中小企業に必要な法律知識

1. 中小企業を規制する法律

一般社会を取り巻く法律が数多くあるように、企業を取り巻く法律もたくさんのものがある。そして法律は、知らなかったからといって、規制を免れたり、罰則を免れたりすることはできない。また、中小企業だからといって、法律の適用が手加減されるわけでもない。資本金100億円の会社も、資本金1000万円の会社も、法律の下では平等であるというのが、憲法下での大原則だからである。

このように法律の遵守は必要不可欠であるが、さらに一歩進めて、法律を経営に生かすこと、すなわち会社経営の各部門で有効に法律を使いこなすことが、これから会社を飛躍、発展させるために必要なポイントとなる。

それでは、どのような法律が中小企業を規制しているのだろうか。おもなものをいくつかみていこう。

1)会社の組織に関する法律

「商法及び会社法」では、株式会社・合資会社・合名会社の会社の設立から消滅までの会社組織や運営、商取引についてなどが規定されている。

また、会社の身元を公にする登記については「商業登記法」が定められている。

2)会社の取引に関する法律

取引に関する基本的な法律は「民法」である。たとえば、各種契約の成立、契約違反による損害賠償、担保抵当などから、法定利率、時効に至るまで、民法で規定されている。

しかし、会社で行なわれる取引は個人的な取引とは異なる点がある。そこで、民法の特別法として商取引については「商法」に規定されている。商法で定められている項目については、民法よりも商法の規定が優先される。商法で定められていない項目については、民法の規定が適用されることになる。

取引に欠かせない手形・小切手については、「手形法」「小切手法」で定められている。手形は現金に代わる決済手段として、あるいは担保方法として、会社経営に必要不可欠といってよいほど利用されている。しかし、手形の取り扱いを一歩間違うと、銀行取引停止すなわち倒産に追い込まれる恐れもある。

このほかにも、金銭貸借の最高利息を定めた「利息制限法」、不動産を貸し借りする場合の「借地借家法」、不動産を所有したり担保に取る場合に必要な登記に関する「不動産登記法」などが民法の特別法として制定されている。

3)業種別の取引に関する法律

会社の業種によっては、特別な法律が関わってくることがある。

たとえば、その会社が戸別訪問や通信販売によって商品を販売する場合には「特定商取引法」、商品販売にあたって代金を分割して受け取る場合には「割賦販売法」が適用される。

また、不動産業者であれば「宅地建物取引業法」、建設業者であれば「建築基準法」、レストランや料理店であれば「食品衛生法」、消費者金融業者であれば「出資法」「貸金業の規制等に関する法律」など、業界別に数多くの法律がある。
さらに、PL法として話題を呼んだ、製造業種に直接関わる「製造物責任法」が平成6年に制定されている。

4)紛争を解決するための法律

紛争を話し合いで解決したい場合の規定が「民事調停法」、訴訟などを起こす場合の手続きを規定したものが「民事訴訟法」である。
また、判決などに基づく強制執行や差押えをする場合の手続きを定めたものが「民事執行法」である。

社員の背任・横領などの刑事裁判については「刑事訴訟法」が適用される。

5)人事・労務に関する法律

人の採用に必要な労働条件その他労働に関するあらゆる事項は「労働基準法」に定められている。労働組合については「労働組合法」により活動が保障されている。また、労働災害を防止し労働者の安全と健康を確保するため「労働安全衛生法」の適用がある。業務中または通勤途中の災害については「労働者災害補償保険法」が適用される。

その他、会社を辞めた場合の「雇用保険法」「職業安定法」、在職中および退職後の保障を定めた「健康保険法」「厚生年金保険法」などがある。

6)その他の法律

私的な独占や取引を規制する「独占禁止法」、公正な取引方法を定めた「不正競争防止法」、景品や商品の表示についての「不当景品類及び不当表示防止法」、中小企業の政策目標を定めた「中小企業基本法」などがある。

知的所有権の分野では、「特許法」「実用新案法」「商標法」「著作権法」などがある。

その他、税金の分野では、「法人税法」「所得税法」などが関連する法律である。 このように、会社を取り巻く法律にはさまざまなものがある。

そこで、以下では、次の内容について概要を紹介する。

  • 経営者・会社幹部に必要な法律知識
  • 人事・労務に必要な法律知識
  • 取引に必要な法律知識

2. 経営者、会社幹部に求められる法律知識

1)代表取締役の権限と責任

(イ)代表取締役と社長の違い

社長は会社の代表者ということは誰でも知っていることであるが、商法には社長についての規定はない。社長という名称は法律によって定められたものではなく、会社内部で任意に定款によって定めているものである。商法では、対内的にも対外的にも会社を代表する権限があるのは代表取締役と定められている。

