REACH規則の基礎
カリフォルニア州”プロポジション65(Prop65)”について
2018年7月27日
Prop65は2018年8月30日から第6条「明確かつ妥当な警告表示」が改正施行されます。改正概要はすでにコラム(2017年3月17日)で紹介していますが、Prop65に関連する質問が増えていますので改めて解説します。
1.The Listに関する事項
Prop65の対象物質は、がん、出生異常、その他生殖への危害の原因物質で、約1,000物質が“The List”(※1)に収載されています。がんを引き起こす化学物質の重大なリスクレベル(NSRL)や生殖毒性に影響が出ない化学物質の最大許容線量(MADL)を含むセーフハーバーレベル(safe harbor levels)が確立されています。
NSRLは、70年間10万人がばく露しても重大なリスクを生じないレベルです。
MADLは、人がそのレベルの1,000倍にさらされたとしても無影響のレベルで、NOEL(No Observed Effect Level:無影響量;動物試験などでいかなる影響も認められない最高の投与量)の1/1000で設定されます。
“The List”の項目としては、「物質名」「毒性の型」「リストメカニズム」「CAS No.」「収載日」「NSRL or MADL(μg/day)」があります。
リストメカニズム欄(NSRL or MADLの設定根拠)には、「AB」:信頼できる機関、「SQE」:州の有資格専門家、「FR」:正式に表示または識別される「LC」:労働法(LABOR CODE §6382による、が記載されています。
Prop65には、濃度限界という概念はなく、NSRLまたはMADL(μg/day)が示されており、製造者(輸入者)は自社製品の用途からばく露量を確認して、NSRLまたはMADL以下であることを評価する義務があります。
“The List”の1番目のA-alpha-C(2-Amino-9H-pyrido[2,3-b]indole)Cas No.26148-68-5は、NSRL/MADLが2μg/日としています。2番目はAbiraterone acetate Cas No. 154229-18-2が収載されていますが、NSRL/MADLは記載されていません。
NSRL/MADLが記載されていない場合の警告表示は、生産者(輸入者)がNSRLまたはMADLを決定しなければならないとされています。
FAQ(※2)では「OEHHA(カリフォルニア州環境保護庁)は、記載されているすべての化学物質に対してセーフハーバーレベルを確定していません。セーフハーバーレベルがない場合、その化学物質により人をばく露する企業は、予想されるばく露レベルが、がんまたは生殖害の重大なリスクを引き起こさないことを示すことができない限り、Prop65の警告を出す必要があります。」としています。さらに、「リストされた化学物質の予想されるばく露レベルの決定は、非常に複雑になる可能性があります。警告が必要でないことを証明するには負担がありますが、記載されている化学物質のばく露がProp65の警告を必要としないと思われる場合は、有資格の専門家に相談をするか、自ら証明するか、警告表示をするかの検討をする必要があります。」としています。
Prop65は、リストされた化学物質のばく露にのみ適用されます。特定の化学物質の使用を禁止または制限するものではありません。製品中の化学物質の濃度は、リストされた化学物質のばく露について消費者に警告する必要があるかどうかを判断するプロセスの一部にすぎません。
消費者が自社の製品をどのように使用しているか、そしてどのように化学物質にばく露するのか、既知の情報を組み合わせなくてはなりません。例えば、玩具には塗料に少量の鉛やそのほかの化学物質が含まれていることがあります。玩具に警告を必要とするかどうかを判断するには、製品メーカーは塗料中の鉛濃度と子どもがどのように玩具を取り扱うのか、口に入れたら鉛にばく露するかなどについて科学的情報を考慮する必要があります。
なお、警告標識はダウンロードして入手できます。
2.職業的ばく露に関すること
警告表示に関する規則は、Title 27 California Code of Regulations Article 6 Clear and Reasonable Warnings(※3)として公布されています。
規則の警告表示は、次のタイプがあります。
§25602. 消費者製品のばく露警告
§25604. 環境的ばく露警告
§25606. 職業的ばく露警告
§25607. 特定の製品、化学的および地域暴露の警告
§25606. Occupational Exposure WarningsはB to Bの産業用に適用されます。
FAQ(※4)に「プロフェッショナル用または工業用専用の製品が対象ですか?」という問いがあります。この回答は「警告を必要とするリスト収載化学物質のばく露が職業的であるのみと事業者が判断した場合、事業者は§25606に従う」としています。
