うな兆 ららぽーと柏の葉店」がオープンした

——1号店の出店は『うな兆 ららぽーと柏の葉店』ですが、大型商業施設への入居は出店コストが高く集客にも波があるなど、相当なリスクをともないます。1号店をいきなり大型商業施設にオープンしたのは、どんな経緯からですか。

鰻を庶民の味として提供するにはショッピングセンターへの出店が望ましいと判断して、物件を探していたこところ、『ららぽーと柏の葉』の店舗開発担当者を紹介されました。先方は既存店舗と競合しない業態を探しておられ、条件が合致したので昨年10月にオープンしました。

『ららぽーと柏の葉』の立地は、つくばエクスプレス沿線なのでこれから住宅地が開発され、人口の増える地域です。国立がんセンター、東京大学、千葉大学など公共機関もあります。ショッピングセンターという理由に加えて、そうした市場性を見込んだのです。

——『うな兆 ららぽーと柏の葉店』は専門店ですが、カジュアルな店です。業態の企画意図は何でしょうか。

元来、日本で鰻料理は庶民の味でした。それが、いつのまにか高級料理となり、鰻屋は敷居の高い店になってしましました。本当に庶民の味として定着させるには、品質の高い鰻をリーズナブルな価格で提供し、ファミリー客が気軽に入れる店にしなければなりません。

かといってファストフードまで価格を引き下げてしまっては品質を保てません。お客様がひと息ついて、ゆっくりと落ち着いて召し上がれる店。スローライフの食事を提供したいので、いくら敷居が低くてもファストフードではふさわしくないのです。

——客層に何か特徴はありますか。

平日は近郊の住民、週末はファミリー客がメインですが、女性のひとり客が少し目につくようになりました。ひとりの女性客がビールと肝焼き、鰻重をオーダーされるケースもあります。鰻はEPAやDHAを多く含み、美容効果が高いので、女性にはもっと好まれてよい食材です。

従来の鰻屋さんと違い、当店は女性ひとりでも入りやすいことが認知されはじめたのではないでしょうか。

——業績の推移について、どのように評価していますか。

客単価は昼1,500円、夜2,000円で推移しています。26坪・38席の店舗で、目標月商は600万円。現在の達成率はまだ60%程度ですが、従業員教育や新メニューの開発、ファサードの改善などで売り上げのアップに取り組んでいきます。

この2月にJR川崎駅に直結した地下街「アゼリア」に2号店を出店しますが、こちらは21坪・48席。目標月商を800〜1,000万円に設定しています。夜にはビジネスマンの来客が見込め、夜の客単価が2,500〜3,000円になるのではないか。そう予想しています。

強みは、鰻の安定仕入体制と安定した品質

——今後の出店計画について教えてください。

アゼリア店に続いて、北京オリンピックの前に、たぶん6月ごろになるでしょうが、汕頭鰻聯股分有限公司と合弁で上海市に出店する計画です。その後、国内でフランチャイズ方式の店舗展開をはかる一方、第二業態としてうなぎ弁当のデリバリー専門店のチェーン展開も計画しています。

——店舗物件の開発方針は?

基本は商業立地の路面店です。ビジネス街では週末が商売になりませんし、逆に観光客がメインの商業施設や住宅地では週末しか商売になりません。フルに稼動できる立地を開発していく方針です。

——一方、食材の卸しにはどんな方針で取り組んでいく考えですか。

卸しは店の経営に先行してはじめており、昨年度は5,000万円を売り上げました。ある外資系ホテルチェーンの総料理長からは「トレーサビリティー(生産履歴の追跡)をクリヤしているので、国産の鰻よりも安全」と評価され、納入させていただいています。

また、鰻の仕入先を探していたフランス人のシェフからは「泥臭くないのでフランス料理にふさわしい素材」という理由で、取り引きがはじまりました。プロの料理人は素材を見極めるプロなので、たとえば「汕頭うなぎ」の白焼を国産鰻に次ぐ選択肢として、老舗の鰻料理専門店に使っていただくこともいいのではないかと思います。