それでは、代表取締役と社長とは実質的には同じなのだろうか。代表取締役は取締役のなかから選ばれるが、員数については特に制限がない。

一方、社長は会社に1人である。であるから、代表取締役が数人いる場合には、社長だけではなく会長・副社長・専務・常務取締役などが代表取締役になっている場合がある。つまり、通常、社長は代表取締役になっているが、代表取締役が社長とは限らないのである。

(ロ)代表取締役の権限

代表取締役は、取締役会で取締役のなかから選任される。そのとき、取締役会には取締役の過半数が出席し、出席取締役の過半数の決議により選任されることが必要である。選任された代表取締役は登記をしなければならない。

代表取締役は、会社の代表権をもち、取締役会で意思決定をした事項を業務執行する権限をもつ。

(ハ)代表取締役の行為と会社の責任

代表取締役は取締役の決議に基づいて業務執行を担当する。また、取締役会から委任された範囲で会社を代表して契約や決裁をする権限をもっている。

それでは、次のような代表取締役・取締役の行為について、会社は責任を問われるのだろうか。

  • a. 代表取締役が取締役会の決議に違反したり、取締役会から委任された範囲を超えて第三者と取引を行なった場合
  • b. 代表取締役ではないにも関わらず社長・副社長・専務取締役・常務取締役といった肩書をもつ人を代表取締役と思い込んで、第三者が取引をした場合

aの場合、その取引が代表取締役の権限外であることを第三者が知っていた場合は、その取引は無効となる。しかし、代表取締役にその権限があると思い込んで第三者が取引を行なった場合には、会社が代表取締役の行為に責任をもたなければならない。

bの場合、登記簿を見ればその取締役に代表権があるかどうかを確認することはできるが、取引のたびに登記簿を確認することは実務上繁雑でなかなか実行することはできない。そのため、代表権のない取締役に社長・副社長・専務取締役・常務取締役といった代表権があると勘違いするような名称の使用を会社が認めている場合、その取締役に代表権がないことを知らずに取引した第三者に対して会社は責任を負わなければならないとされている(会社法354条)。このように、代表権がないにもかかわらず代表権があると勘違いをするような名称を付けている取締役のことを「表見代表取締役」という。

2)取締役の権限と責任

取締役会設置会社では3人以上の取締役を株主総会(会社設立時には創立総会)の通常決議によって選任しなければならない。選任された取締役は、登記簿に登記しなければならない。取締役の任期は代表取締役と同様2年(会社設立時は1年)である。
中小企業においては、取締役も営業部長や経理部長を兼ねるなどの兼務取締役が一般的である。

取締役は取締役会に出席して経営・業務執行に関する方針などの決定に参画することになる。ただし、直接会社の業務執行や会社を代表する権限はない。

会社と取締役との関係は民法上の「委任」とされているので、委任の本旨にしたがって「善良な管理者の注意をもって委任事務を処理」しなければならない。さらに、会社法355条では、具体的に「取締役は、法令および定款の定めならびに総会の決議を遵守し、会社のために忠実にその職務を執行する義務を負う」と定めている。

このような基本関係の下に、会社と取締役の間には、次にあげる具体的な義務が規定されている。

  • 取締役が自己または第三者のために、会社の営業の部類に属する取引を行なうには取締役会の承認を得ること(競業避止義務)
  • 取締役が自己または第三者のために、会社と取引をするには取締役会の承認を得ること(自己取引の禁止)
  • 取締役の報酬を決めるには、定款の定めによるかまたは株主総会で決めること

さらに、取締役の責任として、商法では次にあげることを定めている。

  • 法令や定款に違反する行為をした場合には、会社に対し損害賠償の責任を負うこと
  • 取締役が取締役会の承認を得て会社と取引した場合でも、会社に損害を与えた場合には損害賠償の責任を負うこと(無過失責任)
  • 他の取締役に金銭の貸付をした場合、取締役会の承認の有無を問わず、貸付金が期限に返済されないときは返済の責任を負うこと(無過失責任)
  • 株主の権利行使に関して、総会屋などに財産上の利益を供与したときは、取締役は会社に対して供与した利益額を返済すること
  • 違法な利益配当をした場合には、取締役は連帯して会社に対して、違法に配当した金額を返済すること