プロフェッショナル用または工業用専用の製品(professional or industrial use-only)の要件の証明はハードルが高い気もします。
前記FAQでは「A40:警告を必要とするリスト収載化学物質のばく露が職業的であるのみと判断した場合は、§25606に記載されているセーフハーバーでのばく露方法および内容に従うことができる」としています。
§25606.職業的ばく露に関する警告は次のことを要求しています。
§25606(a)項では、化学物質にばく露される従業員に対する警告は、すべての警告情報、訓練、表示(29 Code of Federal Regulations, section 1910.1200)(※5)とカリフォルニア州ハザードコミュニケーション規則((Title 8, California Code of Regulations section 5194)が要求されます。
警告情報は労働安全局(OSHA)の危険有害性周知基準(HCS; Hazard Communication Standard)に従うことになります。
HCSはSDS要求として知られていますが、訓練などが要求されていますので、単純にSDSを渡すことで済むものではありません。なお、HCSはGHSの第3版に準拠していますが、2019年に第7版準拠版案を告示するとしています。
SDSは成形品には使用できませんので、成形品は§25606(b)項が適用されます。 §25606(b)項では、“§25606(a)でカバーされていない化学物質への職業上のばく露については、§25601、25602、25603、25604、25605および25607と一貫して警告を与えることができる。”としています。
したがって、この条項のSDSが利用できない「Professional Use / industrial use」成形品は、§25602の消費者向け製品規定になると思われます。
3.改正動向
Prop65は改正が随時行われます。
“The List”は少なくとも1年に1回は改正されます。検討は度々されています。
最近では、ブロモジクロロ酢酸(NSRL0.95μg/日)や塩化ビニリデン(労働法(LABOR CODE §6382)による)などが追加提案されています。
逆に緩和もあります。飲用コーヒー中の化学物質は、がんの重大なリスクは負わないとし、“The List”に収載しない提案(※6)がなされています。提案理由は、がんの重大なリスクを増加させることが示されておらず、逆にいくつかの種類のがんのリスクを低下させる可能性があるという広範な科学的証拠に基づいています。
また、1,000件以上の研究のレビューで、世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC:International Agency for Research on Cancer)は、コーヒーを飲むとがんを引き起こすということについて「不十分な証拠」があると結論付けました。IARCは、コーヒーは肝臓がんや子宮がんのリスク低下と関連しており、乳がん、膵臓がん、前立腺がんを引き起こさないことを発見しました。また、IARCは、コーヒー飲用ががんリスクの低下に関係する強い抗酸化効果を示すことも発見したとしています。
コーヒーは、コーヒー豆の焙煎中に形成されるアクリルアミドや醸造コーヒーなどの既知の発がん性物質と、がんを予防する抗酸化物質の両方を含む多数の化学物質の複雑な混合物です。
アクリルアミドは、家庭やレストラン、または商業的な食品加工業者や製造業者が炭水化物の豊富な植物由来の食品を焼いたり、揚げたり、または焙煎したときに生成される可能性があります。フライドポテト、ポテトチップス、そのほかの揚げ焼きスナック食品、コーヒー、焙煎穀物ベースのコーヒー代用品、ローストアスパラガス、甘いジャガイモとカボチャの缶詰、ブラックオリーブ缶詰、焙煎ナッツ、プルーンジュース、朝食シリアル、クッキー、トーストは、さまざまな量のアクリルアミドを含む可能性があります。なお、沸騰または蒸した食品にはアクリルアミドは含まれていません。
アクリルアミド(※7)は発がん性物質で、日本でも焼魚の焦げ目に含まれると問題なった物質です。アクリルアミドは、ラットおよびマウスの実験でがんが発生したことが示されたため、1990年にProposition 65リストに追加されました。2011年2月、実験動物の研究では、アクリルアミドが子宮内でばく露された子孫の成長に影響を与え、マウスおよびラットの胚の死をもたらす遺伝的損傷を引き起こしたため、アクリルアミドは生殖および発生効果を引き起こすとして“The List” に追加されています。
注目されるのがフタル酸エステルのDEHP(CAS No 117-81-7)です。“The List”では、DEHPは発がん性物質でNSRLは310μg/日です。男性の発達遅れ(developmental, male)は、未記載です。