——株式上場も視野に入れているのでしょうか。

5年後を目標に株式上場を計画していて、すでに専門家の協力を得て資本政策の策定にも入っています。私にはこの事業を庶民の食生活に根付かせて、日中友好の架け橋にしつつ、日本の食文化に貢献するという志があります。きれいごとではなく、本当にそう志しています。そのためには上場して、会社を社会の公器にしなければならないと。

——競争力を裏付ける貴社固有の強みはありますか。

既存の鰻専門店にすぐに真似されない強みがないと、貴社の事業計画は絵に描いた餅に終わりかねません。
強みは、鰻を安定して供給できる体制ができていること、品質が安定して安全・安心が保たれていること、このふたつです。

鰻職人のあいだでは「串打ち3年、割き8年、焼き一生」といわれ続けていますが、この言い伝えには、素材を見極めてミラクルに変えるのが職人の技であるという意味が込められています。見方を変えれば、素材の品質が安定していないからともいえます。

品質の安定した素材を白焼で使用すれば、熟練した職人がいなくても、きちんとした料理を提供できるはずです。この考え方は邪道であると批判されるかもしれませんが、職人の技術継承が危ぶまれるなかで、鰻の文化を残していくには有効ではないでしょうか。汕頭の工場での技術の研修も積極的に受け入れていくつもりです。

従業員は家族、アジア的共同体をイメージした組織づくり

——飲食店の業績は業態の力はいうまでもなく、従業員のモチベーションに大きく左右されます。どんな施策を考えていますか。

従業員は店の宝です。従業員には「自分を慕って来店するお客様を5人つくりなさい」と教育しています。飲食店では従業員のやる気が業績に直結するので、モチベーションを高める方法をいろいろと実行していきます。

しかも、会社と従業員が給料や報奨金など金で結びついた組織ではなく、心で結びついた組織。スキルアップだけではなく、各自の人生をサポートしてあげる「従業員は家族」といえる組織。硬い表現ですが、"アジア的共同体"ともいえる組織をめざしています。

——まもなく独立して2年になります。経営者としてのスキルを高めるために取り組んでいることはありますか。

私の場合、非常に環境に恵まれ、証券会社の会長や惣菜メーカーの社長、エンジニアリング会社の元会長など60〜70代の現役経営者や元経営者の方々が、私を息子のように指導してくださっています。資本政策や資金繰り、営業戦略、リーダーシップなどについて長年培ってこられたノウハウなど薫陶をいただいています。

皆さん、それぞれの世界を極められた方で、いつでも時間をとって親身に教えてくださいます。たいへん心強く、ありがたいことです。

——ベンチャー企業の盛衰をみれば明らかですが、経営者に健全な使命感がないと継続的な成長は望めませんし、たしかな地歩を築けません。小嶺さんは社会にどのような価値を提供したいと考えていますか。

中国の天然資源を有効活用して輸出産業を育て日中の経済交流に貢献すること。日本の伝統的な食文化の継承に貢献すること。このふたつを目的に両親が進めてきた事業は、ひとつめは達成されたと思います。

私はその意思を受け継ぎ、ふたつめ、そして国際社会に対して食文化の交流を通して「和」の精神を広めていきたいと思います。

また、鰻の栄養素や養殖のプロセスなどを子供たちにきちんと啓蒙するために食育への参画も必要で、学校給食へのメニュー提案を構想しています。鰻100gで2日分のビタミンA、1日分のビタミンB1と半日分のビタミンB2が摂取できるのです。

——思いはわかりました。何か具体化している活動はあるのでしょうか。

ららぽーと柏の葉店の地元である流通経済大学柏高校のサッカー部には予選大会の頃から蒲焼を進呈していました。彼らは見事に全国優勝しましたね。また、今年の箱根駅伝で総合優勝を果たした駒沢大学の陸上部にも、蒲焼を進呈しています。

地元に「あったらいいな」という店ではなく、地元に「なくてはならない」店。そんな店をめざしています。

——ありがとうございました。

企業データ

企業名
株式会社アイキューブ
設立
2006年
資本金
1,000万円
所在地
東京都港区芝公園2-9-1 芝マツオビル3F
Tel
03-5733-0788

掲載日:2008年2月12日