3)部課長の権限と責任

商法では、部長・課長という肩書ないしは名称について、なんら具体的な権限を定めていない。ただし、これに該当するものとして、「使用人その他営業に関するある種類または特定の事項の委任を受けたる使用人は、その事項に関し一切の裁判外の行為をなす権限を有する」という商法25条の規定がある。

この条文から分かるように、部長や課長には営業・経理・総務などの特定の事項について会社から委任を受け、その事項に関しては特にその授権を受けなくとも活動する権限が与えられている。

それでは、次のような部課長の行為について、会社は責任を問われるのだろうか。

  • a. 部課長が自分に与えられている権限の範囲を超えて行為した場合
  • b. 部課長が権限がない行為をした場合
  • c. 部課長が権限はあるがこれを濫用した場合

aの場合は、会社内部において部課長の権限を制限することはできるが、権限を制限されていることを知らない第三者にはその旨を主張することができないため(商法25条2項)、会社が責任を負うことになる。

bの場合は、総務部長が勝手に手形を振り出したような権限外の行為について商法43条の規定は適用されないため、会社は責任を負わない。

cの場合は、経理部長が自分の借金返済のため手形を振り出したような権限濫用については、相手方がこの間の事情を知っていたり、知ることのできる可能性があった場合に限り、会社は責任を負わないとされている。

ただし、一般の従業員を含めた被用者が会社の事業の執行につき、第三者に損害を与えた場合に会社が責任を負う「使用者責任」(民法715条)は、これとは別の問題になる。

3. 人事・労務に関する法律知識

1)労働時間をめぐる問題

労働基準法で定められた法定労働時間は週48時間(昭和22年)→週46時間(昭和63年)→週44時間(平成3年)と減少し、平成6年4月1日からは原則として、休憩時間を除いて1日8時間、週40時間(※)と定められた(労働基準法32条)。

(※)ただし、特例措置として常時10人未満の労働者を使用する商業、接客娯楽業、映画・演劇業、保健衛生業の事業の法定労働時間は、1日8時間、週44時間と定められている。

週40時間、1日8時間を達成していない会社は、労働基準法32条に違反しているとして「6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金」を科せられる可能性がある。

一方で、業務内容によっては、労働時間の換算の仕方や法定労働時間の決め方について不都合な場合がある。そこで、

  • <1>裁量労働時間制
  • <2>変形労働時間制

が定められている。

<1>事業場外労働および裁量労働時間制

セールスマンなど外勤の従業員については、労働時間の把握が困難であるため、従業員が会社外で労働の全部または一部を労働する場合で、労働時間を算定するのが困難な場合は、所定時間労働したものとみなす(同法38条の2)という「みなし労働時間制」が認められている。

つまり、外勤の従業員が朝早く得意先を訪問し、午後8時ごろ帰社したとしても、特に会社が指示をしていない限り、会社の就業時間の範囲内で働いたとみなされ、時間外労働の問題は生じない(これらを「事業場外労働」という)。また、研究開発・放送番組制作などのように、業務の性質上、業務の具体的な遂行手段や時間配分については労働者の裁量に委ねる必要があり、かつ使用者の具体的な指揮監督になじまず、通常の方法による労働時間の算定を適用することが適切でない業務についても、時間外労働の問題は生じない(これらを「裁量労働」という)。

なお、平成12年4月1日より、この裁量労働制は企業の本社などで企画、立案、調査、分析の業務を行なうホワイトカラーにまで拡大されることとなった。導入には労使委員会を設置し、対象者などについて決議を行なう必要がある。

<2>変形労働時間制

季節や一定の期間における繁閑の差が激しい場合には、一定期間の労働時間の平均が週40時間以内であれば、1日8時間を超える労働を認める(同法32条の2、4、5)という「変形労働時間制」も認められている。

変形労働時間制には、1週間単位(規模30人未満の小売業、旅館、料理店、飲食店に限る)、1カ月単位、1年単位のものがある。1年単位の変形労働時間制を採用する場合の労働時間は、1日10時間、1週間52時間の範囲内にすることが原則である。

2)有給休暇・休憩時間の問題点

有給休暇は、労働者の肉体的・精神的休養を目的として労働基準法が特別に認めた権利である。
従業員が6カ月間継続して勤務し、その間の所定労働日数の8割以上出勤した場合、会社は10日間の有給休暇を与えなければならない(労働基準法39条)。その後、所定労働日数の8割以上を出勤していれば、1年ごとに付与される有給休暇の日数が1日(入社して2年6カ月経過後からは年2日)ずつ加算される。ただし、付与される有給休暇は最長20日間までとなっている。