DEHPは連邦法の消費者製品安全法(CPSA)、RoHS指令や REACH規則でも対象となっています。
健康有害性はEU CLP規則では、生殖毒性1Bです。IARCは、発がん性について次のようにまとめています(※8)。
- 総合的な評価 :グループ3(ヒトに対する発がん性について分類できない。)
- 動物試験(ラットおよびマウス)では、発がん性についての十分な証拠があった。
予防的アプローチ(Precautionary Approach)の考えで齧歯類の試験データを重視していると思えます。一般的な感覚では、アメリカがEUの予防原則(Precautionary Principle)以上の対応していることが注目されます。逆に、今後は改定の可能性もあります。
Prop65はこのように変化するものとして、最新動向は常に入手する必要性があります。
Prop65は「公表された化学物質のばく露が重大ながんリスクを引き起こさない場合、法令はがんの警告を必要としない。」のですが、子どもの保護(※9)は別枠(※10)で規制しています。
カリフォルニア教育法§32064(※11)は、学校は幼稚園から6年生までが使用する製品において、有毒物質または発がん性物質を含むものの発注または購入を禁止しています。購入禁止製品リスト(※12)も告示されています。
7~12学年においても有毒物質または発がん性物質を含む製品の購入を制限していますが、有害成分の存在、潜在的な健康への影響、および安全に使用するための指示をユーザーに知らせるラベルが貼付されている場合にのみ使用を許可しています。この制限は、製品が「許容できない芸術品や工芸品のリスト(購入禁止製品リスト)」に含まれているかどうかにかかわらず適用されます。
芸術品または工芸品に、意図的成分または不純物成分で慢性疾患を引き起こす毒性物質が1重量%以上含まれていると推定され、国家保健局が公衆衛生および安全の適切な保護のために表示が必要であると判断した場合には表示の義務が生じます。
マーカーペンからはVOCs(揮発性有機化合物)が多い製品も調査されています。使用ガイド(※13)が作成されています。
連邦法の消費者製品安全改善法(CPSIA)は、子ども向け製品中の鉛の許容濃度を0.01%(100ppm)に制限しています。また、消費者向け製品および家庭用のペイントは、鉛濃度を0.009%(90ppm)に制限しています。
Prop65は濃度規制ではないと解説してきましたが、子どもや消費者保護では濃度規制(含有濃度)が適用されることがあります。社会的弱者保護は厳しく規制され、Prop65の警告表示だけでなく他法も確認する必要があります。
(松浦 徹也)
- (※1)https://oehha.ca.gov/proposition-65/proposition-65-list
- (※2)https://oehha.ca.gov/proposition-65/proposition-65-faqs
- (※3)https://oehha.ca.gov/media/downloads/crnr/art6regtextclean090116.pdf
- (※4)https://www.p65warnings.ca.gov/sites/default/files/art_6_business_qa.pdf
- (※5)https://www.osha.gov/pls/oshaweb/owadisp.show_document?p_table=standards&p_id=10099
- (※6)https://oehha.ca.gov/media/downloads/proposition-65/press-release-proposition-65/coffeepress061518.pdf
- (※7)https://oehha.ca.gov/proposition-65/general-info/acrylamide
- (※8)https://monographs.iarc.fr/wp-content/uploads/2018/06/mono77-6.pdf
- (※9)https://oehha.ca.gov/risk-assessment/art-hazards
- (※10)https://oehha.ca.gov/media/downloads/risk-assessment/document/artmaterialsoct2014.pdf
- (※11)http://leginfo.legislature.ca.gov/faces/codes_displaySection.xhtml?lawCode=EDC§ionNum=32064.
当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。 法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家に判断によるなど最終的な判断は読者の責任で行ってください。
情報提供:一般法人 東京都中小企業診断士協会