雇入れから6カ月の間は所定労働日数の8割以上出勤していたにも関わらず、その後の1年間は所定労働日数の7割しか出勤できなかった場合、雇入れから6カ月後には10日間の有給休暇が付与されるが、その1年後には有給休暇が付与されない。しかし、その次の1年間に所定労働日数の8割以上の出勤があれば、 12日間の有給休暇が付与される。

また、昭和62年の労働基準法の改正で、「計画年休」の制度が認められるようになった。これは、従業員が会社や同僚に気兼ねせずに年休を取得できるように、労使または従業員同士の話し合いによって計画的に年休を取る時季・日数を決めることができるというものである。計画年休を実施するためには、あらかじめ労使協定により年休の時季を定めておくことが必要である。計画年休の対象となるのは、各従業員のもつ年休のうち5日間を超える部分に限られる。つまり、最低5日間は各従業員が自由に時季を指定して年休を取得することができることとされている。

計画年休には次のような方式がある。

一斉付与方式

事業場全体を休業とし全員に年休を与えるもの。
労使協定では具体的な日にち(8月1日~8月7日のように)を定める。

班別付与方式

交替制で班別に年休を与えるもの。
労使協定では班別に具体的な日にちを定める。

個人別付与方式

計画表により個人別に年休を与えるもの。
労使協定では計画年休の日数、計画表を作成する時期、スケジュール調整の方法を定める。

3)リストラをする場合の解雇の問題点

労働基準法では、会社が従業員を解雇しようとする場合には、30日前に解雇の予告をするか、予告する代わりに30日分の平均賃金(予告手当て)を支給することと定めている(同法20条)。

ただし、次のような解雇は禁止されている。

  • 業務上負傷し、あるいは病気により療養のため休業した者に対して休業する期間およびその後の30日間に行なう解雇
  • 女子の産前産後休業の期間およびその後30日間に行なう解雇
  • 労働者の国籍・信条・社会的身分を理由とした解雇
  • 労働者が行政官庁に使用者の法令違反を申告したことによる解雇
  • 女性であることを理由とする解雇
  • 労働組合を結成・加入・正当な組合活動をしたことによる解雇
  • 育児・介護休業の申し出をしたこと、また育児・介護休業をしたことを理由とする解雇

上記のような解雇でなければ法律上は規制がない。そのため長期的な不況により人員削減を行なうといった「整理解雇」は自由にできると考えられがちである。しかし、判例では解雇権の濫用による不合理・不信義な解雇を制限している。多くの判例を整理すると、整理解雇は次のような要件を満たしている必要があると考えられる。

  • 会社の経営が危機に瀕しており、事業運営上、人員削減が必要である
  • 解雇を言い渡す前に希望退職者の募集・配置転換・一時帰休・新規採用中止・残業代のカットなどの解雇回避措置を取っている
  • 整理基準や人選が客観的に見て合理的なものである
  • 合理化が必要であること・人員削減の時期・人数・手順などについて、組合や従業員に対して説明・協議をしている

倒産など会社の経営を廃止することによる全員解雇は、裁判所も原則として有効と認めている。
採算の採れない事業部門・営業所・工場の閉鎖に伴う全員解雇については、裁判所は整理解雇に準じた考えをする例が多いのであるが、全員解雇を有効とした例もある(東京高裁・昭和54年)。

4)男女雇用機会均等法のポイント

男女差別撤廃条約の批准に伴い、女子労働者の職場における男女平等の機会・待遇を作り出すこと、女性の能力を向上させ、出産・育児との両立が図れるよう援助することを目的として制定されたのが「男女雇用機会均等法」である。

この法律では、教育訓練・福利厚生・定年・退職について男女差別的な取り扱いを禁止することを定めている。また、平成9年の改正によりこれまでは男女均等の取り扱いが努力規定だった募集・採用・配置転換・昇進についても、平成11年4月から禁止規定になった。さらに、これらの禁止規定に違反した場合には、企業名の公表等の制裁が行なわれることになっている。

このように規制が強化されているため、男女差別的な取り扱いが残っている企業では早急に改善が必要となっている。

4. 取引に関する法律知識

1)事故手形・不渡手形に対する対策

(イ)振出人から手形を受け取る場合

手形には、

  • 必ず書かなければならない事項(手形要件)
  • 書くと手形が無効になってしまう事項(有害的記載事項)

がある。手形を受け取る場合には、手形要件が記載されているか、有害的記載事項が記載されていないかどうかを確認して、きちんと効力のある手形を受け取るように気を付ける必要がある。

[手形要件]
  • 約束手形という文句 ・手形当事者 ・振出日
  • 支払いを約束する文句 ・満期 ・振出地
  • 手形金額 ・支払地
  • 振出人(署名または記名・捺印する)
[有害的記載事項]

手形の支払いは無条件のものでなければならないため、次のような記載がある手形は無効となる。

  • 手形の支払いに条件を付ける記載(「商品と引き替えにお支払いする」など)
  • 手形を振り出すに至った原因関係の記載(「検品で○個以上の不良品が出れば支払わない」など)

現在流通している統一手形用紙には、手形要件の項目が記載されているので、その欄が空白でないかどうかを確認すればよいだろう。

ただし、債務内容が未確定、相手方が未確定など、さまざまな理由で金額・満期・受取人などの手形要件が記載されていない場合がある。

このような手形は「白地手形」といい、このままでは完成された手形ではないが、正当な権限をもった人が白地部分を補充することで完成された手形になる。白地手形の白地部分を後で補充して取り立てに回したところ、「約束した金額と違う」などといった偽造を理由とした争いが生じるケースもあるので、空欄を記入してから受け取るようにすることが肝要である。

(ロ)回り手形を受け取る場合

取引先が他社から受け取っている手形を、代金の代わりに受け取る場合がある。このような手形を「回り手形」という。
手形を譲渡するには、手形の裏面にある裏書欄に譲渡人(裏書人)が署名または記名捺印し、受取人(被裏書人)の名前を記載すればよいこととされている。

回り手形を受け取る場合には、裏書きが連続しているかどうかを確認する必要がある。裏書きの連続とは、手形の記載上、最初の受取人から現在の所持人に至るまでの各裏書きが、直前裏書きの被裏書人が次の裏書人となるように間断なく続いていることをいう。裏書きが連続していない場合には、それだけの理由で手形が不渡りにされてしまうことがあるなど多くの不利益があるため、注意が必要である。

次に手形に振出人が「裏書禁止」「指図禁止」という文言を書いていないかどうか(通常は表面に書いていると思いるが、裏面に書いて振出人の名前を記載し捺印している場合なども同じ効果とされる)を確認する必要がある。このような手形は裏書きによって譲渡することができず、売掛代金などのように普通の債権を譲渡する場合の方法を取らなければならないなど、普通の手形のように簡単確実に権利の移転をすることができない性格のものである。また、このような手形を受取人から裏書きしてもらっても、振出人は受取人に対して支払いを拒む事由があるときは、そのことを手形の所持人に対しても主張できることになっている。したがって、手形の振出人が素直に支払いに応ずるかどうか確実な保証はない。であるから、このような手形は、別の手形に差し替えてもらう必要がある。

なお、裏書欄に裏書人が「裏書禁止」と書いた場合でも手形の取得者は裏書譲渡はできるが、「裏書禁止」の裏書きをした人は直接の被裏書人に対してだけ裏書責任を負い、それよりも後の手形取得者は裏書きの責任を追及できない。
また、「無担保裏書」の記載のある手形は、裏書責任をまったく負わないことであり、「期限後裏書」と記載されている場合には、手形交換所では取り扱われない手形のことであるから、注意が必要である。

(ハ)不渡手形をつかんだら

手形が不渡りになったとき、まずすべきことは、取引銀行に連絡して不渡りの理由を調べてもらうことである。 「形式不備」「裏書不備」など、手形が不完全であったために不渡りになってしまっただけであれば、不備な点を改めて再度取り立てに回せばよいだろう。ただし、手形は支払期日を含めて3日以内に交換に回せるよう銀行に取り立てに出す必要があるので、訂正に時間がかかる場合は新しい手形に差し替えてもらうか現金あるいは小切手を直接請求しておくほうが得策である。 その他「資金不足」「取引なし」「契約不履行」「詐取」「紛失」「盗難」「偽造」などの原因で不渡りになる場合もある。「資金不足」「取引なし」「偽造」以外の場合には、振出人が手形交換所へ異議申立提供金を積んでいるかどうかを問い合わせる。手形の振出人は不渡りになったまま放っておくと、銀行取引停止処分を受けるため、これを免れるために手形金額と同じ金額を支払銀行を通じて手形交換所へ積むのが一般的である。異議申立提供金が積んであれば、できるだけ早く仮差押えの手続きを取り、その後で手形訴訟を起こする。こうしておけば振出人は異義申立提供金を取り下げたり、他に譲渡することができなくなる。 異義申立提供金が積まれていなければ、振出人の土地や建物の不動産・商品・機械などの財産を仮差押えするしかない。

2)取引先の危機管理

(イ)取引先の支払能力などに疑問があるとき

経営努力をしていても、大口の取引先が倒産してしまうとそのあおりを受けて連鎖倒産の危機に直面してしまうことがある。このようなことを避けるためには、常日頃から営業担当者は取引先の情報収集に注意を怠らないことが重要である。
取引先が危ないという噂を耳にしたら、まずなすべきことは、その情報が信用できるものかどうかを確認することである。場合によっては、専門の調査事務所に依頼すべきだろう。

考え方によっては、そのような悪い噂が流れること自体が、経営に何らかの問題を抱えているとみられないこともない。多少でも噂を裏付けるような事実が判明した場合には、その機会を捉えて、将来の債権回収へ向けて確固たる手段を講じておくことが望ましいといえる。

危険な兆候を示した取引先に対して、契約書を交わしていなければ、「債務確認書」を取ることである。その際、いつ、どのような方法で支払ってもらえるか、期限までに支払えなかったときはどうするかを取り決めておくと同時に、担保を取っていなければ担保を取るなどの手段も必要である。

また、取るような担保がなければ、経営者の個人保証を取っておく。これは必ず連帯保証にする。連帯保証にしておけば、会社からの債権回収ができないときには、すぐに経営者個人に請求できるからである。

(ロ)取引先が倒産の危機にあるとき

取引先が倒産の危機に瀕している場合には、たとえ手形をもらっていても(回り手形ならいいのであるが)何の役にも立たない。事前に十分な担保でも取ってあれば別であるが、そのような備えがない場合にはどうしたらよいだろうか。

倒産の危機に瀕している場合、支払う金はなくても、他の取引先に対する債権ならあるというケースは結構あるものである。このような場合には、「債権譲渡」を受ける。債権譲渡は当事者間の合意だけで、債権移転の効力は生じるが、当事者以外の第三者にも譲渡を主張するためには、債権譲渡をする者から、その債務者へ通知してもらうかまたは債務者の承認が必要である。なお、この通知は「確定日付」という公務員による捺印などの特別な条件を満たした日付の記載がなければならない。債権譲渡通知の場合は、内容証明郵便で出せば通常「確定日付」があることになる。また、第三者との関係では通知が早く届いたほうが優先するので、いつ届いたかを証明するために内容証明郵便を配達証明付きで出す必要がある。

また、債務者に承諾書を作成してもらった場合は、公証役場で日付印を押してもらうやり方が一般的である。

倒産間近という場合には、取引先に差し押さえる財産があるのであれば仮差押えが有効である。この場合は債権者が財産を処分する前に手を打たなければならない。裁判所も、仮差押えの申し立てに対しては、債務者の言い分を聞かずに債権者の提出する証拠だけに基づいて裁判をしてくれる。

(ハ)取引先が倒産してしまった場合

取引先倒産の事実を聞いたなら、一刻も早く取引先に駆けつけることである。そして、自社の納入した商品があれば、これを引き揚げてしまう。ただし、納入した商品の占有権は取引先にあるわけだから、勝手に持ち帰るわけにはいかないので、相手の承諾を取るようにする。

承諾は口頭の承諾でもよいのであるが、後で争いが生じるのを避けるために、メモ程度の文書でもよいので書いてもらい、署名をもらっておく。経営者がいれば経営者に、経営者がその場にいなければ誰か責任者に承諾をもらう。

倒産の現場は騒然としている。どれが自社納入の商品かも判然としない場合が多いだろう。だからといって手をこまねいていると、他社にもっていかれてしまう。そこで、承諾書に「商品を適宜処分して債権に充当しても異義がない旨」あるいは「現金で支払う代わりに商品で支払う(代物弁済)旨」を書いてもらう。こうしておけば、他社が納入した商品であっても取引先との契約で取得したということになるので、後で紛争になることを防げる。

取引先が倒産に追い込まれ、破産、会社更生、民事再生法の申し立てなどの法的な整理が開始すると、債権者の個別的な回収は禁止される。

このようになってからの取り立ては絶望的なので、そうなる前にいかに早く手を打つかがポイントといえる。

最終内容確認日2014年3月